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FreiheitOnline‐フライハイトオンライン‐  作者: 立花詩歌
第六章『トゥルース・ヒカリ―衝突と消失―』
246/351

(20)『そういう意味では普通だし』

「移動速度から見て対象は徒歩で移動中。時折見られる速度上昇はモンスターから逃れるためかと推測できます。シイナ、刹那、次の横穴を右です」


 俺と刹那は、マップを見ながら謎の人物Xを表す光点まで誘導(ナビゲート)するアンダーヒルの指示を聞きながら、うだるような暑さの中を走っていた。

 さっき少し休んだとはいえ、良好とは言い難い状態だった。

 普段なら(当然だが俺に限らず)この程度の運動で音を上げたりはしない。暑いというのは、単純に体力を奪っていくものなのだ。それはシステム上でも再現されているし、精神的にもかなり来るモノがある。

 要するに疲弊していた。冗談じゃないレベルで。


「アンダーヒル、そいつのトコまではまだ遠いの?」


 若干イラつき気味の刹那がそう訊ねると、アンダーヒルは無言で首を横に振った。

 もう少しらしいな。聞くところによると、気づいていないのかその気がないのか、謎の人物Xは俺たちから逃げる様子は見せていないらしい。


「シイナ……その……誰だと思う?」


 刹那が少し躊躇いがちに切り出した。

 彼女はついこの間、似たような状況で現れた≪道化の王冠(クラウン・クラウン)≫の刺客 (一応個人の暴走だったということになっているようだが)火狩に惨敗し、【精霊召喚式(サモンド・プレイ)】を奪われているのだ。あまり触れたくない話題なのもよくわかる。


「もし火狩だったら私が貰うからね。私に喧嘩売ろうなんて永劫自殺行為だって刻みつけてやるわ」


 むしろその黒い感情を少しでも抑えようとした成果のようです。

 しかし、走りながらも視線はじっとマップ上の光点に落としていたアンダーヒルが、


「残念ですが、刹那。おそらくクラウンクラウンではないと思います」


 そう言って顔を上げた。


「……? なんでわかんのよ?」

「火狩の性格、そして実力を考えると、彼女にとって驚異どころか障害ですらないこのフィールドのモブモンスターに背を向けて逃げるとは考えにくい。それは(ハカナ)に関しても近いことが言えます」


 確かに火狩は好戦的で、弱者を虐げるのが楽しいような感じだったからな。ハカナに至っては、逃げるより戦う方が楽だし早いという合理的な理由だろう。


「現在判明している彼らのメンバーは儚・火狩・クロノス・魑魅魍魎ですが、後者二人は単独で動くとは思えません」

「悪い意味で賢そうだからな」

「とはいえ可能性として捨てきれるほど期待値は低くありません。常時警戒は怠らないで下さい」

「どちらにしろ今の攻略組(私たち)にとって深い協力関係でもなきゃ、大体の連中は警戒対象でしょ」


 刹那が元も子もない(もっと)もなことを言って何処か不機嫌そうにアンダーヒルの方を見ると、ふんとそっぽを向いてしまう。

 対するアンダーヒルもその刹那の態度の意味がわからないようで、わずかに首を傾げたのちに俺に視線を投げてくる。俺に期待されてもわからないが。とりわけ刹那の気持ちなんてモノは常々知りたいと思ってるくらいだからな。


「そろそろ視覚索敵範囲に入りますので、私が先行し名前を確認してきます。シイナと刹那はここで待機していて下さい」


 アンダーヒルがそう言いながら、手元をさっと動かす。


「【隠り世の暗黙領域エニグマティック・サイファー】」


 途端、目の前にメッセージウィンドウが現れる。黒がかったフレームの特殊なウィンドウの本文には、『気をつけて』とただそれだけ書いてあった。


「有事の際はいつものように返信で連絡をお願いします」

「おう、了解」

「アンタのことだから心配なんかしないけど、油断するんじゃないわよ、アンダーヒル。もし万が一ハカナだったら?」

「撤退します」

「クロノスだったら?」

「様子を見つつ撤退を検討します」

魑魅魍魎(チミモウリョウ)だったら?」

「即座に斬り捨て、捕縛します」


 斬り捨てるくだり(プロセス)は必要か……?


「じゃあ火狩だったら?」

「刹那を呼びます」


 刹那のやつ、それを確約させたかっただけだな。


「それ以外だったら?」

「様子を見て、すぐに二人を呼びます」

「よろしい」


 何がよろしいのか知りたいものだが、この二人相手に強気には出れない。弱いな、俺の立場。

 まあ、結局のところ、俺の日常ならいつものことだ。

 黒いローブを翻したアンダーヒルは、最後に


「現時点でヴォルカの接近は見られませんが、確認できた場合、警告(アラート)を送ります。常にマップを開いておいてください」


 そう言って【付隠透(ハイド・シャドウ)】で姿を消した。

 アラートはマップの機能のひとつだ。

 マップ上の自分の位置を示す光点を中心にソナーのようにも見えるサインを発するというモノなのだが、何が理由かリアルタイムでマップを表示していなければ意味を成さない仕様になっている。一応音も鳴るのだが、それすらもマップウィンドウを開いている時しか聞こえなかったりする。

 正直、初見では「意味ねぇ!」と思わずツッコまざるを得ないだろうが、こういう時には案外役に立つものだ。


「シイナ、わかっ……てるみたいね」

「そりゃわかるよ」

「察しのいいシイナなんて珍しい……」


 面倒だから雑務は俺にやらせようと刹那が思うだろうということは。本人は「任せる」と言うのだが、物は言いよう大抵の場合「押し付ける」と言う方が正しい。


「普段察しが悪いって言いたげだな」

「「当然」です」


 失意体前屈。

 嘘を吐かないことがアイデンティティとまで言えそうなアンダーヒルにまで同意された……。

 ていうかまだいたのか、アンダーヒル。


「シイナ、ねぇシイナ、聞いてんの?」


 顔を上げると、刹那が【フェンリルファング・ダガー】を右手でくるくる回していた。マップを見ると、アンダーヒルと思われる光点が謎の人物Xの方に素早く移動していく。

 とりあえず刹那が何故いきなりエモノを抜いてるかは置いておくとして、何故不機嫌そうなのかが現状最大の懸案事項だ。

 詰まるところ怖い。


「ドウカシマシタカ?」

「【双蛇咬蹴(そうじゃこうしゅう)】!」

「った危ねっ!?」


 迷いなく腹と弁慶の泣き所を連続して狙って繰り出される鋭い蹴りを間一髪で躱すと、


「何で避けんのよ、シイナのくせにっ」

「理不尽二十四時間営業だな、お前!? 何が気に入らないのかはわからないけどいきなり攻撃されるほどのことをした覚えはないぞ!?」

「人の話聞いてもいなかったくせにアンタがふざけるからでしょ! 声が上ずってんのよ!」

「確かに俺が悪かった!? っと……ごめん、何だった?」

「や、やけに物分りいいわね。気持ち悪」


 素直に謝ったら若干引き気味の様子で罵られた。


「だからその……アプリコットが……私が……」


 ボソボソと要領を得ない刹那は少し俯き加減にチラッとこっちを見た。途端、うっと喉を鳴らし、頬をわずかに紅潮させる。


「やっぱなんでもないっ」

「何だそりゃ……。何か悩みがあるなら聞くぐらいはできるぞ?」


 アプリコット関連なら大抵ろくなことじゃないだろうから、刹那が可哀想だし。

 何を言おうとしてたのかが気になるのも本音です。


「いいわよ、別に。よく考えたらシイナに言っても多分意味なかったし。……そういう意味では普通だし」

「ん?」

「何でもないわよ」


 刹那がこれ以上話す様子は見せなかったので気まずさを誤魔化すように手元のマップウィンドウに視線を落とす。


「……!? おい刹那……」

「だからなんでもないから……ってどうかしたの?」


 俺に倣うように刹那がマップを覗き込んできて――――二人同時に走り出した。

 併走するようにすーっと移動するマップウィンドウ。そこに映る謎の人物Xがいた地点の周囲にある光点は二つ。

 俺と刹那の分だけだった。

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