(19)『任せとき』
「とりあえずグザファンを探すところから始めなければいけないようですが、その前にシイナ、少しだけいいでしょうか」
アンダーヒルはいつものように状況をまとめると、不思議そうな目を俺に向けてそう言ってきた。
俺が頷いて見せると、アンダーヒルは少し考えるような素振りをして、
「当時、グザファンとエンカウントするまでに要した実時間はどれほどでしょうか」
そんなことを聞かれ、記憶を遡って辿ってみる。
何かのイベントクエストで『特殊な剛双剣』の情報を得て、探しにいったのだ。結果的にはボスではなく遥かに出現確率の低い裏ボスだったわけだが、運よく(当時は運悪く)現れたグザファンを倒してみれば、それらしい剛双剣をドロップしたのだ。
別にグザファンを探していたわけではないから時間についてはただの偶然なのだが、聞かれてるからには報告しておいた方がいいだろう。
「たぶん二十時間くらいかな」
「遺書書け、馬鹿シイナ」
思いがけない方向から、ひねりも容赦もない横槍が入る。戦慄を憶えつつもバッとその冷気の込められた視線の主に振り返る。
当然、その口癖の本家、刹那だ。
「今から二十時間も探してたら日を跨いでるじゃない!」
「あ……」
ていうか『遺書書け、馬鹿シイナ』のくだり、必要あったか……?
当時の二十時間というのは五,六日にわたるモノで連続プレイじゃない。今は、前と同じ感覚ではいられないのだ。
「そういえばそうだな……」
「あ? ケンカ売ってんの、アンタ」
「ッ……!」
鳥肌。
頭の中で『心臓の弱い方は視聴を控えてください』と、かなり手遅れのテロップが流れていく。
「夜営の準備なんかまともにしてないわよ。どうしてくれんの」
「……もっと早く見つかるかもしれないし、今回は人数も多いし……」
「そういえばアンタ、前は誰と来たのよ」
今さらか。
怒り九割疑問一割の表情で、リュウやシンの方に目を遣る刹那。
「俺は儚辺りだと思っていたが、いつ手に入れたかも知らんしなぁ」
「いつのまにかって感じだったよな」
腕組みをして首を捻るリュウの隣で、シンも少しおかしい挙動で「さあ」とばかりに両手を開いて見せる。
実際、手に入れてもしばらくは人前で使わなかったから無理もないだろう。
ちなみにシンの挙動不審は、刹那の殺気に当てられてさっきまでリュウの陰に隠れていたからだと俺は知っている。
「誰なのですか、シイナ」
刹那とリュウ・シンの遣り取りの流れを傍目に黙っていた俺に、アンダーヒルが重ねて訊き直してくる。
「あぁ、アプリコットだよ」
理由、一番暇してたようだから、以上。
誘ってみたら『別に初めてシイナ君から誘ってくれたのが嬉しいとかそんなテンプレはないんだからねっ。暇だから付き合ってあげるだけなんだから! 勘違いしないでよねっ!』と謎のツンデレ調で快諾していたのをよく憶えている。
「あんな変人とどんだけ仲いいのよ、アンタ……」
刹那の呟きに同調するように、運動中の椎乃と思索中のアンダーヒル以外の全員が頷く。
アイツが悪い意味で人懐っこいだけだ。
根本的に厄介ではあるが悪いヤツではないから本来誰でも気安く付き合えるとは思うのだが、終始言動がまともじゃないせいでほとんどの人間は敬遠するのだ。
「シイナの女性関連の遍歴はともかくとして、早くそのグザファンとやらを探そうぜ、アンダーヒル」
珍しく効率主義のシンが話を先に進めて――おい、遍歴って何だよ。
アンダーヒルは何故か俺を数秒間見つめた後にこくりと頷き、
「煉獄堕天は『紅き騎士』の異名の通り、四肢と胴体・頭部から成る大きな西洋鎧です。徘徊型のボスですが、通常時の移動速度は低速のため、発見後見失うことはほぼありません」
データベースから引っ張ってきたらしいグザファンのイラスト(彼女が描いているのかはたまた別の誰かなのか)を表示して説明を始めるアンダーヒル。
空っぽの赤い騎士甲冑。
そう形容するのが最も適した姿だ。
実際には内部に赤黒い靄が見えるのだが、環境が環境だけに保護色のようになって見えないのだ。
また、データベースには身長三メートル前後と書いてあるが、実際に見てみるともっと大きく見えた記憶がある。
「おい、貴様ら。探すのは構わんが、そもそも出現してるかどうかもまだわからんのではないのか?」
いつのまにかサジテールに後ろから抱きつかれているリコが、もっともな質問を挟んでくる。暑くないのか、アレ。
「その点に関しては心配ありません。『フィールド内にプレイヤーが八人入った時点でグザファンの出現確率百パーセント』という情報も裏は取ってありますので」
どうやって取ったんですか。
そんなもの設計者に直接掛け合わなければ、裏が取れるはずもない情報だ。
「八……?」
「ヴォルカの茶々入らん保証はないけど手分けするんが一番やろな。組分けは任せたで、アンダーヒル」
トドロキさんが唐突に声を張り上げて仕切り始める。
いや、ちょっと待て……八人って……。
「ヴォルカのことを考え、防御が薄く個体に翼を持たない刹那とシイナの二人に私が同行しΑ、相性の言いシンとサジテールにリュウを加えてB、残るスリーカーズ・詩音・リコをCとします」
俺の頭に浮かんだ疑問が解決しないまま、アンダーヒルの指示通りに分かれる9人。その間、何故かトドロキさんがジッと俺の方に意味ありげな視線を送ってくる。
「――機動力に長けたC班は下層の広範囲をお願いします。逆にA班の捜索担当は山頂付近、戦力的に期待値の高いB班は連絡後迅速に集合するため中層の捜索を担当してください」
「りょーかいだぜ♪」
椎乃のヤツ、何も考えてないだろ。
いや、そっちじゃなくて――――。
「【隠り世の暗黙領域】でメッセージを送信しておきますので、発見次第返信を用いて連絡をよろしくお願いします」
「アンダーヒルさん、もう行っていい!?」
「トドロキさん、あの馬鹿をお願いします」
「ん、任せとき」
小学生か、とツッコミたいところを何とか押さえて、トドロキさんに全てを一任する。
決して相手をするのが面倒だったわけではない。
「行きましょう、シイナ」
「ボーっとしてないでいくわよ」
「え、ちょっと待っ……」
気がつくと、何故か皆気づく様子もなく離れていく。
サジテールを筆頭にするB班は既に遠く、C班も先行もとい特攻する椎乃とそれを追いかけるリコに二人の監督役のトドロキさんが【神出鬼没】で追いついたのが視界に映る。
結果残ったのは俺を急かす刹那とトドロキさんを見送るアンダーヒル、そして俺だけだった。
「おい、アンダーヒル。八人目って誰だ?」
「いきましょう、私たちは捜索より、まずはその謎の人物の対処です」
嘘かよ。
「嘘は吐いていません。私はA班に関しては捜索範囲が山頂付近と言ったまでです。優先順位の問題ですから」




