(18)『安心してください』
「はぁ……とりあえず撒いたようやな」
全力疾走すること十分。
トドロキさんが腰の辺りで重力を無視して広がる着物の裾を翻し、その場でターンを極めて立ち止まった。
当初はヴォルカの索敵範囲外へと抜けることだけが目的だったのだが、その途中で遭遇した『ドリルパレード』の群れから逃げ切るという面倒事が増えてしまったのだ。
ドリルパレードは全長約一メートルほどのワームで岩石地帯のオーソドックスな小型モンスターだ。
鉱物を食べる特殊な性質を持ち、金属素材を使用した武器防具を破壊するため、壁を担当する重武装型プレイヤーからは天敵として恐れられていたりする。
モンスター素材重視の俺には関係のない話だが。
「はぁ……はぁ……」
と肩で息をする刹那。近接戦闘以外は【精霊召喚式】に頼りがちだったため、スタミナはあまり高くないのだ。
単純に体力面では人並みという意味もあるみたいだが。
「さすがに疲れるな」
「喉、痛ぇ……」
刹那ほどではないにしろ、リュウやシンも特別スタミナ値が高いわけじゃない。これだけ走り続ければ普通グロッキーになる者もいるだろうよ。
「なんだ、情けないぞ貴様ら」
リコの物言いに刹那のこめかみに青筋が浮かび上がる。しかし怒る気力がないのか、すぐにため息をついて項垂れた。
「まぁ、そう言わないであげなよ、リコ。私たちのSPはプレイヤーに比べて高水準になってるし。それよりおかしいのは――――」
プレイヤーのフォローに回ったサジテールが、信じられないと言いたげな視線を泳がせる。
その先には――まさしく信じられない光景。
身体を動かし足りないとでも言うのか、準備運動中のアスリートの如くクラウチングダッシュでいい汗かいてる詩音と、息を荒らげることもなく【コヴロフ】に損傷がないかどうかを細かくチェックしているアンダーヒルの二人だ。
どれだけスタミナ有り余ってるんだよ。アンダーヒルの異常っぷりはいつものことだが。
「ねぇねぇ、ところでアンダーヒルさん」
「どうかしましたか、詩音」
「さっきのヴォルなんとかってほっとけば見つからなかったんじゃないの?」
詩音さん、あと一文字ぐらい頑張ってくれ頼むから。
「ヴォルカは普段溶岩の中に潜伏しているのですが、敵が索敵範囲に侵入した時のみ岩石に擬態する習性を持っています。つまり、ヴォルカが地上に姿を現している時点で、私たちはホーミングマインの射程圏内、ということです」
「ホーミングマイン?」
まだ息が上がっているが、詩音がツッコんで聞くかどうかわからなかったため俺が口を挟むと、それまで確認作業から目を離さなかったアンダーヒルが顔を上げてこっちを見た。
こういうことがある度に思うんだが、十万もの種類のモンスターのたった一種のためだけに、誰が二つ名だの俗称だのを考えているんだろう。数奇な暇人が筆頭か。
「ヴォルカは一度エンカウントした標的に地中の溶岩流を泳いで接近し、足元から急襲する攻撃パターンを持っています。ほぼ予兆がなく、高威力で一撃必殺もありうるため、追尾式地雷と俗に呼ばれています」
「早く言え」
アンダーヒルが大したことないって言うから図体の割に地味なモンスターかと思ってスルーしてたけど、普通に危険因子あるんじゃないか。
それにしてもFOで俺の知らないモンスターがいたなんて少しショックだ。ヴォルカの存在もホーミングマインも見たことはおろか聞いたことすらない。
「限られた極環境下設定のフィールドでしか出現しない上、確率も非常に低いことが推測されるため無理もありません」
だから人の思考を勝手に読むなと。いい加減どうやってるのか本格的にわからんぞ、その読心能力。
「加えて安心してください。一撃必殺というわけではなく単体攻撃力から名付けられた名です。現状戦力にとって深刻なダメージとなるものではありません」
見てるだけで暑苦しい黒ローブの下にコヴロフをしまい込んだアンダーヒルは、詩音にチラッと一瞬視線を送り、
「先ほど私がヴォルカを攻撃したのは、発見状態にするためです。そうでなければヴォルカの接近を事前に察知することができるのは【全体超瞰図】を保有する[あああああ]くらいですから」
フィールドのジオラマのような立体映像を映し出し、そこにあらゆるモンスター配置を駒として投影し把握できる、驚異の索敵性能を誇るユニークスキルだ。
閑話休題。
「リコやテルのレーダーではできないのか?」
「ん? シイナ、我らのレーダーのことを憶えていたのか?」
質問に質問で返すな。
「貴様のことだから完全に忘れていると思っていたんだが」
『シイナ』か『貴方』で呼ぶ、と自分から言い出したことすら忘れてるヤツに言われたくない。
「最近どころか私たちが御主人様のモノになって以来、積極的に頼られたことなかったから言わなかったけど、地下や岩石内部は範囲外なんだよね」
つまりダメってことか。
「リコ、お前の【潜在一遇】は?」
「オブジェクト内を行動範囲内として広げることはできるが、オブジェクトの性質自体はあまり変わらない。溶岩流に飛び込めば私とて十秒耐えられん」
「プレイヤーなら何使ても即死なんやけどな」
トドロキさんがくっくと自虐的に笑いながら言う。
溶岩は即死設定だからな。落ちたら終わりだ。
特にこの自演の輪廻の影響下においてはまさに地獄だろう。実際の溶岩の熱さが再現されているわけではないが、燃え盛る火に少しずつ近づいていくような感覚だ。下手なところに落ちれば生と死を繰り返しながら、誰かがゲームクリアするまでそのままだ。
「ところでシイナ、ひとつ質問をしてもいいですか」
「ん? ああ……」
アンダーヒルは少し周囲を見回して敵影をチェックするような素振りを見せると、
「まだ聞いていなかったのですが、【災厄の対剣】の取得条件は何なのですか」
「アンダーヒル、知らなかったのか?」
「私が何でも知っていると思っていたのですか?」
「そういうわけじゃないけど……」
俺が知ってることぐらいは全部知ってると思ってました。
「何しろ件の剛双剣についての情報はあなたの入手とステータス、そして入手場所までしか拾えませんでしたから」
FO世界にも一本しかない武器だからな。
入手条件なんて知ってても俺が回収できない状態で破損するか破棄しなければ意味がない情報だ。今回はデータの破損でまとめて吹っ飛んだから破棄したんだけどな。
「災厄の対剣を手に入れる方法って言ってもそんなに複雑なわけじゃないよ。ただ単にここの裏ボスを倒すだけだ。たぶん確率だけどな」
「裏ボス……? 『煉獄堕天』のことでしょうか」
「そっちは知ってるのかよ」
「当然です」
当然なのか。




