(17)『十秒は使いましたね』
「【慌てる時計兎】!」
跳躍補助の戦闘スキルを使ったキュービストの身体が高くまで飛び上がり、そのまま隣接していた建物の屋上に姿を消す。
「ルビア、下は任せましたよ」
「らじゃー」
さりげなくスペルビアに複雑に路地の入り組んだ地上を任せ、ボクは背中に意識を集中し天使の白翼を広げて跳び上がる。
屋上に降り立ち、改めて下の路地を見ると、所々に曲がり角付近に残像を残して先行するスペルビアが視界に映る。
そして数十メートル先のギルドの屋上には、屋根から屋根へ飛び移りながら逃げるキュービストの背中。
「逃がしませんよ♪」
いつまでも遠距離攻撃では面白くない。唐突にそう思ったボクは走りながら、開いたウィンドウを操作して火焔篝を装備解除する。
そしてウィンドウを閉じると、両手を大きく広げるように振った。
「展開――【天使の刃翼】」
両手首に装着された腕輪が光り、鋭く歪んだS字型の白刃が腕の外側に姿を現す。
普段ボクが使っている効率度外視のマイナー武器の一柱、片刃腕輪です。
使い方自体はトンファーと同じなんですが、アレと違ってこっちは手が自由になりますからね。代わりに馬鹿みたいに重い上、今回の市街戦みたいな入り組んだ場所での戦闘では邪魔になることが多いからマイナー云々言われますが。
ちなみにこれを着けると手加減や容赦は不可能になります。
何しろ重いですからね。
加減なんかしてたら、振り切ることすらままならないんですよ。スペルビアやイネルティアみたいな腕力特化なら普通に振れるかもしれませんが、どちらにしろ使い勝手のいいもんじゃないですね。
「だがそれがいい♪」
っと、危ない危ない。
今はボク自身の好みなんざ放っておいて構わない、っつーか、キュービストの追尾の方に集中しなきゃいけないんでしたね。
「……ってあれ?」
いつのまにか前方を走っていたはずのキュービストの姿が消えている。
目を離していた覚えはないのですが、よくサブカルで目にする『気がついたら○○されていた』みたいなチート疑惑全開の表現の常套句ってこんな感覚なんですかね?
「別事考えすぎましたかね~」
というかボーッとしてて取り逃がすって天然かドジッ子の仕事ですよね。
この展開、これでキュービストを見つけられなかったら残念ムード漂いますが、見つけられればそれはそれでいいですね。
そこからガチバトルに入ればより燃える展開です。
「スペルビアー、近くにいますかー?」
最後にキュービストの存在を知覚していたギルドの屋根の上で立ち止まり、少しだけ声を張り上げる。
「…………」
しかし返事は返ってこなかった。
「あわよくば、なんてご都合主義はそうそう起きねーっつーことですかね?」
詩音の【局地性暴風刑法】やツクヨミの【衛聖兵騎】みたいに直線上まとめて吹き飛ばせるスキルがあったら試してもよかったんですが、無い物ねだりしても仕方ないですしね。
ボクはとりあえず右方に当たりをつけ、空中に身体を躍らせる。地面のタイルに足が着いた瞬間、同時に膝を曲げて衝撃を殺し、スタンッと小気味のいい音を響かせる。
「うおっ!?」
「ん?」
下を見ていなかったせいで、偶然三人ほどで歩いていたらしいプレイヤーのど真ん中に飛び降りてしまったらしいですね。
男三人ほどのむさ苦しいパーティの面々が、着地直後の低姿勢を保つボクを見下ろしてきます。
「あ、すいません。ちょっと急いでたものでクッショ――あなたたちがいるのに気づきませんでした」
「お前、今俺たちのことをクッションって言いかけなかったか!?」
妙に艶々光る革鎧を装着した男性プレイヤーがテンプレなツッコミを入れてくる。
「んなわけないじゃないですか。障害物をクッションって言う奴がいたら、十中八九頭おかしいですよ」
「今俺らを堂々障害物って言ったよな!?」
岩石のような質感のモンスターの素材を使った全身鎧を着けたプレイヤーもツッコミを入れてくる。
ツッコミ率高いですね、このパーティ。
「ああ、人に対して物扱いするのはダメでしたね。えっと人だから……障害者?」
「そっちの方がダメだろッ! ……って、げッ! お前、よく見たらアプリコットじゃねえか!?」
まさかの予想外でツッコミの三人組ですか、需要ないですね。
「ん? ボクのことを知ってるんですかね? っつーか、とりあえず面白面晒してないでどいてくれませんか? ボク、ちょっと急いでるのを忘れて――――はいなかったんですが、妙な三人組に絡まれちゃいまして」
「絡まれてるの俺らだからな!?」
そんなことを吐き捨てつつも、すぐさま道を開ける三人。
別に天使の刃翼をチラつかせたりはしてないんですが。
(っと……時間の無駄……)
キュービストがいるような気がする方に向かって駆け出しつつ、一度だけ後ろを振り返ると、
「知らないのか……? アイツが白夜の白昼夢だ」
「マジか……。ってことはアレが第二位か……」
「頭おかしいって話はホントだったのか……」
さて――。
「【炎舞・緋火ノ牢球】♪」
ゴォッ!
炎が空気を吸い込む音と共に、三人の悲鳴が後ろから聞こえてきた。
まったくどれだけタイムロスさせる気ですか、あの三人。
ウィンドウ開いて、装備品ボックス開いて、火焔篝を装備して、さっき使いきった魔力をアイテム使って回復して、スキル唱えて――。
十秒は使いましたね。
ピピピピ……ピピピピ……。
一息吐いて再び走り出そうとした時、音声通信の着信音が鳴った。
(スペルビア……今さらですか)
音声通信を取ると、少し荒い息遣いが向こうから聞こえてきた。
「大丈夫ですか、ルビア」
『アプリコットちゃん……キューちゃん見つけた?』
「そっちも見失ってたんですか。こっちも見つかってないですよ。手がかりは?」
『さっき追いかけてた』
「どっちにですか?」
『あっち』
見えるとでも思ってるんでしょうかね、あのお馬鹿さんは。
「方角で言ってください」
『北西』
「ポートじゃないですか!?」
空間移動施設にまで行かれたら、何処行ったかまでは追えませんからね。
「ルビア、とりあえずポートに向かってください。私もすぐ行きますが、あなたの方が速――」
……嫌な予感が脳裏を霞め、ボクにしては珍しく、ある程度の確信を持ってキュービストの向かった先がわかった気がした。
災厄天の終世界に入れるプレイヤーはあと一人ですね。




