(16)『目的のためなら仕方ない』
(そろそろ皆はフィールド入りってとこですか。まぁ、面白味からかけ離れた場所ですから大したことは起こらないでしょうが、あとで合流も検討するべきですかね)
トゥルムの街道を軽快に駆けながらそんなことを考えた時、ボクは思わずそのらしくなさに苦笑した。
素直に人の心配をするなんて、いかにも普通だ。実のところ心配していないわけではないものの、それではまるで自分が相手に何かを期待しているようで気に食わない。別にボクは、相手と親しくなるために人に近づくわけではないですから。
(右……いえ、左ですかね)
適当に当たりをつけ、NPCの露店を左に曲がり薄暗い路地に入る。
今のボクは追跡者。
とは言ってもアンダーヒルのように常識外れの専門知識を以て追跡しているワケじゃない。勘を頼りに不確定要素溢れるギャンブルに興じていた。
「見つけましたよ、キュービスト♪ これで五連続ボクの勝ちです」
路地の先を再び右に曲がったその時、五メートルほど先で反対側の通りへ抜けようとしていた人影に呼びかけると――。
「うわぁっ!?」
振り返りざまに失礼な悲鳴を返してきたので、装着してあった左腕に装着してあった【不死ノ火喰鳥・火焔篝】で威嚇射撃を敢行する。放った弾は投射後に小さな火球に変わり、キュービストの頭の右横を抜けた。
「熱っ!」
左耳周辺を炙られたキュービストが悲鳴を上げてそこを押さえる。
黒インナーの上にレザー調の薄茶色と金属プレートの銀色を配置した相変わらずの軽鎧装。
金属防護が施されているのは肩や胸、脇腹、膝や脛程度で弱い装備に見えますが、それ以外の部位にも用いられている素材は『アシッド・ライノセラス』という上位モンスターのもの。強化処理さえしていれば見た目以上の性能はほぼ間違いないです。
しかし【巫女装束・五代守護鈴】着けた時のボク並みにアバターと装備の外見がちぐはぐなオモシロ人間ですね。
彼のアバターの種族は半機人。乳白色のセラミック調の肌が特徴的で印象だけならシイナの保有する戦闘介入型NPC、『八式戦闘機人・射手』と非常に似通っています。
本来、精緻で繊細な印象を受ける外見のはずなんですが、短いボサボサの黒髪などの要素も相俟ってそうは見えませんね。
「いきなり撃たないでよ……」
「何もしてないのに人が近づいただけで逃げる方が悪いんですよ」
「さっきの奇襲じみた全戦力解放をなかったことにしたんだね……」
ため息をついてがっくりと肩を落とすキュービストが何やらぶつぶつと呟いている。
AFがどうかしたんですかね?
「それはさておき」
「恐ろしい子だよ……」
「んなどっかで聞いたことのある台詞シリーズの披露はどうでもいいとしてっつーか少し脈絡考えて話してくれませんかね?」
「素直な感想なんだけどね……」
ジト目をボクに向けて再びため息をついたキュービストにちょっとした好奇心から笑顔で首を傾げて見せると――
ずざぁっ!
普段の少し鈍い印象すら受ける動きからは想像もつかないだろう俊敏さで表の大通りまで飛び退いてくれました。少しですが戦きの表情まで見て取れますね。失敬極まりねぇっつーかまるで天敵扱いじゃないですか。
キュービストがハッとしたように目を見開き、わずかに後悔の色を覗かせた瞬間、右手の袖の中で用意していたもうひとつの火焔篝を引き絞り、
「全力、全壊ー♪ 【喰い滅びて惨禍あり】――――っ!!!」
「そんな魔法少女の最終奥義みたいなノリを初撃から出してくるの!?」
「実質ボクの最終奥義ですがそれが何か♪」
まぁこんなもん、ただ派手なだけのパフォーマンスなんですけどね。
ゴォッ――ドォォオオオオオオオオオオオオンッッッ!!!
ボクの残存魔力を喰らい尽くして生成された巨大な炎弾が、激しい唸り声を上げて周囲の空気を巻き込み、全体が大爆発した。表通りを炎禍が襲う。
「さすがですね♪」
激しい燃焼音の向こうから微かに聞こえてきた足音に人知れず賞賛を送り、未だに炎の蹂躙に見舞われる大通りに足を踏み出した。
「あ~、そういや他のプレイヤーがいないかどうかは確認してませんでしたね」
「はろはろ」
路地を抜けた時、すぐ隣、視界の端に映った小さな人陰に声をかける。
【伝播障害】を張ったバリアの中に、スペルビアが立っていた。
挙げた片手を開いたり握ったりして挨拶を返してくる。
「これ、アプリコットちゃん?」
「いえ、キュービストがやりました」
スリングショット限定技? それがどうかしましたか。
火焔篝の付加スキル? それが何か。
「キューちゃん?」
「せめてキューくんにしといてやってくださいね」
相変わらずボクよりマイペースですね、こちらもさすがスペルビアです。
「っつーかヤツを知ってんですか、ルビア」
「よくわかんない。でも面白い」
よくわからないのはあなたの感性なんですけどね。
「っと、そんなことよりキュービストどっちに行きました?」
「ん」
スペルビアの指差した反対側の路地に向かって駆け出そうとした時、スペルビアが袖を引いて止めてきた――――のを無視して足を踏み出そうとして諦める。
多少レベルが高くても天使が単純な腕の力で雷霆精に勝てるわけがない。
「アプリコットちゃん」
「何です?」
「熱くない?」
可愛く小首を傾げてそう言ってくれました。
今聞くほどのことでもないでしょうに。
「さほどですがそれがどうしましたかっつーよりそろそろ痩せ我慢も限界突破近いので、手ェ放してくれませんかね?」
「行く」
「は?」
スペルビアは突然、巨鎚【戦禍の鬼哭】をオブジェクト化して振り上げた。
「キューちゃん、久しぶりに見たから」
どうもついてくるらしいですね。
ひょいっと伝播障害から飛び出したスペルビアは、何故かその場でぴょこんと一度跳ねて、
「雷霆精能力【閃脚万雷】!」
瞬くように白光が閃き、蒼雷が迸る。魔力を代価に高速移動を可能にさせるゲームバランス崩壊気味の種族スキルです。
絶賛本気のようですね。
こちらとしては手を借りれるのはありがたいですが、正直ここまでのマイペース娘を御すのはそれはそれで疲れるんですよね。
「まぁ、目的のためなら仕方ないですね♪ ぶっちゃけモチベーションは上がりませんが」
「もくてき?」
再び首を傾げるスペルビアには親指を立てて誤魔化しておくとして。
キュービストの落ちも壊れもしないメガネがボクとしては気になって気になって仕方がないんですよ♪
「目的ってなに?」
そういえばこの子、空気読めませんでしたね。




