(14)『災厄天の終世界‐カラミティエンド・フィールド』
ドォンッ!
突然すぐ隣に降ってきた燃え盛る滅びの隕石が赤灼けた地面で小爆発を起こし、飛び退くよりも早く周囲に衝撃波と岩片を撒き散らす。
「痛ー」
「ぼーっとしてんじゃないわよ、シイナ」
「前兆がないんだから、上向いて歩いてなきゃ無作為炎弾避けられるわけないだろ……」
「勘で避けなさいよ」
「いや、無茶だろ」
午前中に訓練を終え、昼過ぎ。
俺たちは刹那の提案通り、咲き誇る永遠の楽園の裏フィールド、災厄天の終世界にやって来ていた。
目の前に広がる光景は、灼熱の火山地帯。地面の所々には噴き出したマグマ溜まりが点在し、何もない地面さえ長く留まれないほどの熱を放っている。
暗鬱とした黒雲が隙間なく広がる空からは、かなりの頻度で隕石が出現し、赤熱した地面に降り注ぐ。
時折遠くに見える火山が龍の咆哮のような轟音と共に噴炎を打ち上げる。
空気は気怠い熱気と強弱の波を持つ熱風に大半を占められている。
危険な大型モンスターも徘徊する、あまり来たくない場所トップテンに軽々ランクインしてしまうような場所だ。
そしてこの災厄フィールドが有名な理由は、FOでもなかなか例を見ない制約、プレイヤーは八人しか入れないという人数制限仕様があることも一枚噛んでいる。まともな集団攻略ができないため、その分難易度が跳ね上がっているのだ。
面子は旧アルカナクラウンからのいつもの四人(俺とリュウ・シン・刹那)にアンダーヒル・椎乃・トドロキさん、そして俺とほぼ常に行動を共にするリコとサジテールを加えた九人だ。
最初はアプリコットもついてくるようなことを言っていたのだが、
『急用でめんどくさくなったので寝ます』
と三種の台詞をごちゃ混ぜにしたような謎の書き置きを残していつのまにか何処かに消えていた。何がしたいのかは相変わらずわからない奴だった。
あろうことか書いた紙を気づかれない間にアンダーヒルの背中に貼っていくという残し方だったため、当の本人が若干不機嫌モードだ。表面上あまり変化はないが。
いつも気を張っているアンダーヒルの背中に気づかれないように貼るなんて、もう神業クラスの荒業だろう。
さて、そんな俺たちなのだが――。
「【局地性暴風刑法】! ぶっ飛べー♪」
絶賛戦闘中だった。
詩音の突き出した拳の先から、凶悪な破壊力を伴う暴風が直状に吹き荒れ、周りを囲っていた影たちが一斉に吹き飛んでいく。
体長七メートル、体高四メートルほどの全身に炎を纏う大トカゲ、爆震亜竜が一体、正面に鎮座する。岩盤のような堅い外甲に覆われた背中に小爆発を連発している。
さらに図らずもその周囲を固めている二十頭ほどの爆導猪は爆炎の尾を引きながら隊列突進を繰り返し、分離と合体を繰り返しながら縦横を巡る大イノシシだ。
この特殊な環境の災厄フィールドではオーソドックスな、この二種のモンスターを相手取っていた。
「っし♪」
重いクエイクリード・リザードは暴風に耐えたものの包囲網の一画のクラスター・ボアを全て退けたので満足したのか、詩音はニィッと健康的な笑みを浮かべて残っているクエイクリード・リザードに突っ込んでいく。
馬鹿だろ。
走り出すとなかなか手の付けられないクラスター・ボアを牽制しつつ隙を伺う作戦だったはずなのだが、大人しくしていられない性格の詩音には耐えられなかったらしい。すかさず前に出た俺は、詩音の後を追ってクエイクリード・リザードに接近する。
「あれ? 兄ちゃん来たの?」
「お前のせいだ、馬鹿」
「馬鹿じゃないよ~。【爆砕拳交撃】!」
チロチロと蛇が舌を出すように、口から火の粉をチラつかせるクエイクリード・リザードに肉薄した詩音は【巨銃拳・奇龍衣】を着けた右手で、クエイクリード・リザードの横っ面を強烈な突きで殴り飛ばした。
よくもまあ、あんな軽口叩きながら全力出せるもんだ。
瞬間の間を置いて、まるで弾かれたように吹っ飛ばされたクエイクリード・リザードは、大きく仰け反りバランスを崩す。しかしその巨体ゆえかあるいは考え無しの詩音に問題があるからか、クエイクリード・リザードはすぐに闘争体勢を取り戻した。
同時に退いていたクラスター・ボアの集団が堰を切ったように飛び出してきて、俺の視界を流れて背後に消えていく。この時点でクラスター・ボアは後ろに任せることを確定しても構わないだろう。
詩音がどの程度使えるかを把握していても、さすがに二人でこのデカ物を倒すのは一苦労だろう。
グゥゥッ――。
喉を鳴らしたクエイクリード・リザードは足を踏み鳴らし――ボボッ!
その口の中で火花が爆ぜた。
「兄ちゃん、ブレス来るよ~」
「わかってるから緊張感のない間の抜けた声出すな」
左手で大罪魔銃を引き抜きつつ、右腕で詩音の腰を抱き、その勢いのままに地面を蹴り、詩音の身体をさりげなく上に押し出しつつ右に跳んだ。
その瞬間、クエイクリード・リザードの喉奥から噴き出したブレスがさっきまで俺たちのいたところを通過し、赤灼けた地面をさらに焼き焦がす。
「椎乃、お前上と前、どっちがやりやすい」
「え、と、前……」
輻射熱に当てられたか、頬をわずかに赤く染めた椎乃が少し戸惑った様子で答える。
少し様子がおかしいのを心配にもなったが、すぐに拳を握って立ち上がったのを見て、俺もすぐに大罪魔銃の銃把を握り直す。
「じゃあ椎乃……じゃなくて詩音、前は任せたぞ」
「あいさー♪ 私の実力見て惚れたらダメだよ?」
誰が惚れるか。
十数分後――――ズン……。
クラスター・ボアは十分で全滅し、たった今残っていたクエイクリード・リザードが地響きを立てて地面に倒れこんだ。
「ただでさえやたらと暑くて敵わんのやし、あんまり激しい運動させんなや」
誰にともなく愚痴り、着物の胸元を引っ張って空気を取り込もうと揺らすトドロキさん。彼女の格好は腰丈でバッサリ切られた特殊な和装、如何にも涼しげなのにそれでも暑いらしい。
かなり目の遣り場に困る。
逆に黒ローブで全身を覆ったアンダーヒルは、見た目暑そうなのに如何にも涼しげな顔をしている。珍しく露になっている素顔には汗のひとつも浮いていない。
「相変わらずお前規格外だな……」
アンダーヒルは不思議そうな顔をしていた。




