(13)『らしくない』
ギルドハウス二階ロビー。
とりあえず中に入った俺たちは、苛立ちからか落ち着かない様子を見せる刹那に事情聴取を敢行していた。
「――って感じね」
「刹那、お前……馬鹿なのぐぇっ!?」
不用意に口を開いたシンの頚椎が軋むような悲鳴をあげる。
ただでさえ一部の人間(主に俺やリュウやシン)の間で人間兵器と称される刹那の馬鹿力による、手加減のない、掛け値なしのチョークスリーパーホールド。
だからキレてる刹那相手に非武装で近づくのはやめとけって言っただろうに。
リコが、綺麗に極ったチョークスリーパーにほぅと感嘆の声をあげる。刹那とリコはどちらも短気と戦闘狂の迷惑すぎる組み合わせの性格で通じるところがあるからな。
「ぅぐ……く、口が滑ったっ……」
「シン、何か言った?」
「な……何も……ッ」
肩越しの笑顔による威圧支配を察したのだろう。ごまかしの言葉を喉の奥から絞り出したシンは刹那の腕を振りほどこうと手に力を込める――――が、すぐにその力が抜けた。
「くっ、ささやかな癖に押し付けられると力が……」
命知らずだな、とリュウが呟いた。
刹那の表情が瞬く間に怒り九割羞恥一割で朱に染まり、シンの首にかかる腕にさらに力が込められる。
「天っっっっ誅ぅぅううう――っ!!!」
吼えた刹那の腕の中でシンの身体から全ての力が抜けていく。
それにしてもさすが刹那。乙女の恥じらいよりもまず相手への刑罰を選ぶとは。危険生物以外の何モノでもないな。
「――って落ち着け刹那! それ以上やると死亡判定受けるからな!?」
慌てて俺がそう言うと、刹那はパッと手を放し、ハァハァと肩で息をする。
「悪いのはシンよ……!」
「今回ばかりは確かに……」
「正当防衛よ!」
「それはねぇッ」
過剰防衛にもならない。
床に倒れ込むシンを躊躇いなく跨いだ刹那は、椅子を引き乱暴に腰を下ろす。
シンはというと、気絶アイコンが名前の横で瞬いている。ゲームオーバーさえ回避できれば問題はない。放っとけばその内目を覚ますだろう。
「お前は大丈夫なのか、アプリコット」
すぐそばにある三人掛けのソファを占拠する布団子の一番外枠のミノを剥がしてやる。
「んぅ」
スパンッ!
「痛ッ! 何するんですか、シイナ」
「うるさい。お前がスペルビアの真似なんかするからだ」
「こんな微妙なモンによく気づきますね。よほど彼女のことを普段から意識して見ていないとそうそう気づきませんよ?」
アプリコットは何故かチラチラと別の方に視線を送りながらそう言った。
「あれ? アンダーヒルは何処に行ったんですかね?」
突然すっとんきょうな声をあげ、きょろきょろと視線を泳がせるアプリコット。それに釣られるように俺もあの黒ずくめ姿を探すが、少なくとも見える範囲にはない。
「アンダーヒルならさっき【コヴロフ】と【黒朱鷺】整備して出掛けていったぞ」
腕組みをして椅子に腰かけていたリュウがそう教えてくれる。
「思いっきり戦闘態勢じゃねえか」
「アンダーヒルの全装武装ですか……。何処のギルド潰しに行ったんですかね?」
「いや、アイツに限ってそれはねえよ」
「ああいう娘ほど裏で何考えてるのかわからないのがテンプレなんですよ?」
「お前ほど損得度外視して動けるヤツじゃないからな、アイツ。それとそろそろツッコミ休憩させてくれ。こっちはまだロークとの戦闘が後引いて疲れてんだよ」
「あれぐらいの戦闘で情けないですね♪」
ゴロゴロ寝転がってはいるが、その様子に疲れの色はまったく見えない。すぐ戦闘と言われても、おそらく大丈夫なのだろう。言い返そうにも言い返せない。
格が違いすぎる。
それと刹那がやたら静かなのが気になるな。嵐の前のなんとやらってやつだ。
できれば台風一過の方が嬉しいのだが。
そんなことを思いつつ、さりげなく視線を刹那に向けると、何やらウィンドウを開いてスクロールしながら文章に目を通しているようだ。
(何やってるんだ……?)
と気にはなるものの、まだカリカリしているようで目付きが危険だ。頬の痛みももうほとんど残っていないことだし、シンとは別の理由だが、こっちも放っておいた方がいいだろう。
改めて向き直った正面で目をキラキラさせてかまってオーラを放つアプリコットから再び目を逸らし、
「リュウ、今日何か予定はあったか?」
安全圏に逃れる。
「いや、俺が把握しているのは竜乙女達三人の教導ぐらいだ」
「それは日課みたいなもんだろ」
詩音・アルト・ミストルティンの訓練はあれからほぼ毎日続いている。今はまだ効果が薄いようだが、戦闘中の動きは少しずつ変わってきている。
「ま、午前中に訓練とっとと終わらせて、たまにはゆっくり――」
「シイナにゆっくりする暇、ないわよ」
突然、別事をやっていたはずの刹那が俺の台詞に割り込んできた。
「何かあったか……?」
「今日は災厄フィールドに行くから準備しときなさいよ」
リュウが隣で息を呑む音が聞こえる。
「……………………は?」
「間抜けな声出してんじゃないわよ、バカシイナ。前にも行ったでしょ」
「いや、それはわかって……ってお前まさか今さらアレを取りに行けと!?」
災厄天の終世界。通称『災厄フィールド』。
名前から想像もつくだろうが、最強の伝説級剛双剣【災厄の対剣】唯一の入手場所だ。
「いや、それにしたってあるかどうかもわからないだろ」
伝説級武器はその性質上ゲーム中にたったひとつしか存在しない。
つまり、あの時点で存在していた唯一の【災厄の対剣】は、破損データに変わっているのだ。
今行ったところで、データがその扱いを受けていれば探したとしても見つかるはずがない。そうでなくても、誰かが既に入手しているかもしれない。
「あれこれ考えたって仕方ないでしょうが。なかった時はその時よ。そういう意味では最近のアンタはちょっと、らしくないかな」
らしくない……?
自覚はないけどな。
「どういう意味だ?」
「アンタは考えまとめて戦えるほど器用じゃないでしょ」
失敬な。
刹那は俺と目を合わせ、さっきまでシンに対してブチキレてたとは思えない(さらに言うならその前に自分が全力で殴った人間に向けるとは思えない)笑みを浮かべて、跳ねるように立ち上がった。
「とりあえず突っ込んでから考える方がよっぽどシイナらしいわ」
「そりゃどうも……」
褒められてるのか貶されてるのかよくわからないが、何故か悪い気はしなかった。




