(12)『そんな視線は何処吹く風』
「なぁ、アンダーヒル」
「何ですか、シイナ」
「あの状況を説明できるか?」
「残念ですが、私には皆目見当がつきませんし、つける気もありません」
「奇遇だな、俺も同じだ」
「理解していただけて嬉しいです」
ギルドハウス脇の中央広場で戻ってくると、何故かそこで刹那とアプリコットの二人がガチバトルを展開していた。
驚くことにインナー姿で。これで驚かない奴がいるとすれば、彼女たちの人間性に関して激しく勘違いしているか、こんな非常識極まりない暴挙に出た経緯を知っているかのどちらかだろう。後者の場合、どのようにしてそれを知ったのかというまた別の問題が浮上するのだが、どの道そんな人物はいないだろうから閑話休題。
「よくわからんが、シイナ。止めた方がよいのではないのか?」
リコが呆れたような顔で訊ねてくる。それにはサジテールも同意のようで、視線を遣るとリコの後ろでコクリと頷く。
「だろうな……」
改めて二人に視線を向ける。
戦いに集中している二人はこっちに気づいていないようだ。刹那とアプリコットは差はあっても戦いには集中するタイプだからな。アプリコットの場合は集中の仕方にかなり癖があるのだが。
戦いながら勝ち方に迷うような奴だからな。第二位とは言っても、アプリコットは儚に勝てないわけではないのだ。本人は「あんな化け物に勝てるわけないでしょうに」と常々言い張っているが。
「って言ってもあんなのどうやって止めるんだよ。まともにいったら怪我するぞ」
「刹那があのような格好をしているのはいささか不自然です。彼女の性格を考えれば、アプリコットに乗せられただけのただの意地でしょう。優先事項を目の前に提示すればそれで収束すると愚考します」
「優先事項?」
「あなたが接触するだけであるいは」
アンダーヒルの提案は大事なところが何故か俺任せになることが多い。
遠目でもあんな目の遣り場に困るような二人に近づいて、あまつさえ接触しろと。
「それ……その後俺に危険は?」
「あるいは」
あるいは、じゃねえだろ。
あの二人の場合、洒落にならないぞ。
「私がやっても構わないぞ、シイナ」
そう言ってきたリコに首を横に振って断る。短気だし、戦闘好きだし、下手するとミイラ取りがミイラになる可能性がある。問題はそれ自体ではなく、戦闘域やら周囲に撒き散らす戦いの余波やらが広がることだが。
「何となく考えていることはわかるぞ、シイナ……」
腕組みをして、うんうんと感慨深げに頷いてみせるリコ。
いや、お前絶対わかってないよな。
「危険なのはわかっている。だが、私は大丈夫だ。しかしそれよりも、プレイヤーであるシイナの身の安全を優先すべきだ!」
やっぱりな!
「テル」
「ラジャー♪」
がしっ。
――面倒だからリコを羽交い締めにしててくれ。俺が行ってくるから。
そう言おうとしたら以心伝心したらしく、サジテールは何の迷いもなく、リコを背後から押さえつけた。
「貴様、何をするAK! 放せ!」
「だから、テル姉様って呼んでって言ってるでしょー?」
「誰が呼ぶか、気持ち悪い! は、放せ! 馬鹿、そんなところを触るなっ! シ、シイナ、助けっ、はにゃあ!?」
「あらら、ぺったんこ」
「なっ……!」
羞恥に頬を染めるリコと唇を尖らせるサジテールから目を逸らし、何気なくアンダーヒルを一瞥する。
「ん……?」
普段ならその視線にすぐさま気づき、何ですか、とばかりに無感情正視線を向けてくるのだが、その時は全く違っていた。
「どうかしたのか?」
まるで警戒するように、じっと元来た方に視線を向けていたアンダーヒルに声をかけると、ようやく気づいたらしいアンダーヒルはふるふるとやけに可愛らしい動作で首を振った。無表情は相変わらずだが。
「おそらく気のせいではないでしょうが気にしないでください。あなたには関係のない私の個人的な問題ですので」
問題って……こっちも相変わらずはっきり言うな。誤魔化すつもりがあるのなら、馬鹿でももう少し上手く誤魔化すぞ。
「キュービス……」
「局所デベロッパー・パーツはなかったの? 余ってるのあげようか?」
「ぐっ……! いらん! あんなもの邪魔になるだけだっ」
アンダーヒルの呟きが、傍から聞こえるアンドロイド・シスターズのアホな応酬にかき消される。
キュービ……? 種族の九尾狐か?
「二人を止めないのですか、シイナ」
「っと、そうだった……」
予想外にぎゃーぎゃーと騒がしいアンドロイド二人の頭をスパンッと叩きつつ、三人から離れ、未だ闘う二人の元に向かってゆっくり近づいていく。
「近づくだけで止まれば最高だな……」
思わずそう呟く。
ドリルやパイルバンカーで巧みに操り、外道とも言える情け容赦ない正確無比な攻撃を放つアプリコットと、そんな攻撃を紙一重で的確に躱していく刹那。
ドリルにパイルバンカー、見ればどちらもカテゴリ内では比較的軽量なモノ――どちらも本来独立した武器なのだが、アプリコットは攻撃力を度外視して手やら腕やらに装備できるライトなモノを愛用しているらしい――を使っているようだが、どちらにしろ重いため取り回しが悪い武器種だ。
そして、俺が二人の視界ぎりぎりにまで近づいた時だった。
色々と危ない破砕音が響き渡る中、ギィとひとつだけ異質な音が聞こえた。
「何の音だ?」
ギルドハウスの大扉――刹那とアプリコットが戦っている場所を考えると、間違いなく戦闘区域内に位置している――が開いて中から出てきたのはシンだった。寝起きなのだろう、かなり眠そうな顔をしている。その光景を見て、硬直したのだが。
「……これはまた何があった?」
続いて、出てきたのはリュウだ。
大したタイムラグがないにもかかわらず、シンと違って既に大鷹爪剣を装備済みなのは、図体や普段の行動に似合わず、かなり慎重だからなのだが。それが面白半分に突発的に決闘を仕掛けてくる刹那や、それに苦笑を交えつつも乗ってくる儚のせいなのはおいといて。
「ア、アンタたち!? なんでいるのよ!?」
「お前ら、なんてけしか――ぎゃっ!?」
「とりあえずお前たち二人の格好については気にしないこととしてだな。朝っぱらから何をしているんだ……?」
リュウがシンの額を上から押さえつけ、全力で押し下げる。その重圧に寝起きで耐えられるわけもなく、シンは海老反りになって背中から地面に倒れ込んだ。
そんな間に普段の寝巻き姿、ショートパンツと薄黄色のキャミソールを着直したらしい刹那が、それだけで射殺せそうな視線をアプリコットに向ける。
当然の如く、性格破綻のこと、そんな視線は何処吹く風だったが。
「あれ? シイナじゃないですかー」
おい、棒読み。お前絶対気づいてただろ。そして何故今言うか!
「えっ!? シイナ!?」
バッと振り返った刹那と目が合って、思わず硬直する俺。
「ア、アンタ……」
刹那の握られた拳がぶるぶると震え、頬が羞恥に染まる。
何故だろうね、こんな場合はいつもだ。
「バカァァァァァァァァァァァァァ――――――――ッ!!!」
――何故か俺だけ殴られる。
そんな騒動を傍に隠れて見ている人物がいた。
「……やっぱりアンダーヒル様……。こんなところにいたんだね……。ずっと探していたんだ」
ふっと笑みを浮かべてかけていたメガネを押し上げたその人物は、足音も立てず後ずさり、ゆらりと建物の陰に消えていった。




