(11)『イレギュラー‐こっちがわ』
≪アルカナクラウン≫ギルドハウス前、トゥルムの中央広場の一角で、私はアプリコットと対峙していた。
「ちょっと、アプリコット――」
小刻みに震える声が、人気のない冬の朝の街にすっと消えていく。
その声音の裏にあるのは寒さでもなければ、恐れでもない。単純にアプリコットからの説明がないことに対する苛立ちだ。
「何ですか、刹那ん」
アプリコットは装備していた白無地のTシャツをたくしあげてバッと脱ぎ捨てると、『見返り美人図』を彷彿とさせるポーズで振り返った。
ただし似ているのはそれのみで、他の要素は尽くかけ離れているのだけれど、閑話休題。
「――何のつもりなの……?」
「いやいや今朝ちょっと興の削がれるようなことがありましてね?」
アプリコットは脈絡の読めない台詞を吐きながら、何の躊躇いもなく迷彩色のカーゴパンツをも脱いでしまった。今はもう上下インナーに黒のコンバットブーツという罰ゲームのような格好になっている。
それも人気がないとはいえここは街中。
FO世界におけるインナーは現実世界における下着と同義ではない認識が高いけれど、その露出度や生地の薄さを考えれば実際のところ大差はない。少なくとも、現状ではただの露出狂にしか見えなかった。
体感温度はシステム側からある程度の調整が入るが、インナーのみの状態ではその効果も薄い。気候設定が冬のこの時期なら、決して快適とは言えないはずなのに。
「だから戦闘訓練です♪」
「接続の前後が噛み合ってないわよ!?」
「ふっふっふ……ここから出たくばボクを押し倒していきなさい!」
「半裸で胸張ってんじゃないわよ! なんで私がそんなことしなきゃいけないのよッ! しかもアンタとっ!」
「え……マジで押し倒してことに及ぶつもりなんですか、刹那ん……?」
見え見えの演技でずざぁっと後ずさるアプリコットに、こめかみが引き攣る。
「戦 闘 訓 練 の 方 よっ!!! それに戦うなら服脱ぐ必要ないでしょ!?」
「装備外さないと本気でやりかねないので。刹那ん壊そうものならシイナに怒られちゃいますよ♪」
くす、と隠す気もなく高みから馬鹿にするような笑みを浮かべるアプリコット。
それにカチンときた私は思わず寝巻き代わりに着ていたキャミソールとショートパンツを装備解除し、アプリコットに合わせてインナー姿になる。
こんなの、恥ずかしくなんかないわよ!
「【神魔の拘束】!」
左腿の【フェンリルファング・ダガー】を鞭状態で抜き、バチィンッと一度床に打ちつけた。
「いい眺めだとは思いますが、わざわざボクなんかに合わせなくてもいいんですよ、刹那ん♪ こんな朝っぱらから無理して体力消耗したら今日の予定に差し障るかもしれませんし?」
「カマでもかけてるつもり?」
自分でも驚くほどの平静を保ったまま、アプリコットにそう言い返す――――が。
「いくらボクでも無意味にカマかけたりはしませんよ、っつーかぶっちゃけあのキャラ続けるのめんどくさいんですよね」
「じゃあ、やめなさいよ……」
いつも以上にいつも通りな調子の返答に、思わずため息を漏らす。
「これもそれも何もかも全部纏めてボクですからね……。どれかを切り離すなんて、できやしませんよ」
「ナニそれっぽく綺麗に纏めて一人で納得してんの、よッ……!」
振り上げて下ろす左手の動作について、蛇が跳ねるように伸びた鞭がバチィッとアプリコットの足元の床を打つ。
しかし、かするだけで激痛が走るような一撃にもまったく動じないアプリコットにさらに苛立ちが募る。
「早く武器を出さないと、次は本気で当てるわよ」
「まぁ落ち着いて下さいよ、刹那ん。もう何で戦るかは決めましたから♪」
くっくっくと可笑しそうに笑いながら装備品管理ウィンドウをいじるアプリコット。私はその両腕に出現したモノを確認し、思わずげんなりした。
「漢のロマン大集合っつー感じですかね、知りませんけど♪」
右手には拳にフィットするような作りの硬プラスチック質のプロテクター。
その前腕には特殊な形状の射出器が一門装着されている。機構からしておそらくあれは射突式破甲槍だろう。
そして左手には肘までを覆い隠すような円筒状のプロテクターの手首から先に、螺旋の溝が彫られたランスのようなモノが装着されている。でもアレは突き刺すために作られた槍じゃない。突き刺し穿孔するための自動回転機構から成るドリルだった。
「対人戦で使うもんじゃないわよ、そんなのっ……!?」
「それを言うならアンダーヒルの対物ライフルだって似たようなもんです。今となっては対人戦の方が珍しいんですし、いいんじゃないですか?」
都合のいい時だけ正論って卑怯よねぇ!
「それにこんな扱いづらいモン、当たらなきゃいいんですよ当たらなきゃ」
それを当ててくるのがリアルチートでしょうが……!
「ま、安心してくださいよ♪ 加減の仕方は心得てますから」
「その口……災いの元みたいねッ!」
ヒュンッ!
狼牙拘束鞭を持つ左手を振り上げ、思いきり振り下ろす。まるで生きているかのように大きくしなった鞭は空中で方向を変え、斧のようにアプリコットに振り下ろされる。
拳、PB、ドリル……どれも鞭を受けるには向かない武器カテゴリばかり。勝機はそこにある。
タンッ。
やはりアプリコットの動体視力は高速の鞭の動きが見えているらしく、たった1歩のサイドステップで上段打ちを躱してみせた。
(……そこッ!)
腕を下から上に振り戻す。
ヒュンッという風切音と共に手元から上向きの弓形波が先端に伝わり、小刃がアプリコットの顔に向けて跳ね上がる。
そしてすぐさま上から斜め下向きに左手を振り下ろし、前に出る。
「……ッ!?」
少し驚いたような顔をしたアプリコットは後ろに下がって跳ね上がりを躱す。しかしその直後、またも軌道を変えた鞭の先端の小刃が斜め上からアプリコットの肩口を襲った。
鞭の衝撃は思いの外重い。
その衝撃で沈み込んだアプリコットの表情も、当然痛みに歪む――
(ッ!?)
――のではなく嬉しそうに笑んだ。
思わず背筋が強張り、ゾッとする感情に任せて立ち止まった私は、それだけでは足りない気がしてさらに一歩後ずさる。
しかし、ニャルラトホテプ戦(主には奴の体内での戦闘だったけれど)で鞭を扱う感覚をほぼ取り戻していたためか、私は無意識の内に次の一手を打っていた。
「【痺毒】!」
右手で引き抜いたもう一本のフェンリルファング・ダガーに麻痺毒を纏わせ、体勢を崩したアプリコットに向かって放るように投擲した。
と、同時に左手の狼牙拘束鞭を強く引きつつ、高速回収する。そして間髪入れず手首をくるりと返し、
「【速線束結】!」
スキル技の効果で射ち出すように放たれた鞭が、投擲したダガーに向かって直線状に駆ける。
「なるほど」
「……!?」
アプリコットは押し下げられた足のバネを利用して、前転するように低く跳んだ。そしてあろうことか、雫に接触するだけで高確率の麻痺判定を受ける麻痺毒に覆われたダガーを右手でキャッチした。
軌道を逸れたダガーは予定通りに鞭と結合することなく、咄嗟に鞭を引き戻す。
「麻痺鞭っつーところですかね。ただでさえ当たりやすい鞭に麻痺毒が付属されてれば驚異でしょうね。まさか空中連結なんて離れ業をあれだけの高精度でこなすなんて思ってもみませんでしたが♪」
「ア、アンタ……なんで毒が効かないの……?」
「効かないわけじゃなくて、麻痺毒に当たらなかっただけですよ♪」
リスキーな選択を躊躇いなくってどんだけ頭おかしいのよ、コイツ。
「鞭の扱いは攻撃と動作にタイムラグが出る。手元の動きが鞭の動きと連動しますから、読まれやすいんですよね。ぶっちゃけ儚やボク辺りみたいな正統派イレギュラーには通用しませんね」
そんなことを言いながら、ドリルをギュイイイインッと回転させる。
「マトモな戦い方はそろそろ役に立ちませんからね。【精霊召喚式】を失った刹那んが儚に勝つには没個性からイレギュラーに来るしかないんですよ♪」
ポイとフェンリルファング・ダガーを背後に投げ捨てたアプリコットは、にやりと笑うと、
「悩む暇はないですよ? 答えなんて考えても出るもんじゃないんですから」
ダンッと地面を蹴って前に飛び出してきた。




