(9)『天浄天牙』
「お前らは外で待ってろ」
ようやく追い付いてきたアンドロイドシスターズを通りに残し、俺とアンダーヒルは木製の扉を押して目的の店の中に入る。
最上位プレイヤー御用達の伝説級~上級装備を扱う専門店『グラン・グリエルマ』。特徴と言える特徴は店主であり鍛冶職人グランの人柄ぐらいだろう。
どんな猛者相手でも、自分が気に入らなければその腕っぷしと得意の足技で店の外に放り出す、恐るべきジイさんである。
ただし何があったか刹那にだけは弱い様子だ。あれほどの頑固親父をたったひと睨みで黙らせる時点で、刹那は既に人をやめたと言わざるを得ない。
「ジイさん、いるかー?」
店の木製扉を開けながら、店の奥に声をかける。ちなみにNPCだからといっていつも同じところにいるわけではない。
例えばグランの場合、手ずから鉱石採集に赴くこともある。その場合も考えたが故の台詞である。
「おぅ、その声はシイナの嬢ちゃんだな。用があるならこのデカいのが終わるまで待っててくれや」
用もなく来るほど前線組は暇じゃない。
「っと……。この店に客がいるなんて珍しいじゃない。しかもこんな朝早く」
「おいおいそれはどういう意味だ、シイナ嬢ちゃん?」
心外だとばかりにカウンターの中から声を張り上げるグランに適当に手を振ってごまかしつつ、そのカウンター前の巨漢プレイヤーの後ろ姿にふと目を遣る。
背中に翼の形の飾りのある黒の龍鎧。ちらっと振り返った顔はフルフェイスの頭防具ですっぽり隠れていて見えないが、素材となった龍の頭を模したような刺々しく凶々しいフォルムは見間違えようもない。『嬲り殺し』の異名を持つ最上位級モンスター、暗黒龍の装備だ。
しかし、基本的に見た目がやたらとゴツく刺々しいためあまり使っているプレイヤー見たことがない。
「シイナ……」
アンダーヒルの呟きが耳に入る。
振り向くと、アンダーヒルが驚いた表情で目を見開いていた。
「……?」
その視線の先、龍鎧の大男に再び視線を戻す、そして気づいた。むしろ何故今まで気づかなかったのかわからないぐらいの事実に。
「アイツ……!?」
知り合いだった、というより顔見知りだった。最近は気にも止めていなかったのだが、まさかこんなことがありうるなんて。
「天浄天牙!?」
「気安く我が真名を口にするな、小娘」
思わず叫んでしまったその言葉に当然気付いた天浄天牙は、グランとの話を中断して俺とアンダーヒルの方に振り返った。
痛々しいまでの中二病が相も変わらず治っていない。確か以前は『真名』ではなく『忌み名』だった覚えがあるのだが、俺の記憶違いでなければ救いがない。
しかし今ツッコむべきはそこではない。
俺はアンダーヒルに振り返り、その肩を引いて壁に向かい内緒話の体勢に入る。
「天浄天牙は凶行封鎖当時に儚にやられたはずじゃなかったのか?」
「ええ、それは確実です」
「じゃあ、あれはどういうことなんだよ」
「わかりませんが、あるいは天浄天牙はこの九ヶ月で上位級に食い込む程度までレベルアップしたのかもしれません」
実質的戦力外通告から戦線復帰するなんて、並大抵の努力じゃない。
ネアちゃんもほぼ同じ条件なのだが、彼女の場合はユニークスキル【全途他難】により、レベルだけなら高位級に属している。
だが、それがない天浄天牙は違う。十割努力だけで経験値を稼がなければいけない。見る限り、今のヤツのレベルはネアちゃんにわずかに届かない程度のモノだ。
これを努力とかつての経験だけを元にここまで達したのなら大したものだ。
「俺の名を呼んでおきながら二人でこそこそ話すとはどういう了見だ。貴様ら、封印前の俺のことを知っているのか。何者だ?」
自演の輪廻=封印なのだろうか。
この馬鹿、面倒なのは道場破りと同じく取り合わなかった時の方なのだ。
「以前一度だけお会いしたこともあるのですが、私はアンダーヒルと申します」
「お……私はシイナ」
俺は何度も会ったことあるんだけどな。
「ふっ……」
息を短く吐いて笑った天浄天牙は、額に手のひらを添えて、天井を仰いだ。
「我が名は『封印されし凶津神』天浄天牙である……!」
イタッ……。
思わず直視できない痛さが目の奥の辺りを襲ってくる。
中二病だけではなく、他も相変わらずのようだ。自称真名なのに普通に言っちゃってるし。もう既にバカだのアホだのの次元を超越しているような気もするが、そこはそれ、俺は別に連中の専門家ではないため仕方がない。
「相変わらずのようですね、天浄天牙。≪メタファー・アップル≫を抜けてからは足取りを掴めなかったのですが」
アンダーヒルの挙げたギルド名を聞いた天浄天牙が、妙に格好つけたポージングのまま硬直する。
「かつては俺の居場所であったが、今となっては関係のない組織だ」
「そうですか。失礼致しました」
話を振った割にあっさりと引き下がるアンダーヒル。
その態度に天浄天牙は首を傾げる。その視線はアンダーヒルと俺の間をゆらゆらとさ迷っている。
「俺に聞いておきながら貴様らの所属を明かさないのはどういうつもりか」
お前の所属は明かしてないだろ。
アンダーヒルに目配せすると、アンダーヒルはこくりと頷いてくる。
「二人とも≪アルカナクラウン≫所属。前線攻略組のメンバーよ」
「アルカナ……? というのはつまりヤツの、魔弾刀のギルドか。久しい名だ。いずれ近い内に俺の封印も解け、共に戦う機会もあるだろう」
「天浄天牙、シイナとフレンド登録をしていただけませんか」
アンダーヒルが突然口を挟んでくる。おそらく戦力価値があると踏んだのだろう。自分がフレンド登録をしないのは何故だかわからないのだが。あるいは、俺と天浄天牙の昔のいさかいを知っているのかもしれない。
「構わんが理由を述べよ」
「彼女があなたに興味があるようなので」
そうそう、っていきなりなんてこと言いやがるこの半アンドロイド娘!?
俺は慌ててアンダーヒルの方に振り返り、その肩を引いて、再び壁の方を向いて無声音でヒソヒソ話を始める。
「あの理由はないだろ……!?」
「彼の経験は新人育成のシステム作成に使える可能性があります。それでも彼に対する興味はないのですか?」
「言い方の問題だよ……! あれじゃ別の意味で取られるだろうが……」
「それは申し訳ありませんでした」
ダメだ、コイツ……。
天浄天牙はと言えば、後ろでまた無意味なポージングしながら、『俺の魔性に目を付けるとは……』とブツブツ呟いてフフフと不気味な笑みを漏らしている。
正直、気味が悪い。
「しかし連絡をとれるようにしておくことは必要なことです」
「……」
諦めた。口で勝てる気がしないこともあるが、アンダーヒルがここから引き下がるとは思えない。
「シイナ、か……。何処かで聞いた覚えもあるがいい名だ」
九ヶ月は思った以上に長かったらしいな。天浄天牙にとって。




