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FreiheitOnline‐フライハイトオンライン‐  作者: 立花詩歌
第六章『トゥルース・ヒカリ―衝突と消失―』
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(8)『そっちは秘密なのかよ』

 バシュッ!

 決闘制限時間約二分前――特殊魔弾仕様狙撃ライフル【(エンシス)】が火を噴く。瞬く間に銃口から飛び出した魔弾は複数枚の鋭い刃に形を変え、ストレロークとアプリコットの手首を繋ぐ金属鎖を断ち切った。


「俺たちの勝ちだな」


 呆然と息を呑むストレロークとアプリコットにそう言ってやると、二人は無言で()()()()()()()まま俺を見下ろしてきた。

 二人は両手両足首に結ばれた(ロープ)で大木の幹に縫い止められているのだ。


「……」


 ストレロークが何かを呟く。しかし相変わらずの小声で何を言っているのかは聞き取れなかった――――が。


「ユウ」


 急に聞き取れる音量まで跳ね上がったストレロークの澄んだ声が耳に届いた。アンダーヒルを『ユウ』と本名で呼べるのはネアちゃん以外にもうひとりいたようだな。

 アンダーヒルは呼び掛けにこくりと頷くとストレロークに歩み寄り、少し近すぎじゃないかと思う距離で何やら話し始める。


「……」

「……」


 言語として聞き取れないぐらいの小声の応酬。何を話しているのかはわからないが、アンダーヒルの表情は微々たる変化だが嬉しそうに見えなくもない。


「それにしても意外でしたね」


 気づかれないように聞き耳立てることができないかと画策していると、アプリコットが声をかけてきた。いったい何をしたのか既に自力で右手の自由を取り戻している。こちらも相変わらず無駄に器用だ。


「意外って何が……?」

「アンダーヒルが手を貸すとは思いもしませんでしたからね。そんなに離れたくないんですかね、くっくっく♪」

「……? アンダーヒルは何もしてないぞ? あんな性格のヤツだしな」

「え!? この(トラップ)、アンダーヒル以外に誰が作れるっていうんですか!?」

「キレていいよな?」

「や、報復が面倒なので勘弁しといてください。っつってもホントにシイナだけでできるものですかね?」

「本人に意見を求めるなよ……」

「本人に目を背けたい現実を突きつけるのが趣味ですからねー」

「こら、勝手に事実にするな」


 確かに頭は悪いけど。


「あ、でもボク程度でも抜けられるツメの甘さにシイナらしさが垣間見えますね」


 泣くぞ。


「それよりこれでアンダーヒルは≪アルカナクラウン≫に残れるんだな?」


 アンダーヒルは嘘を使わない。その彼女が、自分の意思で「アルカナクラウンにいたい」と言ったのだ。

 だからこそひとりの友人として彼女を全力で応援し、GL(ギルドリーダー)として仲間の意思を尊重し、そして勝った。


「そりゃそうですよ。っつーかシイナはボクに感謝して下さい」

「いきなりどうした……?」


 両手を自由にし、罠から一気に抜けたアプリコットは――ガシッ。

 素早い身のこなしで俺の肩に腕を回すと、いきなり首を脇で絞めてくる。


「いきなり何をっ……」

「ロークはアンダーヒルをそのまま引き抜くつもりだったんですよ。それを交渉して五分まで持っていったんですから」

「……マジか?」

「ええ」

「よくやった」

「上からですか」


 ひそひそと小声で囁くアプリコットの顔は真面目そのものだった。これも相変わらずだが、普段不真面目を突き進むアプリコットが真面目になるポイントがわからない。どうでもいい話でも真面目になっているから混乱してしまうのだが。


「ところでシイナ……」

「何?」

「私の横乳の感触はどうで――」

「黙れ痴女」


 頬に当たる柔らかい感触から顔を背けつつ、冷徹な口調で言い切る。


「ちッ!? ちょっと私への態度が酷くないですか、特に最近!」

「日頃の行いを見直せ」


 最近はかなり丸くなったと思うが。

 出会った頃の彼女は今どころではなく、あの本人ですら落ち込むほどに周囲に忌避されていたのだ。(いわ)く当時その心中を知っていたのは俺ととあるベータテスター一人だけだったらしいが。


「何をしているのですか……?」


 少し低い、不審に思っていそうな声が背後から聞こえる。アプリコットに動かされるように振り返ると、少し目を細めたアンダーヒルの冷たい視線に射抜かれた。


「改めておめでとうございます、アンダーヒル。これぞ愛の成せる業ですね」

「二十二音目から三十五音目までの台詞の意味がわかりませんがありがとうございます、アプリコット。それとシイナから離れてください。私の思い違いでなければ、嫌がっているように見えます」


 ごもっともです、アンダーヒルさん。


「別に横取りするつもりは少ししかないのでご安心をっつって、逃げ道用意しつつ明言しておきますよ」


 突然わけのわからないことを言いだしたものの、アプリコットはパッと腕を上げて俺を解放する。アプリコットにしてはものわかりはいい方だな。


「戻りましょう、シイナ。そろそろ数名起き出す頃です」


 そう言って後ろに振り向き、森の出口の方向を確かめ始めるアンダーヒル。


「ボクはロークをギルドに送ってから戻りますねー、でないと方向音痴こじらせてるみたいなので」


 ようやく罠から抜け出したストレロークさんは、早々と失意体前屈へ移行した。



 トゥルム西部主街道――某所。

 俺とアンダーヒルはギルドに戻るついでに、それぞれ銃弾の補充のため『グラン・グリエルマ』に向かって、石畳の街道を歩いていた。


「そう言えばお前とストレロークってどういう関係なんだ?」


 無言で歩き続けるアンダーヒルのオーラに呑まれそうになり、俺は最初に思いついた話題を振ってみた。


「……気になるのですか?」


 アンダーヒルのことだから即答が返ってくるかと思っていたが、何故か少し不安げな声でワンクッション置いてきた。


「気になるといえば気になるけど、別に言いたくないなら言わなくていいぞ」

「構いませんが……ある程度想像がついているのではないですか?」

「……狙撃の師匠とか?」

「厳密には違います」


 こっちはまさかの即答。

 意外といいセンいってると思っていたのだが。ストレロークもスナイパー、それも狙撃に関してはアンダーヒル以上の実力だと聞いているし。射程延長スキル【必中半径(キリングレンジ)】なしで射程外の動体に当てる時点で規格外にもほどがある。


「厳密には、っていうのは?」

「師弟の関係ではありませんが研鑽の友であることは事実です。加えて特筆するなら、一時期()のマリエージプレイヤーであったことがあります」

「ッ!?」


 驚きで思わず足を止め、俺は隣を歩くアンダーヒルに向き直る。


結婚(マリエージ)!?」

「はい。そう言っています」


 さりげなく背格好や華奢な体躯から女の子かと思っていたストレロークが男だったことにも驚きはあるのだが、それ以上に誰よりもその手の話に疎そうなアンダーヒルが結婚(マリエージ)システムの経験者であることが驚きだった。


「お前とストレロークって…………そういう関係だったのか?」

「勘違いしないで下さい。結婚(マリエージ)システムの詳細を知るためと、訓練の都合上有益なオプションがあったためです。彼に対して恋愛感情あるいはそれに準ずる感情を持ったことは一度もありません」


 その言い分……それはそれで酷いと思えるのは俺だけだろうか。


「有益な、オプション……っていうのは何だ……?」

「秘密です」

「そっちは秘密なのかよ」


 普通隠すところが逆だろう。


「グランの店が見えましたよ」


 そう話を逸らすように告げてきたアンダーヒルの声には珍しく、少し悪戯っぽい響きが含まれていた。

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