(7)『誰が相手でも』
(直接接触がなかったからな……。これほどとは思わなかったぞ、天外比隣さんよ……)
俺は何とか狙撃手の射線から外れつつ、森の奥に向かって転がるように走っていた。
「どちらにしろ逃げるばかりではストレロークに勝てませんが」
右隣を走るアンダーヒルが問いかけてきた。その左手首には手錠がかけられていて、一メートルほどの鎖を介して俺の右手首と繋がっている。
「……わかってるよ」
制限時間一時間、場所はフィールド『クラエスの森』及びその裏フィールド『碧緑色の水没林』全域。ただしギルド≪シャルフ・フリューゲル≫の周囲五メートル円域には侵入不可能だ。
決闘のルールは主に四つ。
一つ、“パートナーと共に行動する”。ペアは俺とアンダーヒル、ストレロークとアプリコットだ。
二つ、“長鎖手錠で互いを拘束する”。この鎖は四回の有効ダメージカウントで千切れ、その時点で負けとなる。
三つ、“戦力均衡のためのルールを守る”。俺とストレロークで定めたのは四つのサブルールだ。
まず“飛行禁止”。これは飛べない俺にストレロークが合わせた形になる。
次に“スキル使用禁止”。これもストレロークが俺に合わせる形ではあるのだが、桁違いの戦力差を生む【魔犬召喚術式】やストレロークの使用する付加効果スキル【天外比隣】や【遠近主砲】、そしてユニークスキルを消滅させてしまう元も子もない事態の可能性もある【0】を禁止する意味もある。
そして“決闘規定外戦力の放任”。これはふたつの意味を持つ。ひとつは偶然エンカウントしたモンスターの相手をしている間も決闘は中断されないという意味。もうひとつは他のプレイヤーやNPC(つまり今回の場合、リコ・サジテール・ニャルラトホテプ)の動向に干渉しないという意味だ。
最後に“パートナーの非武装”。あくまでも俺とストレロークの戦いで、言うなれば守られる立場の二人が戦えるようでは意味がない。
これらのルールまで細かく設定でき、システムによって行動制限できるFOの決闘システムだが、問題はその枠外に規定した四つ目のルールにあった。
「言っときますが、シイナ。制限時間内に決着がつかなかった場合はストレロークの勝利になりますからね」
ルール説明の最後に、アプリコットはそう言った。
「これまでのルールではシイナに譲歩しすぎてるくらいですからね。まさか文句はありませんよね、シイナ♪」
半ば嵌められたような心境だが、アプリコットの考えることだ。これまでのルールを撤回させようものなら、裏から表までひねくれた謀略と策略を張り巡らせたようなルールを提示してきかねない。
(助言禁止のルールがないからな……)
アンダーヒルとアプリコットはそれぞれ『助言しない』と明言したものの――
(そもそもアンダーヒルとアプリコットでは違うんだよ……)
アンダーヒルが『助言しない』と言えば絶対に助言しないが、アプリコットの場合はその確約がない。
あるいはストレロークがそこまで考えてこの展開に持ち込んだとしたら、
「普段ナニ考えてるかわかんない、か……。その通りじゃねえか……」
「何か言いましたか、シイナ」
「いや……」
「そうですか」
決闘開始から三十分。
既にストレロークの狙撃で一回、植物系トラップモンスター『竹の子地雷』で一回(ただの不注意であり、アンダーヒルに残念な目をされたのは言うまでもない)、計二回の有効ダメージを受けている。
対してこっちはある程度の敵の場所しか掴めていない。アンダーヒルにはほぼ正確な位置がわかっているようなのだが、どうしてそれがわかるのかすらわからない。
「本当にそれで戦う気なのですか、シイナ」
アンダーヒルが俺の右手に握られた狙撃銃【剣】を見て呟く。
「狙撃手相手に近接武器なんか使ってられるか」
左太ももの帯銃帯にはサブウェポンの【大罪魔銃レヴィアタン】だ。
その時、一度身を隠すのにちょうど良さそうな太さの大木が前方に見えた。
「そんなことよりひとつ聞いていいか?」
木の間を縫うように駆けながら、頃合いを見計らいアンダーヒルに声をかける。
そして怪訝な顔を向けてくるアンダーヒルの手首を掴み、背後からの射線から外れるようその大木の陰に引き込んだ。
「ふぅ……はぁ……」
わずかに乱れつつあった息を整えつつ、木を背に縮こまるようにしてじっとしているアンダーヒルの目を見つめる。
「さっきの質問なんだけどさ。俺にとってお前がどういう存在かってヤツ……」
「はい」
即答で相槌を返してくるアンダーヒルの視線が一瞬泳いだ。
「もしかしてこの決闘があったからあんなこと聞いたのか?」
「……はい。あるいは決闘などせず、あなたがストレロークの申し出に同意してしまうことも考えました」
信用ないな、俺。
「……あの質問、答えなくちゃダメか?」
「時間制限付き決闘ですので無理に答えなくても結構です――」
まるでシミュレーション済みですとでも言いたげな反応速度でそう言ってのけたアンダーヒルは静かに俺を見上げ、
「――と平常の私なら言うのでしょうが、今の私は答えて欲しいと思っています」
さりげなく『こんな時に何を言っているのか』って言われてるけどな。
森の中が急に静かになった気がした。微弱なそよ風も消え、聞こえるのはアンダーヒルの静かな息遣いだけだ。
アンダーヒルも不自然に静かになった周囲を不審に思ったのか、きょろきょろと辺りを警戒し始めた。
「アンダーヒル」
「は、はい……」
アンダーヒルが俺にとってどんな存在か、なんて質問に答えを出すのは簡単だ。むしろ既に出ていると言える。ただそれを口にする、ましてや本人に伝える、なんてことは容易くできるものじゃない。
「大事に決まってるだろ」
これだけ短い言葉でも、気恥ずかしさは頂点に達した。
ギルドの皆は誰もが俺にとって大切な存在だが、その中でもアンダーヒルは少し特殊な存在だった。
弱いところを見てしまっているのだから、感情移入するなという方が無理だろ?
「そう……ですか」
うつむいて平坦な声でそう言ったアンダーヒルは、続けて小さく「ありがとうございます」と呟いた。
「そうだ。もうひとつ訊いていいか?」
「なんでしょうか……?」
「本当に≪アルカナクラウン≫にいたいんだな?」
「ええ。本心です」
アンダーヒルは胸の前で包帯に覆われた小さな拳を握って言う。
「なら任せろ」
俺はアンダーヒルの肩に左拳を軽く当てて、右手の【剣】を握り直す。
「誰が相手でも勝ってやるから」




