(6)『いい性格してるでしょう?』
「かの≪アルカナクラウン≫のギルドリーダー、魔弾刀のシイナに会えるなんて光栄です。ボクは幻銃士、『天外比隣』のストレロークと申しますっつって、わざわざいろいろ代弁するのもそろそろいちいち面倒なんで【音鏡装置】とか使ってくれませんかって期待値ゼロでも頼んでみたり」
ストレロークの自己紹介(Ver.アプリコットアレンジ)を話し半分に聞き流しながら、彼女(本当に女なのかはまったくわからないのだが)の尋常じゃない微振動を伴う右手と握手を交わす。
何かの禁断症状すら彷彿とさせる震え方だが、大丈夫か。
「俺のことは……?」
「既に知ってますよ。ぶっちゃけめんどくさそうだし、コミュ障なので秘密をバラす相手もいないという悲しさ」
アプリコットの言葉に、ストレロークはガクリと肩を落とす。
「それでは本題ですが――」
俯いたまま小刻みに震えるストレローク。そんな彼女(?)を示唆するように俺を見上げてきたアンダーヒルは、
「シイナ、ロークは先ほど報告した四十一のギルドの一つ、≪レティクル・スカーレット≫との連絡役です」
≪レティクル・スカーレット≫は特定の拠点を持たず、依頼を受けて人材を派遣する、銃士専門の傭兵ギルドだ。
雇われれば、相手に雇われた同じギルドのプレイヤーでさえ躊躇いなく撃つような頭のネジの飛んだ連中だと聞いていたが、目の前の人物も確かに何処か妙な印象を受ける。
「ついでに補足するなら初代っつーか元っつーかギルドリーダーでもありますよ。今はボクのギルドに所属してますけどね」
まともにコミュニケーションとれない人材を何故連絡役にするんだ、≪レティクル・スカーレット≫の皆さん。
再びアプリコットの袖を引き、何かを耳打ちするストレロークを見守っていると、ふんふんと頷きながら聞いていたアプリコットは突然きょとんとした顔をする。
「ボクが『普段ナニ考えてるかわからないですよね、あの子』的な陰口叩いてる裏では、んなこと考えてたんですか」
信じられない、という顔でさりげなく毒を吐くアプリコット。その物言いにショックを受けたのかストレロークは胸を打たれたようによろっと後ずさった。
何のコントだ、これ。
アンダーヒルは話はストレロークに任せるとばかりに黙りこくってるし。
「アプリコット、何の話なんだよ」
「要するにロークは主戦力としてアンダーヒルが欲しいそうです」
「は?」
思わず間抜けな声が口をついて出る。アンダーヒルの方を振り向くと――じー。
成り行きを見守るような無感情正視線が冷徹に俺を射抜く。
「≪レティクル・スカーレット≫がある程度の余剰戦力をもって塔の攻略に参加するには、銃士で、かつ策士となれる資質を持つ人材が必要らしいんですよ。本人は≪アルカナクラウン≫にいたいと言ってるらしいんですけどね」
「それなら本人の意思を優先させればいいんじゃないのか? 大体なんでアンダーヒルなんだよ」
確かに条件を満たしているどころか過性能を素で体現しているような逸材だが。
自称とはいえ一般的な考えを示してやると、ストレロークはフードの下の目をチラッとアンダーヒルの方に向けた。
アンダーヒルはアイコンタクトを交わし、こくりとうなずいて、
「私は、とある理由からロークに逆らいたくないのです」
「なんか矛盾してないか……?」
どんな理由だかは知らないが。
≪アルカナクラウン≫にいたいと考えているのに、ストレロークのいうことに逆らいたくない、なんてアプリコット並みの相反っぷりだ。
「ちょっとちょっとー、今ナニか失礼なこと思いませんでしたか?」
訝しげな目付きと威圧的な微笑みとを組み合わせたようなアプリコットの表情に、俺は思わず目を逸らす。
「それで俺が呼ばれたのはどういうわけなんだ……?」
目を逸らしつつアンダーヒルに訊ねると、チラッとストレロークの方に目を遣ったアンダーヒルは、
「確かに私は≪アルカナクラウン≫に、ネアやリコ……あなたのそばにいたいと思っています。ですがロークに逆らうこともしたくありません。どちらを選べばいいのか私にはわかりません。ですから、≪アルカナクラウン≫の代表であるあなたとストレロークで決めて欲しい。私の『居場所』を……」
「そんなわけでロークとシイナで決闘しようぜ的な面倒くさいことになってるんですよ、っつーか、ぷすす。シイナマジご愁傷様過ぎて個人的には大爆笑ですね♪」
「お前、ホント性格悪いな……」
「いい性格してるでしょう?」
「……」
二の句が継げない、と思ったその瞬間、無意識に遮断していたらしい直前のアプリコットの台詞がフラッシュバックする。
「って……決闘!?」
「ええ、決闘♪ っつって最初から言ってるじゃないですか、人の話聞いてくださいよ。ロークと同じく救いようのないコミュ障でしたっけ、シイナって」
「お前の言葉で隣のストレロークさんが失意体前屈に陥ってるんだが……」
「あぁっ、大丈夫ですかローク。どうしたんですかローク。普段目立たなくて誰にも気づかれないぐらい輝きの少ないあなたにいったいどんな波瀾万丈がー」
あからさまな棒読みでストレロークさんにトドメを刺しにかかるアプリコット。
戦う前から外野に戦意喪失させられてないか、ストレロークさん……。
「――とはいえ近接戦闘専門の前衛特化のシイナと遠距離精密射撃狙撃手のロークではあまりにも相性が悪すぎますから、決闘はダメージ判定のカウントで行いますがね」
アプリコットが態度を翻して話の軌道を戻すと、草地に這いつくばっていたストレロークは何とか起き上がった。
「あれ? 戦れるんですか、ローク?」
朝早くに叩き起こされて機嫌がいいのだろうアプリコットに後頭部を押され、ずしゃっと地面に逆戻りする。
「そろそろやめとけよ、アプリコット」
というかもっと早く止めるべきではあったのだが、思わず黒い笑みを浮かべるアプリコットに引け腰になってしまったのだ。
「わかってますよ、そろそろ飽きてきたとこでしたしっつーか……」
一拍置いたアプリコットは目をキラキラと輝かせ、
「ぶっちゃけロークはもうイジり飽きたんですよ」
いい笑顔でそう言った。




