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FreiheitOnline‐フライハイトオンライン‐  作者: 立花詩歌
第六章『トゥルース・ヒカリ―衝突と消失―』
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(3)『キィうねうねバタァンッ』

(思ったより早く目が覚めたな……)


 朝六時。誰かに起こされるにしてもあと一時間は寝ていたかったぐらいの感覚だ。

 ふと隣のベッドに目を遣ると、そこには寝る前には背中合わせに寝ていたはずのアンドロイド・シスターズが抱き合うように寝ている。普段、主にリコ側から敵対に近い態度を見せてはいるが、本質では結局仲がいいのがあの二人だ。

 そんな光景を見ながら、俺は一人用にしてはやけに広いベッドから這い出した。


「む、起きたのか我が主よ」


 ――ところで部屋の隅に体操座りでうずくまる黒いのに見つかった。

 不健康にすら思える痩せぎすな体躯に、虚ろにも見える黒い瞳。人の姿をしているが、その本質は魔犬を統べる王、レナ=セイリオスだ。


「そんなところで何やってるんだよ……」

「知らなかったであろうが、我はこの姿で休眠をとる時は常に座臥である」


 いじめられっ子みたいという第一印象は教えないことにしよう、などと思っていると、スッとレナが立ち上がった。気付いたら立っていたと言うのが正しい、そんな不意をつくような自然すぎる身体運びだ。


「まだ寝ててもいいぞ? 今日は攻略とか特に何もないしな」


 次層第三百五十四層はドナドナ率いる≪竜乙女達(ドラグメイデンズ)戦闘隊(アサルト)が担当するらしい。ちなみに勝手に来ていたらしい戦闘隊(アサルト)副隊長いちごちゃんは連続戦闘だ。


「構わない。元より我は召喚時以外は寝ているようなものである。そんなことより、だな……。我が主よ――」


 レナはそう言うと俺の脇をすり抜けてドアの前まで行き、開けながら振り返った。


「――先の戦い……役立てぬばかりか足を引っ張る結果だ。申し訳も立たない。やはり我ら魔犬の群勢(バスカーヴィル)ではもはや力不足なのであろう……。ここで切り捨てても我らは――みぎゃ」


 怖々とした上目遣いでそんなことを語るレナの額に手刀を叩き込み、強制的にご高説をストップさせる。


「我が主、何を……」


 額を押さえて涙目で後ずさるレナ。

 小柄で細い体躯や愛らしい顔つき、絹糸みたいな光沢を放つ長い黒髪にその仕草、名前など様々な理由から勘違いされやすそうだが、レナは男である(らしい)。自称だけで何処にも明記されていないためそれを確かめるには下腹部を改めるしかないのだが、未だに確認はしていない。


「お前らがいなかったらネアちゃんやリコをおいて刹那のところにいけなかったし、単純な移動速度ならお前らがアルカナクラウン(うちのギルド)で最速なんだ。まぁスペルビアは別格だけどな」


 雷化(アレ)はもうチートの部類だ。


「しかしそれは……我らの利点を挙げているに過ぎない。戦闘能力なら我らはギルド内で最も弱いのはわかっている」

「戦闘NPCのケルベロス(おまえだけ)はまだ成長の余地残ってるんだろ。それに合わせて他の連中も少しなら上がるわけだし。特に気にするほどの差でもないしな」


 近接戦において抜きん出た戦績を持つ連中が集まっているからわかりにくいのだが(刹那やリュウ、アプリコットやトドロキさん、リコのことだ)レナの近接戦能力は特筆して平均以上なのだ。

 他の非独立のNPCとは比べるべくもないほどに。


「シイナには……我らが必要か……?」

「武器に関してはそろそろ群影刀(バスカーヴィル)より攻撃力高い魔刀も欲しいとこだけどな。汎用性で言えばお前ら以上の逸材はないさ」

「で、あるか」


 ホッとしたように表情を綻ばせたレナは、その表情を誤魔化すように俺に背を向け、部屋の外に出る。


「我らはどんな時も主様についていく故、心しておくがいい、シイナ」

「頼りにしてるよ」


 そんな遣り取りを交わしながら、振り返ることなくロビーの方に向かって歩くレナは廊下を抜けた先のドアを押し開いた。


 うねうね。

 バンッ。

 途端に閉めた。

 一瞬見えた浅黒い緑色は何かな……。

 困惑した表情のレナが、泣きそうになりながら振り返って見上げてくる。

 そこで気づいた。

 レナは知らないのだ。自分の両腕をバッサリ切り落としたアイツの本体が今どうしているのか。思えば俺も、他の連中も教えていなかったのだ。

 ニャルラトホテプが今、アンダーヒルの所有するNPCとなっていることを――。


「レナ、落ち着いてよく聞け」


 キィとドアを開き、うねうねバタンッ!

 だから聞けよ。


何故(なにゆえ)あの化け物がここにいるのであるか!?」

「それはだな――」


 くわっと目を見開いて黒髪を振り乱すレナに改めて説明をしようとすると、キィうねうねバタァンッ!


 スパァンッ!

 昨晩の椎乃の頭より意外にも綺麗な打撃音が、ギルメンのほとんどが眠るギルドハウス内に響き渡った。


 二分後――。


「ヤレヤレ」


 外見相応(?)の女声が耳に入る。

 昨日のボス戦とはうってかわって一人分の声の再生で意思疏通を図る戦闘介入型NPC『盲目にして無貌のもの(ニャルラトホテプ)』とその主人アンダーヒルと共に、俺とレナは一つの丸テーブルを囲んでいた。

 アンダーヒルは相も変わらず、朝っぱらから顔を包帯で隠している。そろそろ法則性を知りたいものだが。

 NPCとしてのニャルラトホテプは今までに少なくとも見たことのないタイプで、一定時間ごとにアンダーヒルの魔力(MP)を維持コストとして削るらしい。

 ちなみにレナは獣型なら常に微量ずつ魔力を食うが、人型なら召喚時以外にコストを払う必要がない。

 どちらにしろ魔力消費なし(ノーコスト)で戦闘介入させることができる一般のNPCとは一線を画したハイスペックだが。

 ちなみに賃金は別。うちのギルドの深理射玖音(メイドたち)のように雑務と戦闘介入も兼ねさせる場合は別に賃金が必要となる。うちの場合は戦闘介入とは言ってもフィールドではなく一人で捕虜の制圧をできるよう武装させるためだ。


「我はこんなのと同格の扱いなんダネ」

「我直々にその口を引き裂いて一人称を改めさせてやろうか、愚か者」


 一人称がモロ被りの二人はいがみ合うように互いの人外パーツを誇示し合う。具体的にはニャルラトホテプの触手ツインテとレナが普段隠している犬耳と黒く長い爪だ。

 どんな戦いだよ。


「やめなさい、フェレス」

「わかってるヨ」


 隣で紅茶を飲むアンダーヒルにたしなめられると、ニャルラトホテプはすぐに触手を垂らしておとなしくなった。


「フェレス?」


 こっちもレナを諌めつつ訊ねると、露出する左目でチラッと俺を見てきたアンダーヒルは数秒の間を置いて、


無貌(フェイスレス)から考じたニャルラトホテプの呼称です。正式名称より呼びやすく、正体を隠す効果もあります」

「リコみたいなものか」

「他の方にも後ほど伝えますが、あなたたちもフェレスという呼称を使用してください。でなければ効果がありませんので」


 了解の意図を頷いて示すと、アンダーヒルは「それと」と普通に聞こえる程度の声量で呟くようにそう言った。


「シイナに報告があります」

「報告?」

「はい。昨晩は報告のタイミングがなかったもので失念していました。実際はスリーカーズの報告を代行する形になっていますが、情報自体に間違いはありません」


 なんかいつも以上に回りくどいな。


「それで報告ってのは?」

「はい。攻略参加声明を出したギルドの内私が戦力圏内と判断したものが総計四十一になりました」

「四十一!?」

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