(2)『これは何の騒ぎですか』
「ふわぁ……」
後ろのソファ(アプリコットの暴挙に三回耐え抜いた経歴が新たに付加)に座っていた椎乃があくびをする。
椎乃の膝枕を堪能している内に眠り姫モードに突入したスペルビア。
調子に乗って膝を提供したためにその場を動けないという失策に陥る愛すべきおばかさんモードの椎乃。
散々説教されたというのに、微塵の疲れも感じさせないくらい無駄にテンションの高いアプリコット。
怒り疲れてカウンターでぐったりしているイネルティアと、その隣に座って慰めているトドロキさん。
ゴシックロリータ調のメイド服を身に纏い、刹那が規定している就業時間過ぎの深夜だと言うのに一人甲斐甲斐しく働く茶髪のNPCメイド、理音。
そして一番端の丸テーブルに目に見えて不機嫌な刹那と一緒に座る俺・リュウ・シンの計九人が未だロビーに残っている面子だ。
ちなみに現在この丸テーブルは、俺たち四人の今回の攻略の反省会の場になっている――――はずだったのだが。
「だいたい太刀の何処がいいってのよ! 片刃なんてスキル技の修得の自由度とか下がるだけじゃない!」
「短剣のリーチじゃ短すぎるだろ! 太刀は切れ味も高いし、威力も高い! 短剣みたいな手数が多いカテゴリはその分防御率補正も受けるんだぞ!? 切れ味が落ちるのだって早いし……」
「効率中毒以外の何モノでもないじゃない! だいたいアンタ短剣使ったことないくせに適当言うんじゃないわよ!」
「刹那だって太刀使ったのずっと前にちょっとの間だけじゃないか!」
刹那とシンの『短剣と太刀のどっちが強いか』という議論の場に変わっていた。
何が発端かと言われれば、結局のところ『ほったらかしのトラブルメイカー』アプリコットさんの「二人が戦ったら結局どっちが強いんですかね?」という質問からだ。そんな質問をしておいて刹那とシンの議論が激化してきたところでこそこそと離れていった。
しかも悪いことには、この議論……。
既に多くの人間が取り組み、その度に「場の条件によって強さ弱さは変動するため、絶対的な評価はできるものではない」という結論に行きついている。
そもそも完結している話なのだ。しかし頭に血が昇ると周りが見えなくなる刹那とシンにそれが見えているかどうか。
そして向かい合わせに座っていた俺とリュウはそれを逆に利用して、顔を突き合わせて「力ずくで止めるべきか」を議論していた。さっきからすごく無駄な時間の気がしてならないのは気のせいだと信じたい。
「何とか逃げ出せれば力ずくを考えるまでもないのだがな……」
席を立とうとすると、『多数決要員は座ってなさい!』と刹那に怒鳴られシットダウン。四人じゃ多数決が決着しない可能性があることはわかっているのだろうか。
そもそもの原因に何度もメッセージを送って収束要求をしているのだが、一人で三人掛けソファを陣取っている“ミノリコット”は反応しない。ちなみに時折プルプルと震え、笑っているのは明確なので寝ているわけではない。
「仕方ない……悪いけど来てくれそうな奴にメッセ送るか……」
「誰を呼ぶ気だ……?」
リュウが低い声で呟くようにそう聞いてくる。確かに簡単に揺らぐようなヤツでは、止められないばかりか俺たちの二の舞になりかねないからな。
この二人をどんな形にせよ止められる、あるいはその可能性がある人物――
「……アンダーヒル、か」
少し考えた俺はそう答える。
彼女なら可能性がある。力ずくで止めるにせよ、冷静に止めるにせよ、彼女ほどオールマイティに頼れる人物も少ない。
とは言えネアちゃんではないが彼女に頼りすぎるのも問題だ。一応、意思を確認する形の文面で送ってみると、
『あなたが私を頼りにしてくれることは素直に嬉しいと思いますが、万が一私がクラウンクラウンに対する抗戦意志を喪う事態に陥った場合、あるいは私自身がクラウンクラウンの息のかかった人間だった場合にはどうするつもりなのですか?』
これだけの文字数を打ち込むことすら難しいぐらいの短時間でそんな文面が返ってきた。非常に返答に困る。
どう返すかと考えていると、
『という質問で返すとあなたも返答に困るでしょう。刹那とシンの人間関係に関する問題に発展しかねない緊急事態と見做します。すぐに帰るのでお待ちください』
思わず「じゃあ返すなよ」と口走りそうになった俺の目がある単語に止まる。
『出てたのか?』
『ストーカーの暫定処理業務を少々』
ずっとロビーにいたが、いつ出ていったのかもわからなかった。
もしかしたら何処かの部屋の窓か裏口からこっそり出たのかもしれない。
『お疲れさま』
『私事ですよ』
監視者のことじゃないのか? と思った途端、ガチャンと正面の大扉が開かれる音がしたのでメッセージウィンドウを閉じた。
「お帰りなさい、アンダーヒル様」
「ありがとうございます、理音。あなたももう休んでも構いませんよ」
「お気遣いありがとうございますっ。でも私は大丈夫です」
アンダーヒルは理音との遣り取りの後に、改めてこっちの騒乱に目を向けてきた。
俺とリュウが二人でアイコンタクトを交わし、さりげない調子でアンダーヒルに挨拶代わりに手を振ってやると、まるで事前に打ち合わせでもしていたかのような自然さでアンダーヒルが歩み寄ってきた。
一瞬椎乃の方に目を遣っていたが、声を掛けなかったところを見ると既に寝ているのかもしれない。
「これは何の騒ぎですか」
前に出るように立ち上がってテーブルの上に置いた各々の武器を前に言葉のドッジボールを交わしていた二人も、アンダーヒルの言葉で少しクールダウンしたのか、腕組みをして椅子に腰を落とした。
既に毒舌の議論から罵倒の応酬に変わりつつあったからまさか誰かが入るだけでこんなに違うとは思わなかったが。
「お前はどう思うんだ、アンダーヒル」
「何がですか、シン」
「アンタは太刀と短剣どっちが強いと思うか聞いてんのよ。当然短剣よね、アンタは」
「何故そう思うのですか、刹那」
「アンタ、刃壊用短剣使ってたじゃない」
「スキルが有用だったためでそういった理由は特にないのですが……。強いて実用性の面で突出した武器を挙げるなら――」
アンダーヒルは一拍間を置いて、包帯から覗く左目でチラッと俺に視線を送ると、
「――狙撃銃以上に実用性の高い武器はFO内に存在しません」
何故か爆弾を投下した。
「僕なら遠距離の銃弾でも斬り落とせる」
「代わりに武器の耐久値が減りますが、何発まで耐える気ですか?」
「その間に近づけばいいだけの話よ。皆がみんなアンタみたいに跳弾射撃できるわけじゃないんだし、障害物のない場所なんてFOでも少ないし」
「そもそも想定は悲観的であるべきです。常に最悪のパターンに備えておけばほぼ全ての局面で対応できる。普段から想定を甘く決めておきながら、想定外だったなどと再び自分を甘やかすつもりですか?」
強引な言葉選びと話のすり替え、そして二者を刀剣と括り、同時に銃という別の対抗勢力を作ることで二人の対抗意識を逸らしたのだ。
「今日はもう休みます。おやすみなさい、シイナ、刹那、シン、リュウ。いい夢を」
自分の言い分で二人を説き伏せると、アンダーヒルは二人が反論を考える間を与えず、速やかにその場を離れていった。
(クールダウンと言うか……クールすぎるだろ……)
二人をどんな形にせよ止められる人物――儚が最初に浮かんでしまったのは誰にも言えなかった。




