(1)『口が裂けても言えない』
≪アルカナクラウン≫ギルドハウス二階ロビー。
「ねぇシイナ」
「どうした、刹那」
「雷精霊系種族ってさ」
「俺……いや、私も刹那と同じこと思ってるから」
ただの追いかけっことは思えない目まぐるしさで跳ねたり駆け回ったりするふたつの発光体を眼下のエントランスホールに望みながら、刹那と二人そんな遣り取りを交わす。
「「ただのチート……」」
ふたつの発光体というのは、【閃脚万雷】発動状態の雷霆精と霆天華、種族としては上位下位の関係にある二人のプレイヤーのことだ。
「待ちなさい、ルビア!」
「や!」
スペルビアと彼女の実姉(らしい)、[イネルティア]。
ちなみに霆天華は、雷霆精から進化できる上位種族だ。詳しい進化条件は未だわかっていなかったから、情報家が目に見えて(といっても微々たる挙動だが)ソワソワしている。
その色彩は雷霆精より薄く、髪色は蒼雷纏う金髪に対して、紅雷纏う白髪。とは言えスペルビアの髪はスキルを解くと、眩しいからというだけの理由で本人がわざわざ染め直した黒髪なのだが。
「お姉さんと一緒にFOですか……」
スペルビアが心配なのか、ずっと落ち着かない様子で両手で木製の手すりを掴むネアちゃんがポツリと呟く。
隣で俺の左腕に縋りつくように抱きつくいちごちゃんが『ティア、お姉様……いいです。あの凛々しさに加えて世話好きだなんて~いちごは、いちごはもう……』などとうっとりとした表情ではぁはぁと息を荒くして、横に立つ刹那に睨まれている。
しかしイネルティアのアバターは、スペルビアより身長が少し高い以外はかなり似て作られており、まさしく姉妹そのものだった。同じデザインの純白の中国の民族衣装といい、じゃれあう(?)様子といい、きっとリアルでも仲が良かったのだろう。
「何度かけても通信に出ない、勝手にフレンド解除するっ! この九ヶ月何処で何やってたの、バカルビア!」
「やー!」
同じスキルでも種族で差が出るのか、単純にステータスの差なのか、スペルビアがイネルティアに首根っこを掴まれ、カーペットの床に引き倒される。
なおもじたばたと普段の無気力っぷりを詐欺と思えるくらい暴れるスペルビアだが、イネルティアがにっこりと笑いかけた途端、硬直したように動かなくなった。
イネルティアはわずかに怯えた表情のスペルビアにどこからか持ち出した円筒上のクッション枕を持たせつつ、立ち上がってハァとため息をつく。
涙目のスペルビアはイネルティアの目が逸れた途端、その枕をぎゅうっと抱きしめ、顔を埋めてプルプルと震え出す。
(仲……いいのかな……!?)
最初の印象から五秒足らずで一変した。
俺が自分の観察に疑問を覚え、自問自答している内にイネルティアはゆっくり階段を上がってくる。
そして、ギルドリーダーだと聞いていたのか単に名前を知っていたのか、まっすぐ俺の方に歩み寄ってくる。
「初めまして。スペルビアの姉、イネルティアと申します」
イネルティアは丁寧な口調でそう言って、俺に向かって一礼する。
また印象が一変した。相手によって態度を使い分けているだけ、と言ってしまえばそれまでだが、さっきまでは微塵も感じなかった気品がそこにある。それほど自然で、形の整ったお辞儀だった。
「アンタ、所属は?」
刹那が怪訝そうな声色でそう訊ねる。初対面だろうに、相変わらず誰彼構わず慇懃無礼、絶好調の刹那さんである。
などという心中ナレーションを察して睨み付けてくる辺り恐ろしい勘の良さだ。
「常日頃、うちのギルドリーダーがご迷惑をお掛けしていることでしょう……」
イネルティアはそう言って静かなため息をついて肩を落とし、さっきから何故か匍匐前進で少しずつ近づいてきていたそれを視線を向ける。
その視線の先にいるのは――
「「≪シャルフ・フリューゲル≫!?」」
――アプリコットだった。
「うぃっす、ネルー。直接会うのは久しぶりですねっつーかまさかここまで来るとか思ってもみませんでしたよ」
ギギギという擬音が似合いそうなぎこちないロボット動作で目を逸らすアプリコットに対し、すたすたと歩み寄ったイネルティアは前屈みに見下ろした。
その顔に貼り付けられた笑顔はスペルビアに向けたられたものと同じで、目がまったく笑っていない。
「挨拶もそこそこにこれがどういうことか教えてもらってもいいのですよね?」
「どうもこうも姉妹の感動の再会じゃないですか、いやー良かった。ずっと心配して傍観してたんですよ。っつーかいちいちキレられる筋合いとかめんどくさいので、話逸らしてもいいですかね」
薄ら笑いを浮かべたアプリコットは、匍匐体勢のままでイネルティアを見上げてへらへらと笑う。
「い い わ け な い で しょう? 先週もあなたに妹のことを聞いたのよ?」
「キレてるネル相手に妹の名前を忘れてたなんて口が裂けても言えない」
「その口裂いていいの?」
「や!」
「雷霆精能力【閃脚万雷】」
人の神経逆撫でする天才かアイツは、と高速駆動するイネルティアから恐ろしいほど器用に逃げ回るアプリコットを見れば、誰もがそう思うだろう。
その時だ。階下のエントランスホールから軽快な足音が聞こえてきた。
「アンダーヒルさーん? ってどしたのルビアちゃん!?」
「気にしないで……」
椎乃だ。どうやらアンダーヒルを探しているらしいな。今回の椎乃は危険を承知で単独行していたらしく、それがアンダーヒルの依頼によるものだと聞いている。
「どうかしたの、詩音」
アプリコットの投げ飛ばしたソファをイネルティアが空中でキャッチして壊れないように床に下ろす信じられない光景から目を逸らし、スペルビアを抱き締めて頭を撫でている椎乃に声をかける。
しかし椎乃は、キョロキョロと周囲を見回すだけで頭上を見上げようとはしない。しかも運悪く一階に誰もいなかったのか、
「まさか館の亡霊!?」
などと叫びだして腕の中のスペルビアをビクつかせている。
勝手に曰く付きにしてんじゃ――
「人様のギルドハウスを勝手に曰く付きにしてんじゃねぇよ」
何処からともなく現れた『無影』のアルトがスパンッと椎乃の頭を叩いた。
「あ、アルトー」
「アンダーヒルさんならネアと風呂だってさっき言っただろうが」
「あれ? そだっけ?」
右手で腕の中のスペルビアの頭を撫でながら、アルトを見上げ左手で叩かれた自分の頭をさする奇妙な格好で、思い出そうとするような思案顔になる椎乃。
その時、上から覗き込んでいた俺と目が合った椎乃は、
「あ、にい――」
「シイナお姉様」
いちごちゃんの目の前で「兄ちゃん」などと口走ろうとする椎乃に先手を打って、いちごちゃんの手から抜けて飛び降りていた俺は――スパンッ!
「みぎゃんっ」
台詞の途中で頭を叩いて食い止める。
「ふーあーゆー!? あ、にい――」
スパァンッ!
頭を押さえてふるふると震える椎乃はようやく何故叩かれるかを悟ったらしく、
「お姉ちゃん……」
すごく微妙な気分だ。
こういう時は話を変えるに限る。
「アンダーヒルに何を頼まれてたんだ?」
「ん、これこれ」
そう言ってウィンドウを開いて出してきたのは、水晶のような拳大のアイテムだ。
「『ジレルスの結界石』?」
「アンダーヒルさんにティンダロスの猟犬の中で名前が『ティンダロスの猟犬』じゃない個体を探してください、ってこれ渡されてさー。大変だった」
少しは何でも引き受ける癖を改めた方がいいんじゃないかな、コイツ。




