(48)『人間は欲で動くもの』
「ちょっと、シイナ! アレはどーいうことよ!? 説明しなさいッ……」
何となくそう呟く。
刹那ならそんなことを言うんだろうな、なんてことを考えた結果が思わず口をついて出ただけなのだが、アンダーヒルに不審な顔をされた。
ネアちゃんの心配げな顔が少し傷つく。
このボス戦、最終局面にきてまさかの無敵設定。
さすがのアンダーヒルもまったくの想定外といった顔でスフィンクス・ニャルラトホテプを見据えている。
「可能性としてはふたつあります」
光撃に抵抗するスフィンクスを見下ろし、アンダーヒルは俺に向けて二本指を立てた見せた。
「相変わらず考えまとめるの早いよな」
「遅くする必要がありませんから」
微妙にズレた返答を投げてくるアンダーヒルはネアちゃんに残り稼げる時間を訊ねて、その答え(約十秒)を聞いてから、
「ひとつは元々ニャルラトホテプがこういう仕様のボスだった可能性。その場合、ニャルラトホテプ討伐には別の条件を満たす必要があります。現状、一番最悪のパターンはトドメをさすのに生ける炎の攻撃が条件の時です」
確かにそれは最悪だ。
ボスの消耗ステータスのリセットは、次層解放かあるいは三日の休息期間の後。
クトゥグアの場合は、ニャルラトホテプとクトゥルフを倒していないため、三日間フィールドを空けなければならない。そうなれば当然ニャルラトホテプもクトゥルフも全回復するし、またクトゥグアと戦わなければならない。しかもその場合、中に呑み込まれたままの四人は(状況にも依るが)三日間戦いを続けなければならない。
いくら四人とも水準以上の強さだと言っても、疲労には勝てないのだ。
「もうひとつはほぼありえないと思いますが、魑魅魍魎によるステータス操作。この場合、私たちにできることはありません。四人のLPが尽きるのを待つしかない。しかし、それでは儚の意志に反することになる。故にほぼありえないと思われます」
ちょうどそこまで言った時、ネアちゃんの手から放たれていたレーザーが収束するように消え始めた。
「私が何とか条件を探ってみます。その間はここで凌ぐしかありません」
「見つけられるのか?」
そう訊いて直後後悔する。
情報家は、嘘を吐かない。約束として言ったからには何を犠牲にしてでも見つけるだろう。彼女の言葉の重みは、誰よりも彼女がよく知っている。
一瞬のアイコンタクトでも聡いネアちゃんはそれに気づき、「必ず」と口走ろうとするアンダーヒルの口を塞いだ。
「ユウちゃんだけに背負わせません。私たち皆で見つけるんです」
ネアちゃんがはっきりそう言いきると、露出した左目が見開かれた。
包帯の上からでもわかるぐらいはっきりと、アンダーヒルは驚いていた。
「いいシーン醸してんな。来るぞ」
ここにも空気を読まないヤツがいた。今回も良くも悪くも、だが。
アルトに言われて下を見ると、スフィンクス・ニャルラトホテプは黒い翼を大きく広げていた。
「このままではシイナが足手まといです」
「こら、アンダーヒル。自覚はあるからはっきり言うなはっきり」
泣くぞ。
そろそろリアウィングを買わなきゃいけないとは思ってるんだよ。市販のヤツのスペックの悪さに妥協したくないだけで。
「地上に降りましょう」
アンダーヒルの提案と共に、
「えぃ♪」
「へっ?」
振り子のように振られた俺はアルトの思いの外可愛らしい掛け声と引き換えに、空中に放り出された。
「ってちょっと待てぇぇぇぇぇっ!!!」
落ちながら、直下でちょうど飛び上がったスフィンクスが、こっちを見上げた。
直下で。
ザザッ……。
とっさに鬼刃抜刀して引き抜いた群影刀を振りかぶり、スフィンクスの顔面に向かって振り下ろした。
ガツンッ!
腕にビリビリと反動を受けつつ、相変わらず無傷の顔面に蹴り落とすような勢いのままに飛び下りる。
ドカッ!
固い打撃音と共に、足に軋むような激痛が走る。
しかし、スフィンクスの方も飛び上がったばかりで重心が不安定だったのか、勢いに押されてバランスを崩し、背中側にひっくり返るように地面に叩きつけられた。
当然、顔面に乗っていた俺はその拍子に投げ飛ばされるも、
「あの勢いでも無傷かー、チートくせー」
白々しくそんなことを言いながら間に入ってきたアルトに空中でキャッチされた。
「いきなり落とすなよ!」
「次からは警告すりゃいいんだろ?」
「そういう問題じゃねぇよ!?」
そのまま地面に降り立つと、続けてアンダーヒルとネアちゃんも降りてきた。
「二度と私の許可なく勝手なことをしないでください、アルト」
アンダーヒルの采配次第ではもう一回投げ落とされるかもしれないわけか、などと内心で嘆きながら、物は試しとスフィンクスの尻尾に大罪魔銃を一発撃ち込んでみる。
ギィンッ。
見た目ただの柔肉質の尻尾でも弾かれるわけか。筋金入りの無敵設定だな。
「シイナ、退いてください」
振り返るとコヴロフをしまい、対人用狙撃銃黒朱鷺を両手に構えたアンダーヒルが顔の包帯をほどいた状態で立っていた。
「何す――」
バスンッ!
人の話を聞くまでもなく実行するその思い切りの良さには感服するが。
バスンッ! バスンッ!
次々と放たれる銃弾は、時に跳弾すら駆使してスフィンクスに襲いかかる。
しかし、あらゆる部位に当たったと思われるそれらの銃弾は全て弾かれ、やはりライフを一ドットも削ることはなかった。
一弾倉分を撃ち尽くしたアンダーヒルは、黒朱鷺を下ろし、起き上がり始めたスフィンクスを見て思案顔になる。
「何かわかったのか?」
「……いえ、わかりません。しかしわからないにもほどがあります。何のヒントもなしに倒せと言うのはゲーム性を考えれば無理がある。こうなってくると、やはり最悪の場合か……あるいは――」
アンダーヒルは、立ち上がり再び翼を広げたスフィンクスに近づいていく。
「ニャルラトホテプ」
まるでスフィンクスの出す質問に答える旅人のように――
「私はどんな魔術も秘法も機械も、あなたに求めるものはありません。故に、あなたを求めてもいいのですか?」
「「「ッ!?」」」
アンダーヒルの突拍子もない行動に俺とネアちゃん・アルトは絶句した。
「……強欲ダナ、オ前」
「人間は欲で動くもの、そう言ったのはあなたですよ、ニャルラトホテプ」
アンダーヒルを至近距離で見下ろし、スフィンクス・ニャルラトホテプはくっくっと冷笑音を響かせる。
「答えは否、我々は貴様の所有物にはナラナイ――ガ、正解ダヨ」
気がつくと、ニャルラトホテプの頭上の体力ゲージはゼロになっていた。
「どういうことなんだ、アンダーヒル」
「これまでに出た要素を整理すると、この可能性も少なからずあったのですよ、シイナ」
「この可能性……?」




