(45)『お前よりいさぎいいじゃないか』
「スキル全解除」
俺がシイニャの【災厄の対剣】と打ち合っている背後から、シンの声が聞こえてきた。
ギィンッ!
向こうの刃と群影刀の刃がぶつかり合ったその瞬間、再び腕に走る痛みをおして地面を蹴り、横っ飛びに右後ろに下がる。
それと全く同じ息の合ったタイミングで、【凶刃日記】を解除したシンが俺のいた場所に入ってきて、
「【開顎咬斬撃】!」
両手に携えた大刀と太刀を下から上に交差するように斬り上げ、シイニャの肉をXの字に切り裂く。
大刀と太刀の二刀流、普通なら使いにくいだけだが、シンはそれを使ってみせる。
「チィッ!」
「そこで下がるんじゃなく右にいく」
やったばかりのせいで俺が否定しにくい呟きと共に、シンは飛び退いたシイニャに軽々追いつき、その右腕に大刀【妖狼刀・灼火】の横薙ぎの大振りをクリーンヒットさせた。
ザグンッと食い千切るような音と共にシイニャの右腕が切り落とされ、大きい方の剣が地面に落ちて突き刺さる。
元々、FOの中で俺とシンは互いが一番付き合いの長い協力プレイヤー、完全に息の合ったコンビネーションを発揮できる。今回はそれが逆に働いているのだ。
「すごいな。昔のお前いじめてるみたいで楽しいぞ、シイナ」
「お前あとで決闘するか、コラ」
そんな軽口を叩き合いながら、前後で交代する。
シイニャの残りライフは早くも半分だ。
「双剣さえ何とかなれば上々だな」
パァンッ!
キィン――と瞬光が閃き、大罪魔銃から放たれた銃弾が小さい方の剣に空中で斬り落とされた。
その時、グジュルッという生々しい音と共にシイニャの右腕が再生した。
そしてその手に握られていたものに思わずこめかみと口角が引き攣る。
(ちょっと待て、それは卑怯過ぎやしないか……?)
魔刀【幻刀・小夜】――――の形を再現した武器がそこにあった。本来なら淡く光を放ち、幻想的な美しさを持つ魔刀なのだが、肉で形だけ再現したせいで醜悪以外の何物でもない。
双剣を片方だけ使うなんて、システム上プレイヤーには不可能、というわけでもないのだが基本的にはできない。
「伝説級武器のオンパレードだな」
後ろでシンがぶつぶつ愚痴っている。
俺も愚痴りたい、などと思いながら群影刀を構え直し、体勢を立て直したばかりでわずかな隙のあったシイニャの懐に飛び込む。
「正気カヨッ……」
「儚よりはな」
黒刃を下から上へ跳ね上げる。
さっきのシンとほぼ同じ軌道だ。普通なら右手の【幻刀・小夜】で受ける攻撃。
しかし、シイニャはそれを左手の災厄の小剣で受けた。本来なら力が入れにくく競り負けてしまうが、【鎧袖逸蝕】の存在は逆の効果を生むからだ。
接触と同時に相手を蝕む悪魔の大災厄は痛みで相手の力のみを緩める。
普通の相手でなくて不幸だったな、シイニャ。
「シン!」
ギギと軋む群影刀を押し込まれない程度に痛む腕で抑えつつ、俺の右背後に回っていたシンに合図する。
「【瞬閃】!」
スキル技で急加速したシンの妖狼刀の上段斬りが左腕を斬り落とした。
しかし直前でこっちの思惑に気づいたらしいシイニャは右手の幻刀をわずかに横に外側に振り――ヒュッ!
鋭い風切り音を響かせて、横薙ぎに俺の右腕を狙ってきた。比較的高い俺の動体視力が左から右へ目の前をすさまじい速さで通過する刃を鮮明に捉える。
しかしその瞬間、同時に桁違いの速さの何かが目の前を霞めた。
シイニャの右腕を肘の辺りで軽く引き千切ったそれは、寸分違わず俺の右脇の下を通り抜け、瞬く間に視界の外に消える。
さらに宙を舞うシイニャの腕から離れて俺の顔面目掛けて飛んできた幻刀すら、ほぼ無間断で飛んできた第二射を受け、視界の右側に弾き飛ばされる。
まるで全てが計算尽くされているような銃撃。
銃弾だけではない。身体から切り離した敵の一部どころか弾かれた剣すら俺とシンの身体を避けるような軌道を描いて無事に通過した。
今ここにいる面子で、銃を使えるのは限られるが、ここまで高威力高精度となるとあのお方しかいない。
(アンダーヒル……)
とっさに足首をひねって身体を回し、シイニャの腹に向けて突くような蹴撃を放つ。
あまり重心が安定しないため威力は低かったが、苦もなく突き飛ばせたところを見ると両腕の肘から先を失っている影響はかなり大きかったのだろう。
バランスを崩したシイニャはグラと揺れ、後ろに引っくり返る。
そこで確認すると、アンダーヒルは信じられないことに【正式採用弍型・黒朱鷺】で片手じゃ持てない【コヴロフ】を支えるように上下で組んで(上から見るとX字のように見えるだろう)構えていた。
うちのギルドのアンダーヒルさんがクールでチートでオールマイティ過ぎる。
確かに銃身が短く支えやすい形状の黒朱鷺なら理論上可能だろうが、それで命中精度と操作性を保てと言うのが無理な話だろう。
チラとこっちに向けられた視線とその表情には安堵と心配が込められていたが、次の瞬間アンダーヒルはガクッと姿勢を崩し、慌ててサジテールに助け起こされている。
さっきの傷に加えて疲労と【受呪繋ぎ】の呪い、無茶のし過ぎは後でお仕置きだな。
「シイナ、ボーッとするな!」
そう言って追撃の炎刃を向けるシンに続き、すぐに起き上がろうとするシイニャに鬼刃を抜いて斬りかかった。
「お前らなんかに負けてタマルカヨ!」
ギュルンッと再生したシイニャの両腕には、幻刀と相曲銃が握られている。
そして幻刀で群影刀を、相曲銃の銃身で炎を纏った妖狼刀を受け止めたシイニャは、
「【戦慄的短音怪】【静弱の叙浄詩】――!!!」
その二つの武器の付加スキルを発動させる、が――――。
「「うるさい」」
群影刀と妖狼刀の刀身が、幻刀の刀身を砕き、相曲銃の銃身を切り落として分解する。
所詮コピー。
「本物には及ばないってことだ」
ただひとつコピーにしては俺よりましだったんじゃないかと思うことは、
「お前よりいさぎいいじゃないか」
「俺はしぶといって言えよ。せめて諦めが悪いとか」
左肩と胴を切断され体力を全損したシイニャは、声すら上げず後ろに倒れこみ、少しずつ形を崩していった。




