(44)『災厄の対剣‐カラミティ・クロス‐』
「我が主よ、いきなりで悪いのだがあれは何の怪物か?」
魔弾刀から一転、刃渡り六十~八十センチほどのとある剛双剣の形を模している武器に持ち代えたシイニャと対峙した俺は、疑問顔を浮かべつつも二本の小太刀で武装したレナをよそに戦慄を覚えていた。
まるで片刃腕輪のように手首から肘までを守る形の赤褐色の三枚刃を重ねた特殊なフォルムの大小の双剣――。
「「【災厄の対剣】ッ……!?」」
恐らくシンも似たような心象だったのだろう。思わず口をついて出たその武器の名前が同じタイミングで重なった。
俺が双剣士だった頃に手に入れたあの剛双剣は悪名高き伝説級武器だ。これは同カテゴリ内最強の攻撃力もさることながら、付加スキルによるところが大きい。
(だが……)
まさかさすがにあんなスキルまで再現してはいないだろう。そうは思うものの、万一のことを考えて鬼刃抜刀、群影刀の刀身に魔力に纏わせておく。
そうしなければ一撃でこの戦いの流れを持っていかれかねないからだ。
凶悪すぎる二つの付加スキル――【鬼装天害】と【鎧袖逸蝕】の存在によって。
「行くゾ!」
右足を引き左足を開く。当時の俺と同じ構えを取ったシイニャは――ダンッ。
一度のステップで前に飛び出してきた。
(くッ……!)
少しずつブレて運足し、迎え撃とうとするシンの四つの自律刀剣を弾きながら近づいてくるシイニャを大罪魔銃で捉えるのはリスキーと判断し、近距離に入ってきたところで鬼刃状態の群影刀をわずかに引く。
そしてシイニャが右腕で握る大きい方の剣を振る。
この接触で、わかる。あの模造品に災厄の対剣と同じスキルが付加されているかが――。
ギャイィンッ!
向こうは肉でできているはずなのに、硬い金属同士がぶつかり合ったように一瞬だけオレンジ色の火花が散る。
そしてその瞬間、状況はあっさりと危惧していた方に転んだ。
ズバァッ!
まるで剣圧というものが実在するかのように、俺の腕に切り傷が走った。と同時に群影刀がわずかに軋むような悲鳴をあげる。
常時発動スキル【鎧袖逸蝕】。
刃と敵の装備あるいは身体との接触の度に相手のライフと武器にダメージを与える鬼畜スキルだ。
「貴様ッ!」
俺が傷つけられたからか、激昂したレナが瞬く間にシイニャの背後に回り、小太刀で下から上に斬り上げる――が。
ギンッ!
シイニャが振り返りざまに振るった左腕の小さい方の剣に、直接攻撃を阻まれる。
そして――ズバァッ!
【鎧袖逸蝕】の効果が発動した。レナの白い手の甲から紅い鮮血が散り、小太刀を二本とも取り落としてしまう。
「ちッ……【装束不明】ッ!」
ゾワッ。
レナが叫ぶと同時に黒炎が燃え上がるように艶やかな黒髪が逆立ち、白い肌は輪郭すら淡く黒変する。自身を闇と同化させ、物理装甲を透過して相手に直接ダメージを与える特殊なスキルだ。
レナは指先に光る漆黒の爪をシイニャの頭部、無貌の顔目掛けて突き出した。
――――止める隙もなく。
「【鬼装天害】」
ざくっ。
肉に食い込む嫌な音が小さく響く。
どちゃっ。
泥の地面に落ちて生々しい音を立てたのはレナの両腕だった。本体から離れて闇化が解けた両腕から流れ出た赤が泥に吸われて、赤黒く染まっていく。
「召喚解除!」
闇化したまま両腕を失ったレナの姿が大きく崩れ、黒々とした水溜まりとなったケルベロスは薄れるように消えていく。
そしてレナを返すと共に振りかぶった群影刀で、無防備なシイニャの背中を思いっきり斬りつけた。
「っ痛ェッ!」
ニャルラトホテプほどのステータスがないからか、その一撃でLPが十分の一ほど大きく削れる。
つんのめるように前に転がりながらも自律刀剣を器用に躱したシイニャは、受け身を取って起き上がり、俺とシンの方に向き直る。
その手にある災厄の対剣は、大きく形を違えていた。
否、形は変わっていない。
重ねられた三枚刃の二ヶ所の隙間から噴き出した魔力が同じ形でさらに大きな刃を成し、剣の間合いを二倍以上に広げていた。
つまり、同じなのだ。
【鬼装天害】は刃に魔力を纏わせて面積を広げ、間合いを広げるスキル。魔力による付加装甲のため物理武器は透過し、直接防具や身体にダメージを与えることができる。
一部の魔法を魔力を纏わせた一部の武器で防ぐことができる。魔力を使わない物理攻撃では一部の魔物にダメージを与えることはできない。それらと同じことなのだ。
「テテ……。さすがにちょっと背を向けたままはやり過ギタカ」
シイニャが体勢を立て直すその一瞬に、他の面子を確認する余裕ができる。
負傷していた三人もニャルラトホテプとの戦闘に参加しようとはしているものの、【閃脚万雷】で半分雷化したスペルビアが主戦力となっているようだ。少しずつ加速していくようなその動きは、素早いと言うよりは目まぐるしいと形容すべきだろう。
スペルビアは、さっき触手を切る時に使っていた奇妙な形のでかい武器を今度は柄の部分で互い違いに組み合わせて変形し、両端が刃の槍として振るっている。
ニャルラトホテプは完全に押されぎみだ。最初からそれでやってほしいものだが、スペルビアの調子にも波があるのだろう。
「刹那が何処までもつかもわからない。さっさと片付けるぞ、シン」
「何か策でもあるのか?」
俺はシンに無言で首を振って見せる。
そして、一言告げる。
「あの頃、俺とやった決闘を思い出せよ、凶太刀」




