(41)『神魔の拘束-グレイプニル-』
「シイナ、アレがどういうことなのか三文字以内で説明しなさい……!」
身重(?)のニャルラトホテプと対峙して戦う中、すぐ隣に位置取る刹那が無声音でそう叱咤してくる。
三文字とか無茶言うな。
「知らん」
「知らんで済まないでしょうがっ……」
「俺が知るか、ROLのキチガイどもに聞け……!」
「アンタの子供でしょッ……!?」
「俺の遺伝子はいっぺんたりとも入ってねぇよっ……! 常識で考えろッ……」
「い、遺伝子、とか……」
「待て刹那。変な想像するんじゃない」
普通にボスと戦っていただけのはずなのにいったい何処から狂い始めたのか、その端緒がさっぱりわからん……!
ヤバい何かを想像したらしい刹那は、瞬く間に表情を赤変させ、伸びてくる触手に向かって闇雲に狼牙剣を振り回す。
ありゃダメだな、などと思いつつも刹那に這い寄る触手を鬼刃一閃で切り捨てる。
「我々よりその女を守るノカ?」
「お前を守る理由がねえよ」
パァンッ!
魔弾銃から放たれた銃弾がニャルラトホテプの左肩に当たり、綺麗に貫通し、穴が空く。
「父たる自覚はないノカ? ン、イヤ、ソウカ、貴様……」
凄まじく嫌な予感がする。
今日の嫌な予感は何故かよく当たってるから注意しないと――――まずは口を塞ぐ。
「我々の子を孕んでミルカ?」
「で、き、る、か――ッ!!!」
「別にそっちの女でもいいノダガ」
「させねぇよ!?」
後ずさる刹那を見て、くっくっと再び冷笑の音を鳴らすニャルラトホテプ。
ROLの連中め、出てくるボスが毎回毎回イレギュラーなのは賞賛に値するが、今回のボスは異端要素以外が存在しない。
「シイナっ、相手するだけ面倒だ。とりあえずクトゥルフは考えず全開で行くぞ。【凶刃日記】オールイン!」
空中に出現する八本の自律刀剣。今回は、相手に合わせて刃渡りを一メートルに抑えてある。
「スペルビア、刹那を下がらせて目ェ覚まさせろ」
「らじゃ」
ブン、と振られた鎖付き金属球の鎖が、刹那の身体にぐるんと巻き付いた。
「やっふー」
「きゃあっ!」
容赦の欠片もないスペルビアに引っ張られた刹那が、危なげだがなんとか転倒を回避して離れていく。
もう少し常識的に動けないのか、あの眠り姫さんは。
そうしている内に【三叉太刀・雷電】を構えたシンが、さらに腹が大きくなったニャルラトホテプに斬りかかる。
シンの握る大太刀の柄から枝分かれしたような二本の太刀が、大太刀の刃先の少し手前まで伸びている特殊なフォルムの変則武器。
元々俺があれを勧めた理由は大太刀が触手の鉤爪に止められても両脇の太刀が比較的柔らかい触手部分を切り裂けるからなのだが、こうしてみると『目には目を、歯には歯を、異端要素には変則武器を』という意味でもぴったりだったかもしれない。
思えばシンはかなり多くの大刀・太刀で無双伝説を打ち立ててる気がする。【雷電】もそのひとつだ。
「シイナとのツーマンセルは久しぶりだな。【破軍・聖炎一閃】!」
クトゥグアのような神性を醸す煌炎を纏った【雷電】が、触手を前で重ねた防御を抜いてニャルラトホテプの肩を大きく引き裂いた。同時に両脇の太刀が、首筋を傷つけ、左腕を切り落とす。
「シイナ!」
「ああッ」
ニャルラトホテプの脇をすり抜けるように背後に回るシンに代わって敵の正面に入った俺は、さらに再生しようとする肩口の傷に鬼刃状態の群影刀を振り下ろす――ガッ!
(止められた……!?)
ニャルラトホテプは残った右手の手のひらから鉤爪を生やし、それで群影刀の一撃を受け止めたのだ。一刀一銃は刀の方に力を入れにくいことを利用して。
しかし――ザンッ!
振るわれたシンのエッジ・ビットが、ニャルラトホテプの右腕の肘を切り離した。
力を込められなくなった右腕による防御は必然的に意味をなさなくなり――――ザグンッ!
泥の上に落ちたニャルラトホテプの左肩がベチャッと生々しい音を立てる。
(コイツ、骨がないのか……?)
どうやらあの巨体と同じく、肉だけを動かして立っているらしい。
「アァ、痛い痛イ。まったく我々を何だと思っているノカ、聞いてみたいモノダヨ」
ジュル……ビュルンッ。
何の苦もないかのようにニャルラトホテプがくっくっと笑ったその瞬間、欠損部が盛り上がるように肉が包み、気味の悪い擬音を伴って瞬く間に復元された。
あれだけの肉量を持つ巨体がこの大きさになっているとしたら、復元余地はたくさんあるのだろう。
ニャルラトホテプのLPは今の遣り取りでようやく半分を切ったところだ。
「さあ切り刻む以外に貴様らに何がデキル、人間!」
「殴る?」
背後から聞こえたスペルビアの呟くような声に思わず右に飛び退くと、次の瞬間振り下ろすような円軌道を描いたハンマーが鎖と共に降ってきた。
ゴッ!
上を向いたニャルラトホテプの何もない顔面に、大きな金属球が沈む。
グシャンッ。
衝撃で顔面から地面に叩きつけられたニャルラトホテプの身体が反動でわずかに跳ね、ベチャリッとうつ伏せで倒れる。
「シイナ、危ない?」
危ないのはお前だ。避けなかったら当たってたぞ、俺。
「任せた刹那はどうした」
「あどばいす」
頼むから投げた言葉だけは投げ返せ。
その時、起き上がってこないニャルラトホテプを挟んで立つシンの顔が、引き攣ったのが見えた。
俺の背後を見て。
「当たっても知らないわよ」
「え゛っ……?」
急に響いたいつになく低い刹那の声にギョッとして振り返ると、刹那は狼牙剣を正面で水平に構え、その刃先を指で挟んでいた。
ちょっと待てオマエそれ使うなって儚に言われてたヤツだろどんだけ今のが気に障ったんだよ、などと目まぐるしく戦きながら、構えた群影刀でしなって打ち付けようとしてきた触手の先端を斬り落とす。
刹那が【フェンリルファング・ダガー】を気に入っている理由は主に二つ。短剣の中でも長い剣身、そしてもう一つは付加スキル【神魔の拘束】による、武器自体の形状変化だ。
「【神魔の拘束】!」
刹那はギュンッ、と刃先を挟んだ左手を投げるように横に振るう。
と同時に刃先が剣身から綺麗に分離し、まるで糸の付いた矢を打ち出すように、長い鞭が出現した。




