(40)『アホか――――ッ』
まずゴメンナサイ。
戦闘ばかりだったせいか、なんとなくヒトネタ入れたくなったのです。
アンダーヒル・アルト・ネアちゃん・サジテールが群れるように集まってきた有翼の黒大蛇『忌まわしき狩人』を空に留めている間に、俺と刹那・シン・スペルビアがニャルラトホテプと対峙していた。
ギィンッ!
刹那の突き出した死骸狼の牙剣とツインテールの先の鉤爪がぶつかって火花を散らす。
「ちィッ!」
触手の馬鹿力で押し込まれ、ダガーを後方に弾き飛ばされた刹那は、スキルも使わず軽々とバック転で距離をとる。
「オマエが武器をハジかれるなんて珍しいな、刹那。鈍ってるんじゃないのかッ」
俺が刹那の交代で空いた場所に入った途端、右方からニャルラトホテプに斬りかかったシンが皮肉って軽口を叩く。
(ただでさえ敵に頭キテるトコにんなこと言うか? 普通。……知らね)
などとシンの冥福を祈りつつ、群影刀を低く構えた瞬間、背後から「あ゛ぁ!?」とブチキレ気味の刹那の怒声が聞こえてきた。
当然、戦慄。
「ッざけんじゃないわよ!」
キレた刹那=棘付き兵器。その強さだけならまだしも、危険度は到底計り知れるものではない。
ちなみにその怒りが敵だけに向いた時は世界が滅ぶと巷(俺とリュウとシン)で囁かれている。
「アンタたちみたいな効率中毒の刀使いにはわかんないでしょうけどねぇッ」
ニャルラトホテプの触手と腕を駆使した手数攻撃を捌ききるためあまり目が離せない中でちらっと背後に目を遣ると、刹那が拾い上げた狼牙剣を逆手に持ち変え、さらに腰からもう一方の手で猟手剣を引き抜いたのが見えた。
て言うか“アンタたち”って俺もかよ……。
「短剣は直で手に負担が来んのよッ!」
俺とシンの背後から、ピリピリと肌が痛みを覚えるほどの殺気が迫る。
(俺は元々双剣使いだったからわかるけれどもね!)
などと思いながら本能的に飛び退き、正面を刹那に譲る――ヒュンッ!
「【毒蠱蜂針撃】……なんで避けんのよ!」
「俺を狙うな、俺を!」
そもそもなんでシンじゃなくてまず俺なんだよ……。
刹那のスキル技で大きく抉られた触手が振られた勢いで途中から千切れ、あらぬ方向に飛んでいく。
「温イナ」
千切れた触手は断面から気味の悪い粘液を振り撒きながら、ずるぅっと生々しい音をたてて再生した。
そして、上を向いていた先端が何かを示唆するようにクンッと下に向く。
「?」
怪訝な顔で再び接敵する刹那。
ニャルラトホテプに口があったなら、ニヤリと笑っていたに違いない。
「刹那、上だ!」
シンが警告を発すると同時に、触手で刹那を捕らえようとするニャルラトホテプの首を掴み、力任せに後方に引き剥がす。
直後、刹那のいる背後から、ドガァッという衝撃音と共に大量の泥が跳ねてくる。
振り返ると、ニャルラトホテプの指示で刹那目掛けて急降下し、そのまま地面に激突したのだろう『忌まわしき狩人』が激しくのたうっている。
(刹那はっ……)
『忌まわしき狩人』がデカ過ぎてさっきまで近くで戦っていたはずのシンまで何処にいるのかわからない。ていうかスペルビアは何をやってるんだよ!
「人間が我々に気安く触レルナ」
低くしかし複数人数が重なる声のような音にハッとした時には既に遅く、鞭のようにしなったツインテールが群影刀を握る右腕を強く打った。
ビリビリと骨を揺さぶられるような衝撃に襲われた右腕に、そのままの勢いを殺さなかった触手が自然と巻き付いていく。
「生物の枠に囚われない我々は他の存在と触れ合うだけで後継たる眷族を孕む可能性があるのダカラナ」
激痛の中で『嫌なら放せよ』などと悠長に思っている俺はどんな状況下でも正気を保てる気がする。
「貴様程度では割に合ワン」
「じゃあ放せよ」
早抜きで太ももの帯銃帯から引き抜いた魔弾銃をニャルラトホテプの額に押し付け――パァンッ!
躊躇いなく引き金を引く。
リコやサジテールよりも人を感じなくて済む点はかなり助かっている。
額に空いた穴から触手の断面から出たのと同じ粘液を散らしながら、ニャルラトホテプは背中側にぐらりと傾いた。
ブチッ!
何の前触れもなく、風切り音と共に右腕に巻き付いていた触手の一部が弾けるように千切れ飛んだ。
締め付けが途端緩み、表面が粘液で覆われていた触手は自重で解けて地面に落ちる。
「……!?」
頭上を振り仰ぐと、こっちに向けた銃口から硝煙をあげる【コヴロフ】を構えたアンダーヒルが軽く頷いてきた。
そしてすぐさま噛みつこうとしてくる『忌まわしき狩人』に向け直した【コヴロフ】が火を噴き、狩人の片翼の付け根を消し飛ばした。もうチートだな。
すぐに天の字(ツインテール含む)に倒れ込んだニャルラトホテプに視線を戻すと、ほぼ同じタイミングで額の穴が塞がったニャルラトホテプは、瞬く間に再生した触手を使って立ち上がる。
(あれ……なんか違和感が――)
「フム……我々が人型との眷族を孕まされるのはいつ以来のことダッタカ……」
「アホか――――ッ!!!」
わずかに容積を増している腹を見下ろすかのように俯くニャルラトホテプを前にして、思わず何の構えも警戒もなしに、目の前でうねうねと絶え間なく動く触手の片っぽを鬼刃抜刀で切り落とす。
ROLのスタッフ連中には、以前GJ、神だ何だと言った覚えがあるが、今こそ今後絶対に前言撤回しないことを誓いつつ改めて宣言したい。そのスタッフの一人の息子であるシンには悪いが。
ROLやっぱりただのキチガイだろ!!! アホか!
「シイナ、来た」
何をしていたのかようやく戦線に加わったらしいスペルビアが、後ろから声をかけつつ隣に並んでくる。
「どうかした?」
状況を知らないスペルビアは首を傾げて、ひらひらと大きな袖を揺らす。
「気にするな。戦え」
敵前で味方の両肩を掴んで向き直らせ、背中を伝う嫌な汗を気のせいだと思い込もうとしているわりに声が裏返っているという、わかりやすい馬鹿がそこにいた。
「らじゃ」
スペルビアが細かいことを気にしないヤツで色々と助かった。
「嫌な気分だが悪い気分ではナイナ」
意味のわからないことを言いながらくっくっと再び笑うような音を発したニャルラトホテプはたんったんっと後ろに大きく飛んで距離を取った。
当然、すぐにその後を追う。
「貴様、名はシイナと言うノカ」
嫌な予感がして、何かを口走る前に潰そうと、駆け寄りながら群影刀についた粘液を振り払う。
俺の隣を駆けるスペルビアも、袖をふりふりと揺らし、中から落ちてきた鎖付き金属球の鎖を握る。
そういえば暗器使いとか言ってたっけ。
そんな時だ。
ニャルラトホテプはまったく変わらない重複するような声で、
「それならコイツの名前はシイニャだな」
「アホか――――ッ!!!」




