(39)『配下』
「我々が友好的に話してるからって友好的だと思わないコトダ、人間」
樹木のように触手が並び立つ地面。
俺も含め、盲目にして無貌の者と対峙していた≪アルカナクラウン≫の面々は例外なく、長い触手に絡め取られ、各々罠にかかった獲物のように宙空に吊るされていた。
ニャルラトホテプは眼下の地上でくっくっと含み笑い、地下を通していた触手を地表面を割って引き上げる。
馬鹿みたいに力が強い。
俺どころか、雷霆精へのシフト時に腕力値の基準を満たしているスペルビアでさえ、腕を拘束する触手を振りほどけていないようだった。
バスカーヴィルを召喚しようとしたが、召喚できる形の中に、鋭い刃を持つ者はいない。せいぜいがレナ=セイリオスモードのケルベロスが持つ小太刀だが、奴の(身長で)手の届く範囲では斬りに行けるのはニャルラトホテプの本体付近の根本部分。百パーセント本体に止められる。
そして俺が自分以外のステータスや保持スキルについても考えを巡らせ始めた、ちょうどその時だった。
「残念ですが、ここにいる私は人間ではありませんので。影魔種能力【影魔の掌握】」
ズバアァァァッ!
目の前を巨大な黒刃が舞った。
大鎌と同じ鋭角を描く影の怪物がアンダーヒルのローブの中から飛び出し、周囲の触手を手当たり次第に斬り刻んだのだ。
「うぃ、雷精霊能力【雷精の嘶き】」
落ちながらそう唱えたスペルビアの髪がパチパチと逆立ち、周囲に炎の吸血鬼の色違いのような蒼白い稲妻型の召喚獣が複数現れた。雷精は瞬く間に空間を駆け、触手を軽々斬り刻まれてたじろぐニャルラトホテプに猛突する。
ごちん、べちゃ。
「あぅ……」
触手から解放された面々が安全確実に着地する中、スキルを優先し受け身すら取らなかったスペルビアが頭を打ち、泥だらけの地面に転がる。
運の悪い奴だな。
リアルなら頭を打てば心配するが、FOなら痛みだけ。気絶判定の可能性もあったが、すぐにもぞもぞ動き出したところを見ると大丈夫のようだ。
スペルビアは雷精がニャルラトホテプの周囲を取り囲んだのを確認すると、
「雷精霊能力【轟砲雷落】」
閃光が瞬く。
強い光に弱い影魔たちが瞬く間にボロボロと崩れて消滅する。
ドオォォオンッ!
衝撃音がビリビリと空気を揺さぶった。
周囲には土煙と水煙の混じったようなもやが立ち込め、さっきまで近距離に見えていたスペルビアでさえ輪郭しか望めない。
「こらーッ、バカルビア!」
「ぅ!?」
もやの向こうから聞こえてきた刹那の怒声に、その輪郭がわずかに跳ねる。
「あんな手数の多いヤツ相手に、肝心の視覚潰してどうすんだ、バカ!」
「ぇぅ……」
続いて聞こえてきたアルトの声に、ちょっと泣きそうなスペルビアの声が漏れる。
刹那とアルト、味方に対して容赦無さすぎだろ……。
「ケホッ……ェフッ……」
「ぁ……」
遠くから聞こえてきたネアちゃんの咳に、スペルビアの輪郭が沈み込む。必死で音を抑えようと努めている優しい気遣いが、バレバレなせいで逆効果に働いている。
「二度故国を守りし人ならざる英雄、其は古史に名を残す覇者たる猛者どもを退けた大いなる風。戦災拒む神風よ、場の静黙を打ち毀せ!」
刹那の魔法詠唱の声が背後から聞こえ、次の瞬間、強力な突風がかかったもやを吹き飛ばしていく。
「スペルビア、あなたは少しフィールド環境を考えて下さい」
いつのまにか近くに歩み寄っていたアンダーヒルが平坦な声でそう言いながらスペルビアを助け起こしている。
そしてニャルラトホテプはというと、
(マジかよ……)
もろに落雷にうたれたらしく身体中から水蒸気のようなものをあげてはいるが、同じ場所に平然と立っていた。
「地の属性を占める旧支配者の一柱たる我々ニ、落雷撃が効くと思ってイタノカ?」
口もないくせにくっくっとまたも冷笑するような音を鳴らすニャルラトホテプは両手を大きく広げ、天を仰いだ。
「闇より出で馳セ、我々が配下。『忌まわしき狩人』ヨ!」
その場に変声器と拡声器を同時に使ったような音が響き渡った。
瞬間、ブチブチィッと布を無理やり引き千切るような音が聞こえ、空が大きく裂けた。
その穴の向こうには黒一色の空間が広がっていて、同時に鳥のそれとは違う何かが羽搏くようなバタバタという音が複数聞こえてきた。
「……!?」
まるで薄れていた存在感を取り戻したかのように唐突にそれは現れた。
体長十メートル超。頭部から三分の一の辺りにコウモリそっくりの翼が生えた巨大な黒い蛇、に似た形の怪物だった。
翼を動かしてはいるものの、身体を絶えずねじったりくねったりしているところを見ると、どうやって飛んでいるのかに疑問を感じずにはいられない。
ギィヤァァ――ッ。
突然、『忌まわしき狩人』が引き裂かれたようなフォルムの口を大きく開き、断末魔のような声で叫ぶ。途端に、同じような怪物が空の穴から何匹も姿を現した。
「忌まわしき狩人は気にしないで、あなたたち近接組は本体のみを狙って下さい。連中は私とサジテールで潰します」
アンダーヒルの指示は当然のように同じ近接組、刹那・シン・アルトにも届いていて、目が合うと全員頷いてきた。
同じく近接のスペルビアは、指示に頷いてはいるが、ニャルラトホテプを注視するばかりで目が合うことはなかった。
「行くわよシイナ!」
刹那が先陣をきり、【フェンリルファング・ダガー】を携えてニャルラトホテプに接近した。
「数が多ければ勝てるというものでもナイゾ、弱き者共ヨ!」
触手使いにだけは言われたくないぞ、その台詞! などと心中でツッコミを入れつつ群影刀を構え直した。




