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FreiheitOnline‐フライハイトオンライン‐  作者: 立花詩歌
第五章『0と零―無効の能力―』
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(38)『盲目にして無貌のもの』

「ハローハロー、人間諸君。()()の名は言うまでもナイダロウ。盲目にして無貌のもの(ニャルラトホテプ)ダ」


 何人もの声を似た音を同時に出すニャルラトホテプは、まるで肩口に生えた触手を束ねたような模様がびっしりと入った腕を大仰に広げる。

 常に冷然と笑っているような雰囲気を漂わせてはいるが、その濃い緑髪の下の顔には()()()()()()

 目も口も眉や睫毛(まつげ)も、顔のパーツと言えるものは何もない。

 かろうじて鼻や耳らしきものはあるが、形を真似ただけのマネキンのような輪郭だけで頭を構成している。一瞬ツインテールかと思ったモノはこともあろうにうねるように動き、触手であることがわかる。

 それは身体に関しても同じだった。

 幼児体型からの発展途上――の少女の輪郭だけをコピーしたかのような緑色の肌は不気味な光沢を放ち、生命の瑞々しさやそれに準ずる印象は全く感じられない。


「シン、女よ?」

「ちょっと待て刹那っ、僕の目にはまともな女の子には見えないぞッ!?」

「女なら誰でもいいんでしょ?」

「そういうわけじゃないよ、そう思ってたのか!? そもそも僕は――」

「うっさい」


 シンと刹那が小声でしょうもない会話をする中、ニャルラトホテプは口のない顔を斜に構え、くっくっと見下すような冷笑を絶えず漏らしている。

 コイツ、喋るってことは……。


「マスター、確証はないけどアレはインターフェースじゃないと思うよ。そのシステムの性質上そぐわない」


 背後から歩み寄ってきて隣に立ったサジテールが、まるで考えを読んだかのようにぴったりのタイミングで呟く。

 確かに、サーバーに接続するのにわざわざボスを倒してちゃ非効率にも程がある。


「人間じゃないのもいたミタイダネ。たいした違いにはならないケレドモ」

「人工音声みたいな気味の悪い声で喋らないでよ、気持ち悪いなぁ」


 笑顔で挑発し合っている二匹の人外。

 テル、言っとくけどお前も人工(ボーカロイド)音声だからな?


「まずは生ける炎(クトゥグア)を倒してくれた礼をしようジャナイカ。我々にとって奴は我々の拠点ンガイの森を焼滅させた敵でしかナカッタノダ。礼に値する理由は十分にアル。何が欲しいか言ってミロ」


 何を言ってるんだコイツ……。

 ボスの癖に、戦闘の最中に人化して、あまつさえ何が欲しいか言え、だって?

 頭おかしいんじゃないのか?


「攻略の邪魔だからクトゥルフを殺してアンタも死んで」


 俺がどう対応するべきか悩んでいると、刹那があまりにも直球過ぎて普通なら誰も言わないだろう要求を突きつけた。

 何の躊躇いもなく、本気も本気、筋金入りの理不尽だ。


「ホウ。クトゥルフが邪魔だという意見には賛同スルガ、()は永久に横たわる死者にアラネド、測り知れざる永劫の元に死を越ゆるモノ。我々の力では()の支配者は(いささ)か以上に手に余るノデネ。即物的なものに限ル」

「それは例えばお前を一撃で確実に葬れる武器、とかでも大丈夫なのか……?」


 刹那の後ろに控えていたアルトが反応を試しているかのような口調でそう言う。

 しかし、ニャルラトホテプはアルトの方を一瞥もせずに、何処からか聞こえてきた声に機械的な反応を返すような調子で、


「無論。この場限りのモノになるが作り出せないわけデハナイ。自然、我々を殺す武器など本来は存在しないがユエニ、当然、貴様がそれを使いこなせるかは別でアルガ」


 未だ見ずして小馬鹿にして笑うようにそう言ったニャルラトホテプの態度に、アルトのこめかみがピシリと引き攣った。


「上等じゃねえか……。あたしに使いこなせないか試さ――」

「アルト」


 珍しく刹那に一声でたしなめられたアルトは、もう一度ニャルラトホテプを睨み付けたもののそれ以降は押し黙った。


「くだらない遣り取りはやめて欲しいモノダネ。他に欲しいものはナイノカ?」


 ニャルラトホテプは混沌とした人の声に似た音を発しながら全体を見回した。


「にゃるらてぷ」

「我々の名は盲目にして無貌のもの(ニャルラトホテプ)ダガ、望みがあるなら言ってみるがイイサ」

「まく――」


 良くも悪くも予想通りの答えを口走ろうとするスペルビアの口を後ろから塞ぐ。

 ただでさえ意味不明すぎる展開の中、ボス相手に“枕”を要求する馬鹿が何処にいる、未遂ならここにいるけれども、止めなければ実行していただろうけれども!

 という旨の忠告を耳打ちしたところ、スペルビアは自信たっぷりに頷いた。そして、俺が口を塞ぐ手を放した途端、


「ひざまく――」


 後でいくらでもしてやるからお前は黙ってろ、と耳打ちすると、スペルビアはわずかに首を傾げたものの最後にコクンと頷いた。

 コイツには悪いが、一応このまま塞いでた方が良さそうだ。これまた良くも悪くもマイペースなヤツだし。


(あ、コラっ……)


 嫌なのか何なのか理由は知らんが、くすぐったいから手のひら舐めるな。


「サァ、望みはナイノカ? 我々には貴様らにあらゆる魔術や秘法、機械をも授ける力があるのダガナ」

「何も要りませんよ」

「「「「「!?」」」」」「もが」


 まるで誘っているような、名残惜しいとばかりの雰囲気を醸し出すニャルラトホテプに、突然背後から聞こえてきた声が答えた。


「ユウちゃんっ」


 ネアちゃんの声が弾む。今まで怖がってたのが丸分かりだ。


「待たせましたね、ネア」


 一言それだけネアちゃんに告げた声の主(アンダーヒル)は、ゆっくりとニャルラトホテプに近づいてくる。


「何も要らないナンテネ。人間は欲で動くモノダヨ」

「あなたが与える様々な魔術・秘法・機械などには大概自滅の可能性を孕んでいる。確かそう謳われていましたね、ニャルラトホテプ。故に私たちには必要ありません」


 左目以外を覆い隠す黒い包帯に、いつものローブ姿。しかし手はその下に隠れたままで、常套のようにあの狙撃銃(コヴロフ)を構えてはいなかった。


「震えるくらい小気味のいい奴ダ。我々は賢い人間は大好きダヨ」

「私はあなたのように他人の隙に付け入るような存在は嫌いなようです」


 アンダーヒルが登場して一転、彼女らにしかわからないような()()が飛び交い、瞬く間に誰しもが割って入ることのできない雰囲気を作り出した。


「そうかソウカ。嫌われたモノダネ。それなら無駄話はここまでにしてオコウカ」


 くっくっと冷笑したニャルラトホテプの二本の触手(ツインテール)をぐぐぐっと持ち上げた。いつのまにか伸びていたその触手の先はニャルラトホテプの足元の地面に刺さっていて――ボゴォッ!


「……!?」


 その瞬間、地面の至るところから、無数の触手が植物の蔓が伸びるように飛び出してきた。

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