(37)『アリガトウ』
FOで稀少な魔法補助スキルの頂点に君臨する攻撃魔法複製スキル、【逸清掃射】。
攻撃魔法を発動と同時に複製し、一斉掃射するパワーバランスも何もあったもんじゃないスキルだ。運がよかったのは、これを手にいれたのが短剣術を基本にし、魔法を戦闘の基軸に置かない刹那だったことだろう。
人間という種族は多くのステータスにおいて平均値をいっているが故に、お世辞にも魔法に長けているとは言えない。これがこと魔法に関して負け知らずの古民系種族が会得していたなら、いずれ古天民にまで成長した暁には、人間砲台ドコロで済まない可能性すらあったのだ。味方ならまだしも敵になっていたらとゾッとする。
単純に言えば、詠唱省略+魔力消費大幅減+威力増のえげつないスキルだからな。
「かつて水を司りし海獣よ。大いなる海を深淵より統べし異形の王よ。今此処に神性を宿して甦り、旧支配の力を以て大いなる水禍を齏せ!」
何の躊躇いもなく詠唱を進めた刹那の周囲に、何処からともなく無数の水球が現れ、その中で轟轟と唸り声を上げて渦巻き始める。
「アルトッ、スペルビアッ、お前らは飛んでっ――」
「大丈夫です、シイナさん」
自前で翼を持つ二人に警告を発した瞬間、頭上から聞き覚えのある透き通った声がして――――バサァッ……。
目の前に、白い翼が降りてきた。
声と音に驚いたのか、刹那の詠唱が休止される。
「天使種能力【天能の慧眼】【罪禍の肩代わり】!」
刹那のすぐ背後に飛び降りてきた白翼の天使ことネアちゃんは、
「お借りします!」
刹那の肩に手を置き、発動しかけていた魔法を――――奪った……!?
続けて振り返ったネアちゃんは、金色に変わった瞳を這い寄る混沌にも向けて、
「深淵よりの邪槍!!!」
刹那から引き継いだ魔法の詠唱末文を唱え終えた。
途端、宙に浮き漂う無数の水球が刹那、ではなくネアちゃんの周囲をぐるぐると回り始め――キュンッ!!!
その内の一球から飛び出た一筋の直線が空気を槍のように貫通し、射線付近にいる刹那を避けるように迂回しながら生ける炎を縦に引き裂いた。
分かりやすく言うならラピュタ城のロボット兵が放つレーザーのように。
ゆらりと揺れた生ける炎は再び元の形に戻るが――キュンッ!
刹那が慌てたようにすぐに射線から退いたため、別の水球から放たれた第二射によって今度は横に引き裂かれる。
キュンキュキュンキュンッ!!!
SF映画に登場する光線銃の射撃音のような音が無数に重なる。
全ての水球から四方にばらまかれるウォーターレーザーだが、それらは味方に当たることはなく、かつ敵に当たらないこともないようだった。
ただし狛犬と獅子像の姿になっている二匹の妖魔犬が瞬間的に抹殺されたことはゴメンとしか言いようがない。ギルメンの中でも見せたのは数人、当然ネアちゃんには見せていない姿だ。敵認定されたって仕方がない。
天敵の存在もあるからか、最初からわずかに引け腰だったニャルラトホテプは言うまでもなく、あれだけ手こずっていたクトゥグアも、この時ばかりは無抵抗を強いられていた。
ネアちゃんを止めるため、新たに生み出した炎の吸血鬼たちは形を整える前にかき消され、あらゆる炎の攻撃も連携された集中攻撃で細かい炎塵となって散っていく。
【天能の慧眼】によって、完全に制御されている。
また、クトゥグアとは違って定形の実体を持つもう一方のボス、ニャルラトホテプは何十本という触手が一撃ごとに無惨に切り落とされ、一枚ずつ剥がされていくように気味の悪い色の肉が地に落ち、泥にまみれていく。まるで踊り焼きのような光景だが、その見た目ほどLPの減りが激しくはないのはさすがボスといったところだろう。対するクトゥグアはLPだけならもう瀕死だった。
「このままクトゥグアさんにトドメを刺します!」
身体中をウォーターレーザーに貫かれたニャルラトホテプが女のような悲鳴をあげる中、何故か現在進行形で交戦する敵をさん付けで呼んだネアちゃんが照準をクトゥグアに集中させる。
無数の高圧水流がクトゥグアを貫いた。蒸発音が悲鳴のように響き渡り、水蒸気が魂のように抜けていく。
ィイイイイイイイッ!
甲高い音が断末魔のように轟き、炎の塊が跳ねた。
四~五メートルほど飛び上がったクトゥグアは一瞬集中砲水から解放され、場に君臨するボスとしての矜持からか――大分小さくはなっているが――再び激しく燃え上がった。
そして内部でパチンッと爆ぜた。
(ヤバッ……)
逃れた敵を追うように照準を移動するネアちゃんを灰色の目で見下ろした生ける炎は一瞬の内に、下部から地上まで業炎を噴き出した。
例の下降噴炎だ。
地面にぶつかり三本の炎流に分裂したクトゥグアの炎は慌てて飛び上がったネアちゃんの足元を通過し、全ての水球すらも焼き払う勢いで地上を這う。
そして、今回は五メートルも広がらない内に再び空へ昇っていき――ボゥンッ!
炎弾の雨を警戒した俺たちの頭上で、炎塵を撒き散らしながらぶつかり合い、予想に反してかすれるように――――消滅した。
おそらくあの技は自損技なのだろう。残っていたわずかなライフを全損したのだ。
自爆と言ってしまえばそれまでだが、ある意味神らしいと言える最期だ。
本来ならボスを倒し、これで終わるところだが、まだ二体も残っている。
俺は改めて振り返り、そして違和感を覚えた。ニャルラトホテプの巨体を探しても、見つからなかったのだ。
「シイナ、目の前!」
刹那の叫び声が後ろからかかる。
そこで初めて気づいた。
目の前にいた、ソレに。
大分小さくなっている、否、小さい姿になっていたが、その頭上には確かに名前が表示されている。
人型――少女のような形のニャルラトホテプだった。
「クトゥグアを潰してくれてアリガトウ」
およそまともな声には思えない、何人もの同じ台詞が重なったような音で、ソレは確かに喋った。




