(36)『逸清掃射‐スターリン・オルガン‐』
(刹那・スペルビアに続いて今度はアルトかよ。クトゥグア、性格悪いんじゃねえのか……)
わずかな時間とはいえ、直火で炙られた左腕が激しい痛覚を訴える。動かさずとも痛み、動かすとさらに痛む。
回復するまでは使えないかな、この腕。
「馬鹿かお前ッ!」
身体を楯にするように右腕で強く抱き締めていたアルトが、俺を見上げて叫ぶ。
「おいおい、助けてやったってのに馬鹿はないだろ……」
「黙れ、馬鹿ッ」
二度も言いやがった。
「誰も“助けろ”なんて言ってないだろうが! ナニ考えてんだお前は!」
アルトは忌々しそうにそう言いながら、スペルビアの投げ渡した小ビンのフタを開け、左腕に中に入っていた緑茶色のLP回復の薬をバシャバシャと乱暴にかけ始める。
そっちの方が負傷再現を治すのに効果が高いのはわかるけど、ちょうど喉も渇いていたし、普通に飲ませてくれた方がありがたかったかもしれない。
「“助けるな”とも聞いた覚えがなかったから、一応助けた。それだけだ」
「黙れ、馬鹿」
三度目……。
正直、ライフが残ってさえいればダメージを受けようが構わないんだけど。
「【魔犬召喚術式】、モード『獅々狛犬像』」
たとえボス相手でも触手を防ぐぐらいできるだろう、と思いつつ召喚したのは、見た目は一対の白い石像だ。
開口の獅子像。
閉口の狛犬像。
身体が石でできてはいるが、レナの話ではこれでも霊獣らしく“何かを守ることに関してはやたら強い”のだとか。
ただし、魔力を相当に食らうので実戦投入はこれが初めてだった。
燃え上がるような白いオーラを纏った二匹の石像は途端に動き出し、クトゥグアとニャルラトホテプに各々向き直り、威嚇するように唸りをあげる。
効いているのかはともかくとして、積極的に攻撃はしないみたいだ。
「シイナ、大丈夫!?」
獅子像の存在に気づいたのも理由のひとつなのだろうが、大威力の水の魔法でクトゥグアを一度退けることに成功したらしい刹那が駆け寄ってきた。そして少しずつ感覚が戻りつつある代わりに痛みが増してきている俺の左腕を見て、少し狼狽えるような素振りを見せる。
そして、あるいは見逃していたかもしれないぐらいの一瞬――刹那はホッと安心したような顔をしたかと思うと、
「アンタ、馬鹿なの!?」
アルトと同じような台詞を吐く。
「少しは労いとかないのかよ……」
そんな呟きも彼女の指向性地獄耳には聞こえていたようだった。
馬鹿に馬鹿って言って何が悪いの、とばかりに眉を釣り上げてギロリと睨んできた刹那はフンと鼻を鳴らし、近づいてきていた這い寄る混沌の触手を杖で殴りつける。
八つ当たりのようだ。
「んなもん後に決まってんでしょ。そんな暇あると思ってんの?」
一応あるのか。
そんぐらいわかりなさいよバカシイナ、と視線が語っていた。
直後、アルトは腕の傷が治った俺を半ば突き飛ばすような勢いで身体を離し、
「礼は言わないからな! 代わりに後で何だってしてやる……!」
ヤケを起こしたようにそう叫んですぐに目を逸らし、弾性投石弩を携えてクトゥグア戦に帰っていく――――怒りの表情で。
大丈夫か、アレ。
などと考えつつ、自分も改めて参戦を意気込んだその瞬間、
「大丈夫か、シイナ」
入れ換わるようにシンがやって来た。
普段後ろで束ねているはずの髪が解けている。おそらく、アクセサリーは無理に力を加えない限り外れないような仕様になっているから、戦っている途中で外されてしまったのだろう。
「あぁ、うん。サンキュ。でもお前、自分の役割果たせよ」
「いきなり酷いな……。ちゃんと自律刀剣に任せてある。お前の様子見ついでに安全地帯で武器を変えようと思ったんだよ」
ニャルラトホテプがでかすぎて見えなかったが、あの裏では刃渡り二~三メートルの巨大な刃が動き回ってるわけか。
「体力バカ高いニャルラトホテプに【凶兆星】でやってくのはキツいからさ。そのせいで結構削られたんだよ」
ウィンドウを操作しながら、どの武器にするかを迷っている様子のシン。
太刀カテゴリは漢字の多さに比例するようにやたらと数が多い。その分使える武器も他カテゴリよりも多いのだ。
「……シン、三叉使え」
「さん……? あぁ、なるほど。そういうことか。あれは確かこの辺に……」
どのカテゴリにも似たり寄ったりの割合で存在する変則武器のひとつ【三叉太刀・雷電】を探し始めたシンを置いて、再び【群影刀】を引き抜く。そして火炎放射に対して火炎放射で拮抗している獅子像と、大量の触手に対して防護結界のようなバリアで対抗している狛犬像にシンの護衛を任せて、
「スペルビア」
無手で触手をいなしているスペルビアと合流する。
刹那は魔法が使えるし、生き残ったとはいえクトゥグアの残りLPも少ない。刹那の方がうまくやるだろうと思ってのことだ。
「他にやりようはあった」
全開きの目でチラッと一度だけ視線を送ってきたスペルビアはそう言って、受け止めた触手の一薙ぎの方向をわずかに変え、俺の方向にスッと流した。
「さっきのことか?」
聞き返しつつ、鬼刃モードの群影刀で触手を千切る。
「わざわざダメージを負う必要はなかった。その太刀で、その銃で、アルトを攻撃してればどちらにしろ直撃は避けられる」
スペルビアが饒舌に話しながら向かってくる触手をさっと撫でるように払うと、触れてもいないのに触手が千切れた。
何をやってるのかわからないな。
「……あの状況でそんなの思いつかなかったんだよ」
「嘘。シイナ、一回銃に手伸ばした」
コイツ、触手の相手しながらだったのによく見てるな。あの時、アルトにアイテム(タイミングから考えてあらかじめ出していたとしか思えない)も渡してたし。
「んー、まぁ個人的な理由だからあんまり気にするな」
「アルト、好き?」
「そっち方面の理由じゃない」
誤魔化しで言った理由が大変な誤解を生んでいる気がする。
「にしても気味悪いな、この触手」
誤解を解くことに集中するとアルトの二の舞になりそうな予感がして、話を逸らしつつ目の前の触手に集中する。
暗緑色の肉の表面を炙り、そこに粘液を絡ませたような、と言えば分かりやすいだろうか。とにかく気味が悪い。
「サジテール、そっち危ないわよ」
二,三本の触手を纏めて断ち切った時、後ろから刹那の声が聞こえてきた。
「……【逸清掃射】!」
瞬間、背筋が凍りついた。
確かに敵がでかいし強いとはいえこんな広いわけでもない場所で敵味方入り乱れた状態で使うなんて――。




