(33)『にゃるらてぷ』
今回は展開も少し短めですね。
地上――ちょうどニャルラトホテプとの戦域とクトゥグアの間にあたる場所――に降り立つと、半ば溶岩の塊と化したクトゥグアが地面から這い出してきた。
「さらにキモくなってるわね……」
心底嫌そうな顔でおぇっとばかりに舌を覗かせた刹那は、装備しておいたらしい儀杖カテゴリの武器【奇跡を司る神杖】をその手に出現させる。
どうやら魔法を多用して戦うらしいな。
刹那の身長ほどもある巨大な杖、銀白色の光沢を放つ柄の部分、先端は大きく歪曲して尖り、中心にある光を内に宿した透明球を守る竜を模したように変形している。
詳しくは知らないが、あるいは伝説級武器のひとつなのかもしれない、と思わずにいられないほどの神々しい気品を纏っていた。
「刹那ちゃん、顔、まだ赤い」
「うっさいわね! それよりさっさとあっちと合流するわよ」
刹那がそう言った途端、生ける炎は逃がさないとばかりに轟々と炎を上から噴き出し、その場で足踏みするように回転して俺たちに向き直った。
「急ぐ」
【戦禍の鬼哭】が壊れ、預かっていた王剣も俺に返したおかげで無手になり、身軽になったらしいスペルビアがニャルラトホテプ戦域に向かって、真っ先に走り始める。
「行くわよ、シイナ」
俺と視線を合わせないようになった刹那に急かされて王剣をしまい、スペルビアの後を追い始める。
首だけで振り返ると、表面と内部の岩石をふるい落とすように撒き散らしながら、少しずつ炎の姿に戻りつつあるクトゥグアが猛速で追いかけてきている。
地面を這ってくるその様は多足亜竜のようだ。
「何なのよアレ! 祟り神!?」
「確かに形だけは似てるかもな」
全身炎だけど。
「何のんきなこと言ってんのよ、バカシイナ! あっちの方が速いのよ!?」
「だな。だから――【魔犬召喚術式】、モード『激情の雷犬』!」
腰の【群影刀】を鞘から少しだけ抜いて、叫ぶ。
と同時に、隣を走る刹那を下から掬い上げるように、左腕で足を右腕で首から肩を支えて抱き上げた。
「え……なっ!?」
刹那が困惑の表情で狼狽える。
直後、泥にまみれた地面に黒い影溜まりが現れ、同じ速度に合わせながら俺の真下に移動してきて膨らんだ。白い山犬のように見えなくもないし、ぴったりと言えばぴったりの犬系モンスター、激情の雷犬が現れる。
必然的に跨がるように押し上げられた俺の代わりに、例え泥の地面でも滑らない爪を持つ雷犬が走り始める。
「我ガ主ヨ。マタ軽々トソノヨウナ……」
チラッと俺を見てきた雷犬――中身はケルベロスのレナが、意味不明の言葉を投げ掛けてくる。
「出てくる度にワケわからんこと言うなよな、お前は……」
何故か呆然としている刹那を前に座らせつつ、改めて後ろを振り返る。
クトゥグアは身体の中にあった岩石を全て捨て終わったのか、燃え盛る炎のヤマアラシみたいになっていた。
身軽になったクトゥグアのスピードも上がっているが、激情の雷犬より少し遅いのか、微々たる差だが少しずつ少しずつ引き離している。
「主人ヨ、後ロノ怪物ハ何デアルカ!?」
「今気づいたのかよ。全身炎でできた何でもアリなチートボス、クトゥグアさんだ。お前と似てるだろ?」
姿が変わるトコとか。
「何処ガ似テオルカ!? 『激情の雷犬』ノ弱点属性ヲ知ラヌ訳デモアルマイ!」
「火だな。知ってる」
そんな遣り取りをしている間にスペルビアに追いついてしまう。
パチパチと蒼電火花を放ちながら雷犬の隣について走るスペルビアは、ジーッと俺と刹那を見上げていたかと思うと、眠そうに目を擦った。
走ってる内に眠くなるってソレ生物として終わってないか……?
「刹那ちゃん、魔法使う?」
「えっ……うん……」
スペルビアの問いに適当に答える刹那に違和感を覚える。
様子がおかしい。いつものような覇気もないし、心此処に在らずって感じか。
「乗るか、スペルビア」
「いい。そのもふもふ、近づくと髪とか顔とかパチパチする」
電気使い同士で、何か及ぼしあったりするのだろうか。
「シイナ、み、見えたわよ……」
すっかり大人しくなった刹那――理由がわからないと言うのが一番怖い――が振り向きもせずに前方を指差してそう言う。
見ると、いくつか連なって見える岩山の向こう側に巨大な何かが蠢いている。
あれがニャルラトホテプ、とかいうヤツなのだろう。
「くてぐあ、にゃるらてぷにぶつける?」
未だに真っ当に言うことができないらしいスペルビアが、首を傾げて聞いてくる。
「そうすればいいってことなのかな……。アンダーヒルの言ってたことを整理すると。天敵らしいからな」
どういう理屈で天敵なのかはわからないが、アンダーヒルが言うからには間違いはないんだろう。
後ろのクトゥグアは、今のところただ猛進しているだけだ。誘い込んでぶつけるなら、この期を逃す手はない。
「私、先行く。にゃるらてぷ見たい」
どんな理由だ、とも思ったが、下手に別れるよりはマシか、と頷いて返すと途端に加速したスペルビアは輝きを纏った残光を散らして先へ走っていく。
それにしても雷霆精って単独飛行性能といい【閃脚万雷】といい、腕力高い割に機動性に優れてるってチート過ぎないか?
スペルビアの場合、武器に巨鎚を選んでるのがかなり大きいけど。
背後から少しずつ近づいてくる熱気の塊の気配に振り返ると、ヤマアラシのようだったクトゥグアは大きく姿を変え、元の燃え盛る炎の形を取り戻していた。
後方に炎塵を散らしながら、小さな爆発をいくつも起こしている。
そしてその爆発で周囲に散った炎塵は、集約し再び炎の吸血鬼を生み出した。
パチパチッ。
爆ぜるように周囲に火の粉を散らし、パチンッと姿が変わった。火の塊から――紅い稲妻の姿に。
ギュンッ。
「いっ!?」
瞬く間に空中を駆けた炎の吸血鬼は前に回り込んできた。しかし雷犬状態のレナはわずかに軌道をずらし、
「掴まれ、我が主人、刹那殿!」
低くした姿勢のまま、その下を抜ける。
「このまま突っ切るぞ、レナ!」
「御意」




