(31)『戦禍の鬼哭‐ヒトノコエ‐』
「こんなもんどうやって倒せってのよ!」
クトゥグアを間近に捉えた刹那が、強い熱気に照りつけられたせいか後退りながら悪態をつく。
全身炎そのものの高熱源体。
近づくだけで皮膚は焼け、こうして離れていても手にする武器が少しずつ熱を帯びてきているのがわかる。
「刹那ちゃん、落ち着く」
「アンタは落ち着きすぎなのよ、バカッ」
いきなり怒鳴られたスペルビアが不服そうに唇を尖らせてクトゥグアに向き直る。
「近づけないなら近づかないでやるしかないだろ。お前ら中・遠距離武器何が使えたっけ?」
「短剣」
「巨鎚」
「まともな答えはないのかよ……」
「投げればいいのよ」
「叩けばいい」
「スペルビアの方はワケがわからん」
明らかに強そうなボスを前に馬鹿な遣り取りをできるくらい修羅場に慣れたのか、と思っていると、ボボボッとクトゥグアの表面が連なって爆ぜた。
「来るわよ」
刹那の警告に俺もスペルビアも身構えた途端、クトゥグアがブルブルと小刻みに震え出し――ボンッ!!!
クトゥグアが爆発した。
周囲に火の粉や炎塵が舞い、一陣の熱風に思わず顔をかばう。
パチパチッ。
(何の音だ……?)
十字にクロスさせた腕の下から、炎塊に再び焦点を合わせる。
(ゲッ……)
思わずげんなりした。
今の連鎖小爆発で生み出された炎塵が幾つかの塊に集約され、自律してくるくるとクトゥグアの周りを周回していた。
ボスモンスターと類似した性質を持ち、戦闘に参加する小型モンスターを追従個体と呼んでいるが、神話など元ネタがある敵ほどオプションは強力な傾向があるのだ。
「シイナ、刹那、スペルビア」
突然、耳元でアンダーヒルの声が響いた。刹那が一瞬振り返ったのを見るに、彼女にも聞こえたのだろう。
「【音鏡装置】による疑似通信です。気をつけてください。それは『炎の吸血鬼』です」
見てるのかよ。
アンダーヒルの通信はまだ続く。
「クトゥグアの配下と呼ばれる炎の精ですが、あるいは紅い稲妻としての姿も持っている可能性がありますので麻痺に注意して下さい。極力オプションを排除しつつ、ニャルラトホテプの方へ誘導を」
坦々と響くその声には、たまに寒気すら覚えるね。
「それとこれはシイナにですが、手短にこれだけ伝えておきます。……あなたが【0】によって最初に無効化したユニークスキルは何でしたか?」
最初に無効化したユニークスキル……?
【0】を手に入れてからのことを一抹思い出そうとした瞬間、目の前の懸案事項が動いた。
轟ッ! と酸素を吸い込むような音と共にクトゥグアの正面から水平方向に噴き出した火炎旋風がスペルビア、刹那を爆風だけで薙ぎ払い、俺に向かって迫ってくる。
俺は反射的に群影刀を引き抜き、鬼刃抜刀によってその炎の竜巻と形容すべきブレスを切り裂いていた。
しかしその直後、断ち切れなかった火炎放射と熱風が肌を炙る。
「シイナ!」
刹那の叫び声が炎壁の向こうから聞こえ、その瞬間赤だかオレンジだかわからない炎のスクリーンが反対側から切り裂かれた。
刹那だ。
「無茶してんじゃないわよ、バカッ!」
「悪い。サンキュ」
礼を言いつつ、左手で刹那の肩を掴んでわずかに位置をズラしつつ、彼女の背後に迫っていた炎の吸血鬼に鬼刃のままで一太刀浴びせる。
「あっ……れ、礼は言わないわよッ!」
うん、期待はしてなかった。
苦笑しつつ、向かってくる炎の吸血鬼に、鬼刃を解除して斬りつけた。
(ッ……やっぱりか……)
炎の吸血鬼は魔力補助無しの群影刀を――物理刃を素通りした。
ギリギリで突進を躱し、振り返られる前に鬼刃で真っ二つに裂く。しかし、簡単に斬れた炎片は吸い込まれるようにクトゥグアの元に向かい、近づくと再び元の大きさに集約された。
間違いなく魔物に分類されるだろう炎の吸血鬼は、何度細切れに斬り刻んでもライフさえ残っていれば復活するのだ。
「コイツら、物理ダメージ通らないぞ!」
オプションが通らないなら、本体も同じ性質の可能性が高い。それを危惧して警告すると、スペルビアは巨鎚を構え直し、刹那は手にしていた【フェンリルファング・ダガー】と【サバイバル・クッカー】を地面に投げ捨てた。
「シイナ、スペルビア、時間稼いで!」
仕方なく武器を変えるのだろう。
刹那の要請にこくりとうなずいたスペルビアは、パチンッと瞬きをして目を開いた。
「雷霆精能力【閃脚万雷】!」
雷鳴がその場に轟き、スペルビアの残像がゆっくりと消えていく。
バチッ、バチンッと音がする度に攻撃を受けたらしい炎の吸血鬼が次々と砕け、本体に吸い込まれるように帰っていき、復活する。
ブンッとノイズを散らして急停止し、走り幅跳びの後のような体勢で現れたスペルビアは、おもむろに巨鎚を上段に振り上げる。
「これの名前、【戦禍の鬼哭】、届く時は、届くもの。それでも届かないなら――」
力強く呟かれるスペルビアの言葉と共に巨鎚をうっすらと魔力の膜を帯び――ググググッ。
これを見るのは三度目か。
「――届かせればいい。膨れ上がった人の声、ほら、もう手がつけられない」
意味ありげなことを言った全開きのスペルビアは、人間には扱えないほどに巨大化し、柄が伸びた巨鎚を、
「【機構変動・巨鎚】、パワー・ギガ」
【閃脚万雷】で加速させた目にも止まらない速さで、生ける炎に叩きつけた。
バチッ!
手を伸ばすかのように変形し、そのとてつもない衝撃に抗う生ける炎とその配下。
巨大な炎塊と巨大な鎚の衝突。
一瞬静止したかのように見えたそのせめぎあいは、次の瞬間には決着がついた。
ドッズゥウウウウウウウウンッ!!!
陥没する岩盤。
轟く地響き。
広がる地割れ。
オプションも本体も何の区別なくまとめて叩き潰した巨鎚は、地面を割り砕きながら静止した。
目視できる敵の体力の表示バーが、ぐんぐん減少していく。
地面と鎚の間からチロチロと覗く炎の筋はいかにも頼りなく、弱々しく見えた。
ちょうどその時までは。
バチバチッ、ボゥンッ!
周囲に火の粉が散り、鎚の下から再び爆ぜる音が聞こえてくる。次の瞬間、まるで焚き火に爆薬でも突っ込んだかのように、噴き出す炎が勢いを増した。
「ッ!?」
スペルビアが【戦禍の鬼哭】を持ち上げようとした時、巨鎚が飴細工のように溶けた。
それで負担がなくなったからか、力を込めていたスペルビアが後ろ向きにひっくり返る。
「???」
状況が掴めていないのか、目を白黒させながら身体を起こしたスペルビアを後目に、残っていた塊まで溶けた巨鎚の形は崩れ、その中からまるでこたえていない様子の炎の塊が這い出してくる。
気がつくと、四分の一も削れていない内にライフの減少も止まっていた。
「マジかよ……」




