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FreiheitOnline‐フライハイトオンライン‐  作者: 立花詩歌
第五章『0と零―無効の能力―』
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(28)『これは…………いいのか?』

「ちょっとシイナ、スペルビアはナニ考えてんのよっ……!」


 小声で怒鳴ってくる刹那に「たぶん何も考えてないんだよ……!」と返している間にも、スペルビアと魑魅魍魎(チミモウリョウ)の遣り取りは続いている。


「ドクター、今一人?」

『うん、みんな忙しいみたいだねェ。もしかしたら僕の人望のせいかも、なんちゃって。あははははっ♪』

「たぶん後者」

『冗談だよ!?』

「え?」

『可愛い(かし)げボイスに僕のガラスのハートはボロボロだよゥ……』


 通信回線の向こうから、本当にすすり泣く声が聞こえてくる。

 スペルビアは本気で冗談(?)が通じていないようで、通信ウィンドウから顔を上げて、俺と刹那に疑問顔で首を傾げる。

 刹那に肘でつつかれ、気にするな、と俺が口パクで伝えると、スペルビアは少し躊躇いながらもこくんと頷いた。


『……それでわざわざ僕に繋いできたってことは何か用があるんでしょォ?』

「うん。今日はルビア、ドクターに教えて欲しいことがあるの」


 その喋り方はわざとなのか……?


『何をかなァ、ワクワク♪ 僕が知ってることなら保健体育の実技から男女の夜の営みまでたっぷり教えてあげるよゥ!』


 範囲が狭すぎる。

 いきなりテンションが最高潮に達した魑魅魍魎の生き生きとした声が嫌でも耳に入ってきて鬱陶しい。

 見ると、アンダーヒル・アプリコット・トドロキさん・刹那・リコ――つまり魑魅魍魎のことを少なからず知っている面々が揃いも揃ってこめかみを押さえている。


「………………」


 スペルビア自身には特に悪意があるワケではない様子だが、どう反応していいのか迷っている時間が奇跡的に無言の圧力を生み出していた。


『ごめんなさい、お願いだから黙らないで。クールっ娘同士でシャドウちゃんと通じるのはわかるけど、僕とコミュニケーションとろうよ、ルビアちゃん! じゃないとルビアちゃんの装備とインナー、遠隔操作(リモートコントロール)で消しちゃうよ! 言っとくけど僕にかかれば簡単なことなんだからねェ! ホントだよゥ!』

「………………」

『本気でごめんなさい……』


 徹底的な無視に屈した魑魅魍魎の声はただただ果てしなく情けなかった。


「……ドクター、塔の三百五十三層知ってる?」

『んんー? 確かクトゥルー神話が元ネタのトコだったかなァ。徘徊型ボスは上層部では珍しいからねェ。よく憶えてるよォ』

「どうやって見つければいいの?」

『んン? あァ、簡単だよォ。えっとねェ。ルビアちゃんはモンスター調教(テイム)強制従属(コントロール)できるお友達がいるかなァ?』

「ドクターと……クロノス」

『イヤイヤ、僕のはただの不正操作(ハッキング)だし、クロちゃんはそんなことできないよ……? まぁここまで言えばわかるよねェ。徘徊型には呼び出せる個体と呼び出せない個体がある。そこの()()は呼び出せるボスだから、夜鬼(ナイトゴーント)調教(テイム)するか強制従属(コントロール)して雄叫び(コール)させればいいんだよネ』


 そんな攻略法を簡単に教えるのかよ、あの変態。馬鹿じゃないのか?


(これは…………いいのか?)


 少なくともよくはない気がする。

 スペルビアが損得交渉が苦手なのはわかっているものの、ラスボスの一派から情報収集するなんて普通考えない。


「ありがと、ドクター」

『お礼を言う時くらい恥じらったり声を弾ませたりしてくれないものかなァ……。いや、それよりもっと報酬があってもいいと思うんだけどネ?』

「ほっぺにちゅー?」

『してくれるの!?』

「お礼。いいよ」


 正気を疑うような狂喜乱舞の歓声が回線を通して聞こえてくる。


「スペルビア、大丈夫なの?」


 無声音でそう訊くと、スペルビアは軽い調子で頷いた。


『媚薬を塗っておけばそのままハッピーエンドいけるかも……』

「スペルビア……大丈夫なの……?」


 聞こえてくる怪しい独り言にウィンドウを指差し、再び無声音で訊くと、


「…………ドクター」


 少し溜めるようにそう言ったスペルビアは喉に手を当てて、


「『相変わらずのド変態だよね、魑魅魍魎。それはキャラ作りの一貫かな?』」


 誰かの声でそう言った。

 変声術(ボイスチェンジ)。スペルビアの特技のようだが、少なくとも俺にはまったく聞き覚えのない声だった。


『ティアちゃん!? ルビアちゃん、今ティアちゃんと一緒なの!?』

「『はろはろ元気かな、魑魅魍魎』お姉ちゃん、今私が話し『人の妹にセクハラしてると、今から殺しにいっちゃうぞ?』」


 巧妙に声色を使い分け、あたかも二人いるように話を続けるスペルビア。

 使い分けた誰かの声で“人の妹”と言っているということは、あの声の本当の持ち主はスペルビアの実姉なのだろうか。


『いやあははははは、セクハラなんてまさかァ…………ただの愛情表現だよ』

「『何だこの気持ち悪い悪性新生物、めんどくさいし通信切っちゃおうかな』」

『ちょっとティアちゃん!? また思考が駄々漏れになって――』


 途中で通信を切ったスペルビアは、途端に静かになったその場の空気を破るように、背負っていた巨鎚(ギガント)の柄を掴み――ドガッ!

 抜き様に地面に叩きつけた。


「【大地散衝(ガイアズ・ソング)】」


 巨鎚(ギガント)の起こした微震動が足元を揺らし、大地を伝って広がっていく。


「これで近くの夜鬼(ナイトゴーント)が来る」


 魑魅魍魎との遣り取りで疲れが出たのか、スペルビアは眠そうに目を擦りながらそう言うと、ふらっと俺に寄り掛かってきた。

 しかし「ん、ゴメン……」と呟き、巨鎚(ギガント)を杖のようにして自力で立とうとする。俺が仕方なくその肩を抱き寄せて支えてやると、スペルビアも腕に縋りつくようにしがみついてきた。何故かいちごちゃんだけでなく、刹那や椎乃までもが途端うるさくなったが。


「さっきのティアってのは……?」

「[イネルティア]、私のお姉ちゃん。魑魅魍魎と顔見知り。それだけ」


 スペルビアは平坦な声で“それだけ”言って、唇を尖らせて黙り込んだ。


(何か事情があるのか……少なくとも≪道化の王冠(クラウン・クラウン)≫ってワケじゃなさそうだな)


 そちらもかなり気になるが、むしろ今気にするべきはこのフィールドのことか。

 その時、タイミングがいいのか悪いのか、陰に隠れていた岩山の上に一匹の夜鬼(ナイトゴーント)が降り立った。


 ギィ……。

 飛んで火にいる、とばかりにニヤリと笑う刹那・アプリコット・トドロキさん・リコのバトルマニア四人の不穏な空気を感じたのか、夜鬼(ナイトゴーント)は短く呻き、激しくたじろいだ。


「ご愁傷さま……です」


 夜鬼(ナイトゴーント)の凄惨な悲鳴が響いた。

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