(27)『でんじゃー』
今日の見どころはスペルビア!
「それでこのフィールドのボスモンスターのことですが――」
最前線フィールド『異形の邪神界域』に入った途端、パーティを呼び止めたアンダーヒルはそう切り出した。
「囮を使う方法があります」
「オトリ?」
刹那が真っ先に聞き返すと、アンダーヒルはこくりと無言で頷いた。
「この囮役が可能なのは、シイナ・シン・レナ・スリーカーズ・リコ、この五名に加え、私にも可能です。例外的にアプリコットでも可能ですが、基本的に割に合わないので現状優先度は低いです」
名前を呼ばれた六人は顔を見合わせ、それ以外の面々も表情に疑問色を示す。
「アンダーヒル、よもや……」
リュウが何かに気がついたように呟くと、アンダーヒルはそっちを振り向いて再び無言で頷いた。
「結局どういうことなの、リュウ」
蚊帳の外で話が進められてることに苛立ったのか、刹那が少し不機嫌そうな声色で宣う。
「あぁ、ここにいる夜鬼だが。プレイヤーを足止めして雄叫びで上位モンスターを呼ぶらしくてな。それを利用してボスがかかるのを待とうとつまりそういうことなんだろう、アンダーヒル」
「はい。この作戦で囮役のLP全損はほぼありえませんが、相当苦しいです。直後のボス戦に参加できない可能性もありますので私が請け負っても構いません」
「ちょっと待ちなさいよ。そもそもなんでその六人なの? 耐久なら私やリュウだって得意分野よ」
刹那の言う通り、リュウは体力・防御率を加味した耐久力は≪アルカナクラウン≫トップだし、刹那自体【サバイバル・クッカー】の付加スキル【自然怪復】のおかげで結果的に耐久性が向上しているのだ。基本的に攻撃一辺倒の俺やシンよりよほど耐久戦に向いている。
「どうしてもというならあなたに任せても構いませんが、やめておいた方がいいと思いますよ、刹那」
「何でよッ」
刹那がアンダーヒルに詰め寄ろうとするところをリュウとミストルティンが後ろからその両肩を引いて止める。
「夜鬼の足止めというのは『くすぐり』のことなんですよ」
耳元でミストルティンがそう囁くと、刹那の表情が凍りついた。同時に数人から「くすぐり?」と疑問の声が上がる。
かくいう俺も、
(それのどこが足止めになるんだ?)
との疑問を拭えない。
しかしリュウは真面目な顔で顔面蒼白の刹那の左側に回り、
「お前だけはやめとけ、刹那。この中で一番くすぐりに弱いのは間違いなくお前だ」
とポンポン肩を叩きながら忠告する。
刹那が珍しく素直にこくこくと頷いている間に、あまり深刻に捉えていない周囲の反応が不服そうに見回したアンダーヒルは一周回って俺と目が合ったところでピタリと動きを止め、必殺必至の無感情正視線を極めてくる。
無言の圧力とはかくも恐ろしいものがあり、緊張感の終極限界で見事に折れる。
「えっと……何か?」
「あなたの反応が気になったので」
なんで俺だけ、とは言うまい。
「あなたはクトゥルー神話の知識があると認識していたのですが」
「何処からそんな認識!?」
「リュウがあなたから『ティンダロスの猟犬』のことを聞いた、と言っていたものですから。違うのですか?」
漆黒の瞳が俺を見上げる。
「異形犬だけね。ほら、一応犬関係だから、バスカーヴィルのデータベースに載ってたの」
チラッといちごちゃんの方を見つつ、アンダーヒルにそう返す。
いっそのこと話してしまえば楽なのだが、彼女には特に打ち明けにくい。女として慕ってくれてるだけに、という内容には未だに疑問を禁じ得ないのだが。
閑話休題。
「大体のことはスペルビアから聞いてんけど、要するに今名前挙げたんはいざっちゅう時に自力で離脱できるからか?」
トドロキさんの質問にアンダーヒルがまたまた頷く。
確かに言われてみれば、俺とアンダーヒルは【魔犬召喚術式】と【影魔の掌握】によって召喚獣を使うことができ、シンは【凶刃日記】で自律刀剣を操ることができる。
【神出鬼没】で直接離脱できるトドロキさんや、【潜在一遇】で地中抜けられるリコはもっと確実だ。
アプリコットに関しては【人形なれど傀儡に非ず】のことを言っているのだろう。クラエスの森の≪シャルフ・フリューゲル≫まで戻っていては、効率が悪すぎる。
「効率が悪すぎる」
「ん?」
考えていたことと同じ声が聞こえて振り返ると、ぱちぱちと目を瞬かせて眠気を飛ばそうとしているらしいスペルビアが後ろに立っていた。何故か後ろから抱きつくように首に腕を回す椎乃も一緒だが。
「兄ちゃん、ルビアちゃんが何か言ってるよ~」
「いや、わかってるから……」
椎乃のヤツ、昨晩以来スペルビアがいたくお気に入りだな。
「詩音、暑い」
「ルビアちゃんはあったかいよ!」
「眠くなる……」
「ルビアちゃん、可愛い!」
普段コミュニケーション能力に乏しいのはスペルビアの方なのだが、今回会話の周波数が合わないのは間違いなく準猫に木天蓼状態の椎乃のせいだろう。
「スペルビア、今さっき効率が悪いって言ったか?」
とりあえず椎乃を引き剥がしてそう訊ねると、スペルビアはうにゅうにゅと丸めた手で目の辺りをこすりながら、
「言った」
と短くそれだけ言って、あくびをする。
どうして人よりよほど寝てるのにこんな眠そうなんだよ……。
「もっと効率のいい方法でもあるのか?」
「簡単。既知」
誰かスペルビア語の辞書をくれないか。
「信じてない?」
「何をですか」
「私の力」
そう言ってぎゅっと手を握る。
「見せる」
「主語をつけろ」
「私の力」
「ループしてるぞ」
スペルビアはおもむろにメニューウィンドウを開くと、何やら操作し始める。
他のパーティメンバーもスペルビアの挙動に気づいたのか、いくつもの視線が交錯し、最終的にスペルビアに注がれ――音声通信のコール音が鳴り始めた。
「誰に繋いでんの?」
刹那が後ろから小声で訊ねてくるが、わからない俺には答えようがない。
そして通信接続の完了を示す電子音が鳴り、向こうから聞こえてきたのは、
『ルビアちゃん、今何処にいるのか教えてくれたら、お兄ちゃん仕事放り出して今すぐ会いに行ってあげるよォ!』
待て。この声って……。
「や」
『1文字で否定しないでッ!』
「ドクター、はろはろ」
平坦な声で今の遣り取りがなかったかのように返すスペルビアには、一抹の悪意も感じられない。
『ところで今何してるのかなァ?』
「ドクターには内緒」
『参考までにどうして教えてくれないのか聞いてもいいかなァ……』
「ドクター、変態、でんじゃー」
『くはァ!』
間違いなくドクター、こと魑魅魍魎だった。




