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FreiheitOnline‐フライハイトオンライン‐  作者: 立花詩歌
第五章『0と零―無効の能力―』
202/351

(25)『何があった……!』

 翌朝目を覚ますと、隣で首まで布団を被ったアプリコットがすやすやと気持ち良さそうに眠っている()()をしていた。


「お前、朝、俺のベッドに侵入すんの習慣にしようとしてないか……?」

「いえ、慣習にしようとしてます」

「そんなもん後世に伝えんな」

「あんなことやこんなこともした仲じゃないですか♪」

「お前となんか誰がするか」

「あれ? 今ナニを想像したんですか? ボクが言ったのはもっと健全(プラトニック)な友情物語ですよ? 一時(いっとき)の対立、己の尊厳を賭けた喧嘩、涙ながらの仲違い、死闘の末の決別」

「黙れ、歩くプラスチック爆弾。何だかんだ全部、敵対行動じゃねえか」

「昔の仲間がラスボスに!」

「リアルタイム過ぎて洒落にならねえからやめろよ!?」


 さすがに鬱陶しくなってベッドから蹴り出すと、毛布にくるまったまま床に落ちたアプリコットは芋虫状態になる。そしてこっちに唇を突き出し、


「エクセル・ストリングス!」

「そのネタがわかる奴がいるのか……?」


 確かに幼虫で繋がってるけど。


「ほら、布団返せ」


 ベッドから降りて反対側に回り、芋虫のまま床を少しずつ這って出口に進もうとするアプリコットに手を差し出す。


「ふっふっふっ。奪えるものなら力ずくで奪ってみてくださいよ!」


 何だ……? 

 今日はやけにテンションが高いな。

 俺が仕方なくアプリコット巻きの布団に手をかけると、アプリコットはフッと不敵な笑みを浮かべた。


「いいんですか? もしかしたらこの中はインナー姿かもしれませんよ? 乙女の絹肌を晒せる覚悟が、ってきゃあっ!」


 思いっきり引き抜いた。


「お前が『きゃあっ』なんて普通の悲鳴をあげるとは……世も末だな」


 やれやれとあからさまに首を振って見せて、改めてアプリコットを見下ろすと――思わず取ったばかりの布団を取り落とした。


「ホ、ホントにやるなんて思ってもみなくてビックリしたんですよ!」


 コイツ真性のアホなのか!? と叫びたくなる自分を抑え、布団を投げつける。


「……どうしたんですか、シイナ? ……ははぁん♪」


 今ドキそんな台詞吐くヤツはいないだろう、という台詞を口にするアプリコットはくすくすと含み笑いを漏らす。


「【裸ワイシャツ】くらいでそんな反応じゃ、先が思いやられますよシイナ♪」

「どんな先だ、バカ野郎」

「さて、シイナをからかうのはこの辺で。次はシンでもからかってきますね~♪」


 布団を身体に巻いたまま、サッと立ち上がって何故か敬礼したアプリコットは「【白ビキニ】と【拘束装・黒衣シュヴァルツ・フェッセルン】ではどっちが萌えるんですかね……」などと呟きながら何事もなかったかのように部屋を出ていった。


(何がしたかったんだよ……)


 朝から面倒なヤツに絡まれたせいで無駄に体力を使った気がする、とさりげなく現実逃避しつつ、部屋の隅に目を遣る。

 そこにある少し小さめのベッドで寄り添うように寝ているのはリコとサジテールだ。

 今俺が使っているベッドに寝ればいいと言ったのだが、リコもサジテールも「主より立派な寝具などありえん」や「私たちアンドロイドだって狭い方が落ち着くこともあるんだよ」と拒否。

 普段は基本的に仲が悪いくせに、寝ている間は完全に仲のいい姉妹そのものだ。

 二人の起動ウィンドウを閉じ、テーブルの上に置いてある【群影刀(ぐんようとう)バスカーヴィル】と【大罪魔銃(エヴァグリオス)レヴィアタン】だけを背中と太ももの帯銃帯(ホルスター)にそれぞれ装着し、二人を起こさないよう部屋を出る。


(昨日は大変な騒ぎだったな……)


 武器を持った時に気づいたいつもの【フェンリルテイル】一式を見て、改めて思い苦笑する。

 気が利いているのかいないのか、零時を過ぎてから寝ると姿が戻るらしく(もちろんそれがわかったのはスペルビアが真っ先に寝始めたからだ。その時、青かった髪は黒髪ではなく天雷人(ギガボルト)らしい金髪に戻っていて、しばらくして目を覚ました彼女は「また染めなきゃ……」と怒っていた)、夜中までリュウとシン、そして椎乃に付き合わされ、寝たのはほんの三~四時間前だ。


(レナは……)


 【群影刀(バスカーヴィル)】に意識を集中すると、部下(バスカーヴィル)に囲まれて眠るレナのイメージが浮かんでくる。これも所有者(オーナー)とNPCは繋がっていて、なんとなく相手の状態がわかるのと同じ理屈だ。

 ロビーに出ると、最初に目に入ったのは椎乃のメイド服姿だった。


「あ、兄ちゃんおはよー」

「おう、寝れたか?」

「うん、ばっちし♪」

「そっかー」


 箒とちりとりを持って他のメイドたちと昨夜の後片付けをしているらしい椎乃の脇をすり抜け、とりあえず座りたいな、と思い、カウンター席に座る。

 カウンターの中には同じくメイド服姿のネアちゃんが、カウンター下でごそごそ何か作業をしている。おそらく積まれたままになっていた各種食器を洗浄器(という名の回収専用ボックス)に入れているのだろう。


「あ……お、おはようございます、シイナさん……」


 こっちに気づいたネアちゃんがわざわざ立ち上がり、ペコリと頭を下げた。


「うん、おはよう。よく眠れた?」

「えと……ちょっとだけ眠いです」

「無理して手伝わなくてもいいのに。メイドもいるんだし」

「あ、いえ。いつも任せっきりなので……。私は大丈夫です」


 ≪アルカナクラウン≫随一の良心であり、常識人のネアちゃんからすれば、手伝わずにはいられないのだろう。

 任せきりと言ってはいるが、時折手伝っているのを俺は知っている。

 ネアちゃんに感心していると、わざわざ冷たい水も出してくれた。

 それをすぐに飲み干し一息つくと、俺はカウンターテーブルに突っ伏した。


(何があった……!)


 今までなんとか現実逃避できないかと引っ張ってきてみたが、無理なようだ。


(なぜメイド服……!)


 思わず口元が引き攣るのを伏して隠しながら、チラッとまた椎乃の方を確認する。


「あの……大丈夫ですか、シイナさん」


 不安げなネアちゃんの声が頭上からかけられ、顔を上げる。そこにもメイド姿。

 再び伏して、今度は思わず目を閉じる。

 落ち着け、俺。これは夢だ。

 疲れてるだろうがそろそろ覚醒しろ、と自分に言い聞かせていると、


「ネア、作業終わ……ってナニよシイナ。起きてるならアンタも手伝いなさいよ。アンダーヒルだって手伝ってんのよ?」


 突然、背後から聞こえてきた刹那の声に思わず目を開けて振り返る。


「もう無理だ……っ!」


 メイド服姿の刹那を見た瞬間、夢ではないと悟り、俺は椅子から転げ落ちた。


「ちょ、ちょっと……朝っぱらからナニ挙動不審になってんのよ。バカじゃないの?」


 いつになく優しげな刹那の声が上からかけられ、その手が肩と二の腕を支えるように俺を助け起こしてくれる。


「サンキュ……」

「なんでアンタそんな疲れてんの?」

「どうしてお前らがそんな格好なのかな、と……」

「え? ああ……ま、たまには可愛いでしょ。なんとなくこっちの方が気分出るし。意味はないけどね」


 少し緊張気味の声色で目を逸らしながらそう言った刹那は靴の爪先でトントンとカーペットの床を叩いた。


「……言い出しっぺは椎乃……詩音だろ」

「よくわかったわね」

「そりゃわかるさ……」


 押しが強くてノリで動くのは中ではコイツぐらいだからな。


「…………アンダーヒルも着てるのか?」


 さっき手伝ってるとかなんとか言ってたような気がしてそう言うと、


「……気になんの?」

「いや、別に気になりませんよ?」


 ホントはあの無表情がメイド服にどんな反応を示すのかが気になるのだが、刹那の目が理不尽な殺気を放っていたため、諦めざるを得なかった。

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