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FreiheitOnline‐フライハイトオンライン‐  作者: 立花詩歌
第五章『0と零―無効の能力―』
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(20)『お疲れちゃーん』

「――というわけです」

「うん、とりあえずお前らそこに正座して、刹那の説教を受けような」


 辺りが少しずつ薄暗くなってきた頃、アプリコットとトドロキさん不在の≪アルカナクラウン≫ギルドハウス二階ロビーで、少し遅れて戻ってきた椎乃からドヤ顔の事情報告を受けた直後、俺はカーペットの床を示す。


「ちょっとシイナ、なんで私なのよ」


 背後の丸テーブルの方から聞こえる不機嫌そうな声に振り返ると、さっきまで髪先をいじりながら何故かそわそわしていた大人しい虎もとい刹那が、今度は射殺すがごとくの鷹のような殺気を纏った目付きで睨み付けてくる。七変化は狐か狸の専売特許だろ。

 しかし俺の頭は何を思ったのか、そのまま軽妙な調子で口を滑らせた。


「そりゃもちろんこの中で一番――」

「アンタも一緒に並びたい?」


 (こえ)ェ……!

 いつものように「遺書書け」と怒鳴るのではなく、笑顔で立てた親指を真下のカーペットに向けて小首を傾げてる辺りに最上級の怒りのオーラを感じる。


「て、適材適所ってヤツだよ」

「だからなんで私が適材で適所なのよ!」


 その剣幕が説教向きといいますか……(言わないけど)。


「何とか言いなさいよ!」


 果てしなく機嫌が悪くなっていく刹那から逃げるようにソファの背もたれに隠れた時、アンダーヒルと目が合った。


(……何か言いたげだな)


 アンダーヒルは正面斜めの三人掛けソファにスペルビアと並んで真ん中に座り、マグカップから緑色の謎の液体を飲んでいる。


「…………」


 無言って最大級の圧力があるよな、などとまた馬鹿なことを思いながら、アンダーヒルに視線を返してやると――パクパク。

 突然無表情のまま無言で口を動かした。


(読唇術か……?)


 まだあまり正確じゃないが、アンダーヒルがことあるごとに読唇させられたりしたので、ある程度は対応できる――のだが、


(……?)


 どうもまともな言葉じゃない。日本語ではないのか、少なくとも俺には意味のない音の羅列にしか見えない。

 読唇術かと思ったのは俺の勘違いだったみたい――


「聞いてんの、シイナ」


 ――だ。


 ごきゅ。

 刹那はあろうことかソファの背もたれを利用してチョークホールドをかけてきた。


(ラ、ライフが……ライフ減るから! ていうかそれ以前に息がっ、息があぁ!)


 と思った途端、刹那はパッと手を離し、上から身を乗り出して俺の顔を覗き込み、口角を上げただけのような不自然な笑みを浮かべて、一言。


「聞いてた?」

「何をでしょう?」


 ごきゅ。

 首に激しい痛みが走る。

 さすが棘付き兵器ホーンテッド・アームズ。触れられたのを感じるよりも早く痛みと痺れで感覚が塗り潰された。

 一部の連中からは『危険姫』とかいうマイナーな愛称(?)で呼ばれてるらしいが、断言しよう。お前ら、Mだろ。

 実際は姫抜きで『危険』だぞ。


「刹那、その辺にしておけ」

「そーそー。そろそろいちごタルトが戻ってくるし、面倒なのは避けたいだろ? まー、僕が止める理由は、後ろでネアちゃんが困ってるからってだけだけど」


 相変わらず止めるのがワンテンポ遅いリュウとシンは二人で丸テーブルを陣取り、俺の淹れてやった熱々のクルスティー(『クルス・クルスク・ククルスク』という茶葉アイテムから作れる紅茶飲料。採ったモンスターのことを考えなければあっさりとした風味で美味)を冷凍魔法でキンキンに冷やし、同じく冷えた炭酸水を突っ込むという感謝の欠片もない所業を経て作られた飲み物を飲んでくつろいでいる。

 少し肌寒い秋の気象設定でそんなもんがよく飲めるな。ハウス内は暖かいが。

 ちなみにミストルティンはいちごちゃんについて≪竜乙女達(ドラグメイデンズ)≫に戻っている。近場とはいえ女の子一人で行かせるわけにはいかないよ、ということらしい。いちごちゃんは最後まで要らないと言っていたが。男だから。

 そんなことをしている間にガチャンッと、大扉の開く音が聞こえてきた。

 椎乃が途端に立ち上がり、タタタッとエントランスホールを望める手すりの付近に駆け寄って、下を覗く。


「スリーカーズさん、アプリコットさん、お疲れちゃーん!」


 相変わらず元気に呼び掛けて手を振っている。さっき聞いた話を聞く限り、結構長い戦闘だったようだが、それにしては元気過ぎやしないか妹よ。

 何はともあれ、(くだん)の二人が無事に帰ってきたみたいだな。無傷では済んでないにしても。


「「さて俺(僕)たちは地下(した)戦闘訓練(CT)でもしてくるか」」

「捕らえろ、スペルビア」

「らじゃ」


 面倒事(アプリコット)から逃げようとしたリュウとシンは、眠そうな顔で巨鎚(ギガント)を振りかざす追っ手(スペルビア)から逃れるべく手の中のグラスを背後に放り出した。


「うぶぇ」


 残っていた炭酸クルスティーが宙を舞うグラスからこぼれ、そのテの警戒をしていなかったスペルビアの顔面を直撃した。

 ガクンへなへな~とスペルビアが崩れ落ちている間に、リュウとシンはロビーから素早く逃げ去った。


「ったく……うちの男共ときたら酷いことしかしないわね」


 へたりこんで髪や両袖からポタポタと薄紅色のクルスティーを滴らせ、炭酸が目に入ったのか目をこすっているスペルビアに駆け寄った刹那は、しゃがみこんで何事か言い含めている。

 たぶんリュウかシンの処遇を『雑用事務』と『半殺し』のどちらにするかとかそんなところだろう。刹那だし。

 頼んどいてあれだけど、俺はあそこには行けないな。スペルビアの着ている中華衣装、生地薄過ぎて、透けて肌色見えてるし。


「もしもし刹那さん。その中には俺も含まれているんですよね」

「え? ……うん」


 かなり複雑な気分だ。


「ぅくしゅっ」


 スペルビアがくしゃみをする。

 こうして見ると完全に子供だな。短気で雑で理不尽な刹那でさえ少しお姉さんに見えるぞ。少しだけ。


「風邪をひくことはないけど、お風呂で暖まってきた方がいいかもね。どうせそれも洗い流さなきゃいけないんだし」


 刹那が「ついでにアイツら断罪し(シメ)てくるわ」と言ってスペルビアとロビーを出ていくと、ほぼ同じタイミングでトドロキさんとアプリコットがやってきた。

 一度整理すると、今ロビーにいるのは俺と椎乃・アンダーヒル・ネアちゃん・アルト。そしてトドロキさんとアプリコットの二人にカウンターの中でグラスを磨くメイドの射音(シャオン)の計八名である。

 レナは召喚を解除してあり、リコはサジテールが帰ってくるなり誘って何処かに行ってしまったのだ。


「シイナ、もうコイツの手綱ずっと握っててくれへんかな?」


 大層疲れた様子のトドロキさんはそう言うと、ふらふらとテーブルの脇をすり抜け、突っ伏すようにカウンター席に腰を下ろし、『ハッシュドライバー!』と射音(シャオン)に注文をつけている。


「俺はコイツの保護者じゃないです」


 そう言って俺が指差す先には、何故かノリノリでカーペットの上に正座し、両手をついて深く土下座している。それはそれで本来珍しい光景ではあるのだが、アプリコットの場合は頻繁に見る。

 プライドは高いくせに『自分がどんな状況で何をしようが自分の方が上であることに変わりはない』というワケのわからない変人思考を持ち、このテのパフォーマンスに躊躇いはまったくない。


「ほらほらスリーカーズ。迷惑と心配かけたんですから。謝罪を誠意で示さないと友達無くしますよー♪」


 頭を上げ、屈託のない(ように見える)笑顔でトドロキさんにおいでおいでするアプリコット。


「普段のジブンの、何処に誠意があるっちゅうねん」

「誠意って言うぐらいだから、心の片隅にでも置いてあるんじゃないですか?」


 首を傾げるな、首を。

 アプリコットがあっさりと立ち上がりカウンター席に歩み寄ると、トドロキさんは再びカウンター席に突っ伏した。


 トントン。

 後ろから肩をつつかれて振り返ると、ソファの背もたれに頬杖ついたアルトが、澄ました顔で騒いでいる二人アプリコットとトドロキさんを横目に、


「アイツら、っていうかこのギルドって、ずっとこんな感じなのか?」


 囁くようにそう訊いてきた。


「こんな感じ? 大体はアプリコットがトラブルメイカーだけどな」

「あ、いや……そうじゃなくて。あー、なんつうか……お前ら、こんな状況になってんのにみんな平気そうじゃん」

「ああ、そのことか」


 思いがけない言葉に苦笑する。


「笑い事じゃねえだろ」


 その時、俺とアルトが何かを話しているのに気づいたのか椎乃が歩み寄ってきた。


「何話してるのー?」

「……何でもねえよ」


 少し声のトーンを落としてそう言ったアルトは、


「後でな」


 と囁くように言い残して、一階に降りる階段に向かって歩き出す。


「あれ? 待ってよ、アルト」


 椎乃は、首を傾げつつその後を追って、一緒に階段を降りていった。


「何だったんだ……?」


 後で、っていつの話なんだろうか。

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