(15)『笑ってやる』
「アルト!」
背後に陣取って戦っているだろうアルトに合図する。その途端に正面から飛びかかってきたティンダロスの猟犬の鋭い舌を紙一重で躱しつつその真下に飛び込み、
「てええぇぇぇぇっ!」
右腕でその下顎を強かに上向きで打ち抜く。
ヒットの瞬間、身体中を覆っているヨダレだか体液だかよくわからない謎の粘液の感触が手甲越しに伝わって総毛立つ。
そして、そんな私の頭上で仰け反るように浮いた異形犬は――ズバァッ!!!
首を撥ねられ、残りわずかまで減っていたライフを全損し、ズベチャッと生々しい音を立てて地に落ちた。
そしてその首を一撃で撥ねた飛び道具、アルトの操る鎖鎌――小型戦鎌に長いチェーンをつけ、中距離にまで攻撃範囲を広げた武器。扱いが難しいため上級者向け――が瞬く間に手元に戻っていく。
「ナイス、アルト!」
ビシッ、と惜しみない賞賛をアルトに送り、すぐに近場の異形犬に向き直る。
そして深く戦略も立てないままに不覚戦術を仕掛ける。常に楽観主義で動いて、相手が動きを決める前に即行の速攻で強気に攻める。
それが私、『超近接舞姫』詩音の、隠す気のない真骨頂なんだから。
「人はそういうのを天才って言うんだよ、詩音」
「アルト、うっさいっ。【死竜拳】!」
正拳から軌道を変えての打ち下ろしを異形犬の眉間に見舞い、地面にそれを叩きつける。
コイツらみたいな魔獣はライフが残ってる限り、首を斬っても死なないから厄介だ。
その時、スキル技の影響でわずかに姿勢が低くなったその上をまた鎖鎌が通り抜け、テル姉が金属矢二連射でライフを削っていた異形犬の舌を下顎もろともに斬り落とす。
「アルト、そっち行きましたよ」
死角からアプリコットさんの声が聞こえてくる。直後、ズバアァッと片刃腕輪で肉を裂く嫌な音が響き渡った。
「アルト、後ろも危ないで」
「くそっ……!」
ズバアァッ。
「……ってなんであたしのとこばっかり多いんだよ!」
「「好かれてるん(とちゃう?)じゃないですか?」」
テル姉の言った通り強さ自体は大したことがないからか、スリーカーズさんとアプリコットさんの声には余裕があった。
「あはは。人気者だね、アルト。よかった――じゃんッ!」
ゴッ!
思いっきり殴り付けた異形犬が他の個体にぶつかり、重なって地面を転がる。
「こんな連中に好かれても迷惑だっての。にしても気味悪いな、コイツら。どんだけ痛めつけても一回も鳴かねえし、なぁっ!」
ズバァッ! とまた嫌な音が聞こえ――ズシャッ。
足元に首だけになった異形犬が転がってきた。
「うきゃあっ!」
思わず飛び退く。
「あ、わりィ」
振り返るとちょうどその時、アルトがかなり適当に謝ってきた。
「わりィじゃないよ! グロテスクだよ! 心臓が止まったよ!」
「止まったのか……?」
「人の言い間違いにボソッとツッコまなくていいのーっ。【曲連蹴撃】! っしょッ……お前は私の兄ちゃんかーッ」
「お前の兄貴になると必ずツッコミキャラ確定なのか……? 恐ろしい家庭だな」
「そういうのはいいってば! たまには言い間違えくらいあるもん! 【爆砕拳交撃】!」
「お前はたまじゃないだろが」
(……うぅ、口では勝てないかっ)
アルトの後ろに兄ちゃんが見えるよぅ……。誰か慰めてくれる人――私だけの味方はいないのかーっ。
そんな遣り取りの間にも、私は金属拳とスキル技で、アルトは片刃腕輪と鎖鎌で、飛びかかって牙や舌や爪で攻撃してくる異形犬たちを迎え討つ。
何気なくアプリコットさんに目をやると、まさしく『解体中』だった。
「第二位は派手だよね。首チョンパどころじゃないよ、あれ」
私の視線を辿ったらしいテル姉が、騎馬を解除して私と背中合わせに囁いてくる。
見ればわかる。片刃腕輪の扱いがアルトとは格が全然違っていた。
アルトの実用主義で極められた流れるような刃の軌道とは比べ物にならないくらい無駄だらけなのに、速さが、正確さが、そして何よりもその動き自体が桁違いに洗練されている。周囲はまるで刃の嵐が吹き乱れるように、近づくモノ全てを切り刻んでいく。
残るのは肉片だけだった。
(すご……)
全部体術と双剣だけで戦ってるスリーカーズさんもすごいけれど、アプリコットさんはスキル技も使ってるみたい。それなのに、何処で使っているのかがまったくと言っていいほどわからなかった。
やっぱり二人ともドナ姉さんと同じかそれ以上にスゴい人なんだ。
「負けてても、負けてらんないよね……」
「詩音ちゃん、何か言った?」
「なんでもないよー、テル姉。ちょっと燃えてきただけー♪」
こんな私でも≪竜乙女達≫に帰れば部下もいるんだし、何より負けてばっかりはイヤだ。
アルトやミストは私よりずっと強くて、私よりずっと一生懸命にこの迷路に取り組んでる。
けど私だってふざけてるように見えても、真剣じゃないわけでじゃないわけでも強さに興味がないわけでもないんだから……!
「笑うぞー!」
「ど、どしたの、詩音ちゃん」
「詩音、お前……ついに頭がおかしくなったのか?」
ちょっとちょっとアルトさん、その『ついに』ってなんなのさ。
≪道化の王冠≫がなんでこんなことをしたのかはわからないけど、これだけの人(と言っても具体的に何万人いるのかはわからないけど)を巻き込むほどの理由なんて――――シリアスに決まってるよね。
笑ってやる。
どんな理由でも笑って、コメディチックに終わらせて、笑いながらクリアするんだ。
シリアスにはコメディだよ。
どんなにシビアな展開だって、皆がいれば笑ってられる自信がある。
だから皆で笑って外に出るんだ!




