(14)『踊れ踊れ狂兵の如く‐イッツ・ショータイム‐』
「いやあはははははッ、さすがにちょっとアレは相性悪いかなー。ほらだって私ってさー、専門が近接格闘専門じゃん?」
思わず空笑いを交えながら、私たちのいる高さ十メートルぐらいの岩山の下に群れているソレらを見下ろしてそう言うと、
「専門がダブってるぞ、詩音」
いつも通りにいつも通りなアルトのツッコミが飛んでくる。
「いいいっ言い間違いだよ、言い間違いっ! むしろ良い間違いだよ、あはははっ」
と言いつつ、どの辺で誤魔化せるかさっきの自分の台詞を反芻する……。
(さっき何て言ったっけ……?)
あんまり考え無しでしゃべると、何かあった時ダメなんだよね。いつもいつも。
「どー見ても面倒そうな連中前にして、えらい余裕で楽しそうやな、そこの二人」
「まったくですよね。人が真面目にサボろうか不真面目に戦おうか迷ってる時に協調性のない連中はこれだから」
「そないなことで迷ってるジブンにだけは言われとうないと思うねんけどな」
「っつーか帰って寝たいですね」
「聞け」
アプリコットさんとスリーカーズさんがこっちを見ながら、そんなやりとりを交わしている。仲が良いのかな?
「聞いてんのか、詩音」
アルトの少し不機嫌そうな声が耳に入ってきて向き直る。
「あ、うん。あ、いや、ううん。何の話だったっけ?」
忘れてたわけじゃない。聞いてなかったただけ。そのはずっ。
「自分から訊いといてあれだが、ホントに聞いてなかったのかよ……。あたしだってあんなキモい連中と戦りたくねえって言ってるんだよ」
「でもアルトとアプリコットさんとテル姉は飛び道具持ってるじゃん。ズルい~」
ちなみにMRWというのはミドルレンジウェポンの略称、刀剣や鎚系でもなく狙撃銃でもない中距離武器のことを指します。お兄ちゃんやミストの使う拳銃系以外にも、テル姉の金属矢・アプリコットさんの弾性投石弩・アルトの鎖鎌がそうです。
「ズルいじゃねえよ。お前が金属拳しかやらなかったのは自分の責任だっての。それと鎖鎌を飛び道具扱いするなよ」
ホントに戦いたくなさそう……。気持ちはわかるけどワガママだなー。ミストがいないとなだめられないし。
「テル姉、アレ倒せる?」
さっきからずっと下を見下ろしたまま全然動かないテル姉に訊いてみると、
「……強いわけではなさそうだけどね。でもあれだけ群れてるし、変な能力持ってるみたいだからちょっとキビシイかも」
「変な能力? わかるの?」
「小型モンスター限定だけど、ある程度ステータスまで把握できるの。この辺にウィンドウが出てね」
と、こっちから見て右上の辺りを四角くなぞる。
「それは可視化できないのか?」
アルトがそう訊くと、テル姉は
「残念だけど無理みたい。スキルの名前は【病刻みの偏執者】。えっと、モンスターの名前は――」
「ティンダロスの猟犬」
アルトが突然口を挟んだ。
「なんでわかったの? アルト」
「……見つかったからだ」
『へ?』と声を出す暇もなく、アルトが岩山から飛び降り、斜面を滑るように下り始めた。私とテル姉の手を引いて道連れをちゃっかり確保してるけど。
低い唸り声をあげて、威嚇してくる気持ち悪いモンスターの群れの中央に降り立つと、アプリコットさんとスリーカーズさんが観念したように直に飛び降りてきた。
十メートルをクッション無しで飛び降りるって人間業なのかな?
そんな疑問を覚えつつも、周りを囲むモンスターを改めて近くで観察する。
上で見た時よりも、ずっと気持ち悪い。
(そして私はこれを犬とは認めないっ)
バイオハザードに出てくる感染した犬みたいにも見えるけれど、四足歩行ぐらいしか共通点がない。
赤く裂けた口には黄ばんだ牙が並び、その奥からは太く曲がりくねって鋭く伸びた注射針みたいな舌が飛び出している。
青っぽいドロッとした液体を全身に被ったようにテラテラと不気味に光る肌にはほとんど毛がなく、その時点で生理的に受け付けない感じだった。
今までにもやけに生々しくグロテスクなゾンビやアンデッドなどのモンスターと戦ったことは何度もあるけれど、そのどれとも一線を画している。
「任せたっ」
「お前もやれ」
即答だった。
まあ、私とアルトの仲だし、考えを読まれること自体はいくらでもあるさっ。
「……銃貸して」
「普段ナニ聞いてんだお前は。あたしが持ってんのは近接武器と鎖鎌だけだって言ってんだろうが」
通じちゃったよ! ツーカーだっ!
ちなみにIRWはインレンジウェポンの略称。≪竜乙女達≫ではこういう俗称を使うことにしてるのです。
閑話休題。
「大好き~♪」
「敵の前だろがっ!」
「おおぅっ!? ゴスッていったよっ!? て、敵の前でも味方にバイオレンスだっ!」
説明すると、高精度に以心伝心できた(ただし一方通行)のが嬉しくて、思わず我を忘れてアルトのちっさなお胸に抱きつこうとしたら、頭のてっぺんに肘が降ってきたのです。
容赦ないね。
『アルトー』で何でも通じそうな気もしてきたところで諦めもつき、両手に装備してある金属拳【巨銃拳・奇龍衣】を具現化する。
攻撃力よりも形状に基づく汎用性を重視した可変ナックルだ。
右手には物理弾射出孔が、左手には突き出し爪――状況に応じて爪を高速で出し入れできる機構――が内蔵されている。
「さっさと片付けて皆と合流しよーっ!」
士気高揚――拳を上に振り上げる。
「恥ずかしいヤツだな、まったく」
「アルト!?」
アルトは上から目線で呆れたような顔をする。
「子供は元気でええなぁ」
「スリーカーズさん!?」
「っつーか面倒なのでボクは応援だけでいいですか?」
「ちょっ、ちょっとアプリコットさんまで……」
バッ、と残るテル姉に視線を向けると――バシッ!!!
装飾はないものの綺麗な白銀色に輝く大きな金属弓を既に構えていたテル姉は、何の躊躇いもなく戦いの口火を切るように、金属矢を一匹の異形犬に向けて放っていた。
しかも、ちゃんと肩の辺りに命中させてる。
「ん? ああ……。詩音、私たちは頑張ろうね♪」
「ホッとしたッ! 今すっごくホッとしたよ、さすがテル姉! ありがとーっ♪」
悪ノリしない常識人っていいよね。人じゃないらしいけど。
っとそんな場合じゃなかったんだった。
ガンッと拳同士を胸の前でぶつけ合わせ、改めて気持ちを切り替え、
「踊れ踊れ狂兵の如くッ!!!」
攻撃ステータスの上昇で胸の高鳴りを覚えつつ、間合いを詰めるべく足を踏み込んだ。




