(18)『Welcome to DeadEnd』
終わりの始まり。豹変した世界で、道を違えた旧友は狂える支配者へと成り果てる。
少女は怒る。かつて姉のように慕った友に刃を向けて。世界は何も応えない。
少年は慄く。少女の怒りとは裏腹に震えは止まらない。世界は何も応えない。
「私たちはこの仮想現実に閉じ込められたのよッ!」
刹那の声が頭の中にこだまし、呆然としていた俺は我に返る。
そして、震える指でメニューウィンドウを開いた。
本来なら最初に開いたメニュー画面の右下に存在するはずの、[ログアウト]と書かれたドアと矢印を模したアイコン。
「どういうコトなんだよ、コレ……!?」
そのアイコンボタンは完全に消え失せ、まるで最初から何もなかったかのようにメニューウィンドウの向こうが透けて見えていた。
「……さっきハカナから私宛にメッセージが届いたの」
「ハカナ……!? 何でそこでハカナが出てくるんだ!?」
刹那は何も言わず、開いたメッセージウィンドウを可視化して、俺の目の前に突きつけるようにくるりと回した。
『[儚]シイナはまだみたいね』
書かれていたのはたったの一言だった。
「コレ、アイツのせいなのか……!?」
「わからない、けど少なくともハカナは何かを知ってる……と思う」
「リュウとシンは?」
「まだ連絡がとれてない。メッセージを送ろうとしたんだけど、中の回線が混雑してるみたいで送れないの。さっきだってアンタに電話するだけで二十回コールしたのよ!?」
「刹那、今どれぐらいの人が閉じ込められてるのかわかるか?」
「詳しくはわからないけど、さっきスリーカーズさんに会ったわ。“物陰の人影”もFOフロンティアに閉じ込められたらしいから探してるって言ってた」
「あの二人ともできれば合流しておきたいな……。知り合いが多く集まった方が自分がパニックにならずに済みそうだし、自称『諜報部』って言ってたから何か知ってるかもしれないし……」
考えをまとめるようと視線を下げる寸前、俺は視界に捉えた周囲の異変に気付き、再びバッと顔を上げた。
刹那はピクッと震えたが、周囲を見回す俺に続いて視線を泳がせ、二人してハッと息を呑む。
「何!? コレ、どういうこと……!?」
俺と刹那を除いた全員が忽然と姿を消していたのだ。
「あんなにたくさんの人が動けば気づくはずな――」
言葉が途切れ、刹那は俺を――俺の背後を見てキッと睨み付けた。
「元気そうで何よりね、ファースト、セカンド」
突如響いた懐かしい声に振り返ると、前に会った時のように頭からフードを被ったハカナがそこに立っていた。
「ハカナ……なんでここに? その呼び方はどういう意味だ」
「名前を出すと、あなたたちに必要以上の迷惑がかかってしまうからコードネームで隠してみたのだけれど。邪魔だから強制転送させてもらったモブプレイヤーも今の私の声と姿をある場所で観賞しているはずだから。私もそういうつもりで話すから、あなたたちもそういうつもりで聞いてくれると助かるわ」
そう言うと儚は、徐にフードに手をかけ、背中側に落とした。そして、傍から見ているものには優しげに見えるのだろう微笑みを浮かべて、
「私、あまりこういったことの経験がないから不自然な言葉遣いになってしまうかもしれないけど許してね。それじゃあ、本題に入るけど――」
儚は立てた人差し指をくるくると回して言葉を選ぶような素振りを見せると、
「このゲームは私たちが乗っ取った。とは言っても、私たちがやるのは全てのプレイヤーにたった二つの制約を課すだけでそれ以外は自由にしてくれていいわ。いいでしょう? 自由。あなたたちの大好きなものよ、個人主義の愚者ども。現実世界にもたくさん蔓延っているでしょう? 近似的な自由、仮初めの自由、そして制限付きの自由。私たちがあなたたちに提供するのは[FreiheitOnline]をより現実に近い段階に昇華させたVRMMO、題して[DeadEnd Online]」
「ハカナ、お前何言って――」
バッ――と俺の言葉を遮るように刹那は俺の前に腕を突き出してくる。
「二つの制約ってどういうこと……?」
「セカンドはいい質問ね。状況を理解できてすらいないファーストとは大違い。制約の内、ひとつはもう皆が気づいているんじゃないかしら。そう――――“現実逃避の禁止”よ。外から神経制御輪やPODの電源を切っても無駄よ。あなたたちに言ったところであまり変わらないけれど、端的に言えばログアウト以外の方法でこの世界から逃げようとしたいけない子は残念だけど命を落とすわ」
ピクッと刹那が肩を震わせた。
「いの……ち……?」
「皆仲良く頑張らなきゃいけないのに自分だけ逃げるなんてよくないでしょ? そのための正当なる罰だと思ってくれるとありがたいわね」
パチッと手慣れたようにウィンクするハカナを前に、刹那のこめかみに青筋が浮き、瞬く間に抜き放った太腿の〈*フェンリルファング・ダガー〉をハカナの鼻先に突きつけた。
その瞬間、儚がくすりと笑み、空気が凍りつくような悪寒が走る。
「ア、アンタの戯れ言なんか聞きたくないわ。早く二つ目を言いなさい」
「もうっ、セカンドはせっかちね。そんなんじゃ男の子にも逃げられちゃうわよ? そうね、残念ながら二つ目は現実に則しているとは言えないゲーム性のある種の形なのだけど――――私たちはその制約を“自演の輪廻”と呼んでいるわ」
「デッドエンド……パラドックス? どういう意味だ、ハカナ」
「ファーストはモブ化に堪えられなくなったのかしら。人の説明を待ちもしないで、いきなり口を挟むんだもの。自演の輪廻は簡単よ。わかりやすく言えばデッドエンド時のペナルティが重くなる。具体的には全ステータスの初期化+同地点での蘇生処置の二つね」
「全ステータスの……初期化……?」
「ええ、『全ての努力を蹂躙して、死んだ場所と同じ場所に放り出す』……それが私たちの課す制約の主旨“自演の輪廻”よ」
まるで新しい玩具を自慢するかのような弾んだ声で、気が狂いそうな事実を次々と並べて見せる儚。
「アンタ……頭おかしいんじゃないの?」
「相変わらず怒った顔もカワイイわね、セカンド」
「アンタを一番最初の死者にしてあげようか?」
刹那はもう片方の手で取り出した〈*X9エッジ〉をくるくると回し、さらに儚の首筋にあてがった。
「ふふっ、ダメな子ほど可愛いとはよく言ったものね。今のあなたは危なっかしいせいかしら、愛しくてたまらないわ。ねぇセカンド。私たちのところへ来ない? 手に手をとって協力しましょうよ」
「遺書書け。私たちって誰のこと?」
「私たち? 私たちはそう、≪道化の王冠≫。普段は、あなたたちのはるか上、ミッテヴェルト第五百層にいるわ。だからゲームの最終目標はこれまでと同じよ。巨塔の第五百層に到達し、そこの私を倒すこと。そうすれば[DeadEnd Online]は消去され、下敷きにした[Freiheit Online]にグレードダウンさせることができる。勘違いしているようだから改めて言うけど、これはゲームよ。『ゲーム内での死が現実での死と直結する』なんて危険なサバイバルとは違って、安心設計なVRMMO。でも気をつけてね? 下手にモンスターの群れの中で死んだりしたら、精神崩壊するまで殺され続けたりしちゃうんだから♪」
ゾクッと背中に悪寒が走り、嫌な汗を過敏に感じた。
「何が目的? どんな理由があってこんなことをするの」
「他の奴らはともかく、私個人の理由は大したことないわ。ただゲームをしたいだけ。皆と一緒に、楽しくて面白いゲームがしたいだけだから♪」
やっぱり狂ってる。儚の昔の面影なんて欠片もない、完膚なきまでに破綻していて、完全なまでに壊れてる。
俺が儚を取り押さえられるかどうか考え出した時、
「喋りすぎだ、ハカナ」
「「!?」」
気がつくと、儚の背後に長身の男が立っていた。
「あら、クロノス。あなたがこんなところまで来るなんて珍しいじゃない」
黒のサングラスに、見たこともない黒の装備を纏った男[クロノス]は、革靴の底をカカッと鳴らし、
「ドクターからお前の監視を頼まれたんでね。さぁもういいだろう。隠しておくはずだった“自演の輪廻”の内容まで全部晒すとはね」
「私は最初から反対してたでしょう。ゲームは公平じゃなきゃ面白くないのよ?」
「だが現実は公平じゃないさ」
「ふふっ、そうね。それじゃあファースト、セカンド。あなたたちが私のところまで遊びに来るのを気長に待ってるわ。あんまり遅いと、私から遊びに来ちゃうから、できるだけ早く来てくれる?」
その途端、辺りにたちこめ始めた白いもやの中に二人の姿が消えていく。
「待ちなさい!」
【投閃】を使う余裕もなかったのだろう。刹那は手の中の〈*X9エッジ〉を普通に投げた。その小さな刃は、刹那の狙い通りかまっすぐ儚の顔に向かって飛んでいき――
「お嬢ちゃん。剣ってのは得てして弱者に向けられるモンだ」
クロノスがそう言った瞬間、俺の左肩に痛みが走った。
見ると刹那の投げた〈*X9エッジ〉は俺に刺さっていて、ライフゲージがわずかに減少している。
刹那が俺に駆け寄ってきた隙に二人は完全に姿を消し、目の前にシステムメッセージが浮かび上がった。
『Welcome to DeadEnd』
Tips:『DeadEndOnline』
2042年5月5日(月)午後5時頃、FOのサーバーメインフレームを完全に掌握した狂気の研究者二ノ宮時雨によって[FreiheitOnline]を下敷きに書き換えられたVRMMORPG。FOにおいて存在したログアウト処理に関する一切のプロセスコードが削除されているため、一度ログインしたプレイヤーは自力でログアウトすることができない。メディアを通じた警告として事態が広く浸透し始めた同日午後8時頃、新規ログインを含めたあらゆるアクセスが遮断された。ほぼ全ての面でFOをそのまま流用しているが、新たに高精度な痛覚再現や流血描写など、より感覚的に現実との差異をなくすための新機能が追加されている。




