(11)『やってやるさ』
無効化スキル【0】――。
サーバーダウンの直後に発現した、スキルを無効化しユニークスキルに至っては消滅させる干渉系スキルだ。
本来、相手がスキルを多用する相手ならばかなりの優位性を発揮するのだが、こと火狩戦に限っては発動を禁止されたも同然だった。互いに、だが。
当然、USのアイコンが示す通り、【0】はユニークスキルだ。おそらくそれは火狩の方も同じだろう。
今まではユニークスキルということもあって考えてみたこともなかったが、同じく【0】の効果を受ければ消えてしまうだろう。そうすれば、≪アルカナクラウン≫内の俺の戦力評価はガタ落ちになる。
スキル無効化スキルなんて単一で完結した効力を持つスキルに上位互換が存在するなんて考えられるヤツはアプリコットのようなひねくれ者ぐらいだ。
(ふざけるのも大概にしろよ……。俺の運命の女神はそんなに俺が嫌いなのか?)
状況は著しく俺の劣勢に転んでいた。
相手は儚と同じ戦法で、しかもユニークスキル最多保有者? それをバンバン使ってくる。対する俺のスキルは数だけ数えても二桁いかないんだぞ?
加えて厄介なモンスター二体に阻まれて、火狩に物理ダメージを与えるどころか近づくことすらままならない。
バスカーヴィルを使おうにも、魔力が少ない今、多数は出せない。少数なら、おそらく火狩に瞬殺される。
そんなことを考えながらも【群影刀バスカーヴィル】を振るっていると、その間に刹那から巧妙に引き離されつつあることに気がついた。天鎧白虎が、獣とは思えない狡猾さで刹那を誘導しているのだ。おそらく火狩の指示だろうが。
(鬼刃……抜刀ッ!)
燃えるような赤いオーラに包まれた灼刃が、天回す機械時計の下部マニピュレーターを切断する。
ゴゥンッ! と重い音を立ててマニピュレーターを地面に落とした機械時計は、怯んだかのようにわずかに後退する。
その瞬間を狙って、俺は機械時計の下をくぐるように通り抜け――パァンッ!
火狩の左胸に向けた【レヴィアタン】の引き金を引く。
ギィンッ!
(くっ……)
わずかに身体を反らし、銃弾を肩の紅色プロテクターで受けた火狩は、何事もないかのように笑みを浮かべると、
「【阻塞する諸悪の尊厳】!」
再び何かのスキルを発動した。
次の瞬間――ガッ!
(……!?)
振るおうとした右手の漆黒の太刀【バスカーヴィル】が、何かに引っ掛かったかのような抵抗を感じた。そして握っていた【レヴィアタン】までもが同じように停止しているのに気づき、仕方なくそれらを手放し【剣】を引き抜いた、その瞬間――ドガッ!
横腹を、背後から伸びていたマニピュレーターの横薙ぎが襲った。
「っぐッ……!」
視界がブレ、しばし宙に浮いた後、地面に叩きつけられて転がる。
(火狩だけならともかく……オラクルルーレットの相手とか……無理だろ)
俺が起き上がった時、火狩は両手を上に挙げて機械時計に向かい合っていた。
「【急場凌ぎの不可逆廻し】」
電子音声でスキルの発動を宣言した機械時計は、俺が斬り落とした下部マニピュレーターを時間逆行で復活させる。
あまりの無力感に無効にされてでも【0】を使いたい衝動が湧いてくるよ、まったく……。
ダメージを与えても与えても、魔力が尽きるまではライフすら回復する天回す機械時計は、相手にしていたらキリがない。
「きゃははは♪ やっちゃえーっ!」
今度は笑うし……。
感情の波が不安定すぎるぞ。
火狩の指示ですぅーっと音もなく近づいてくる機械時計の下部マニピュレーターに名と外見に著しく差がある狙撃銃【剣】を向けて――バシュッ!
発射された銃弾はすぐさま刃へと変じ、部位欠損ダメージが既に溜まっているマニピュレーターを一撃で切り離す。
(今だ……!)
地に落ちるアーム・パーツを避けるように走り、機械時計の下をくぐり抜ける。
至近距離に迫った火狩は、すぐさま熊爪付き手甲を構えて戦闘体勢に入った。
しかし次の瞬間――スルッ。
突然腰の辺りまで下げられた火狩の右手から手甲が抜ける。
そして素手になった右手を――スッ。
(ッ!)
「気付くのが遅い、【妖猫騙し】♪」
パチィッ!
猫騙しに一瞬だけ、身体が萎縮する。
その隙を狙ったのか、開閉するランドルト環のようなパーツが先端に付いた(おそらく上部)マニピュレーターに後ろから両腕を拘束するような形で胴体を掴まれ、ゆっくりと持ち上げられた。
(畜生……ッ!)
掴まれているのは肘から先、【剣】を動かすことすらままならない。
文字通り――地に足着かず、手も足も出ない状態だった。
「答えろ魔弾刀。その【0】は……何処で、どうやって手に入れた?」
腕組みをした火狩が訊いてくる。
さりげなく視線を泳がせると、少し離れたところで刹那が素早い動きで天鎧白虎を翻弄しているのが見えた。さすがギルド最速だよ。
しかし、刹那が天鎧白虎を引き付けていられる今の内に火狩を潰すしかないのに、対する俺はこの有り様か……。【群影刀バスカーヴィル】をさっき手放したせいで、魔犬を呼ぶこともできない。
もう形振り構っていられないというわけだ。
選択の余地はない。
火狩を倒す。
ただそれだけを考えろ――。
――やってやるさ――
静かに息を吸う。
身体から全ての力を抜く。
【剣】すら手放し、ゴトッと地面に落ちる音を待って顔を上げ、怪訝そうな顔の火狩の目を見据える。
「火狩」
ピクッ。
火狩の肩がわずかに震えた。
「お前の質問に答えてやる。だから下ろしてくれ、火狩」
ゴクリ、と火狩のノドが鳴る。
「……命令するのは私様だ。それにそんな命令は出さない。負けを認めるなら私様を呼び捨てにするのは許さない……」
「下ろさないなら答えないぞ、火狩」
「何……?」
ピクリと眉を動かすと、戸惑いつつも睨み付けてくる火狩。感情の波が不安定なのは間違いないみたいだ。
「それなら答えなくていい。お前をここで潰せばいい」
基本的な戦法は正攻法の極致。同じ正攻法でなければ、まともに戦って勝ち目はない。
それこそ、リスクを冒してでもまともな戦いを避けない限りは。
「いいかげんにしろよ、トゥルース」
びくんッ!
……コイツ、今跳ねたぞ……?
なんでお前がそれを知ってる、みたいな顔して一歩後ずさった。やっぱりコイツ、感情の波とか以前の問題だ。
まるでこれまで他者と人間関係を培ったことがないみたいに、メンタルが鍛えられていない。弱すぎる。
ちなみにこの“トゥルース”。火狩を指していることはわかるが何を示しているのかはわからない。刹那の会話ログを覗いただけだからな。
「お前……」
「火狩」
言葉を遮っただけでビクッと震える。
悪いけど、お前には喋らせないぞ火狩。
「勘違いしてるみたいだから言っておくけど、俺は負けを認めるつもりはないし、負けを認めるほどでもない。質問に答えてやろうと思ったのはただの気まぐれだ」
火狩と、目を合わせろ。
そして、目を逸らされないように語り続けて、騙り続けろ。
そしてイメージを固めろ。
火狩を誘う世界を、正確に思い描け。
火狩に見せる幻想を。
右目の前にバチバチッと火花が、電気のようなエフェクトが散る。
「――【思考抱欺】――」




