(10)『零‐ゼロ‐』
「どうしてお前がそれを、儚の基本的な戦法を使えるんだ……?」
思わず敵対すら忘れてそう呟くと、火狩は口元を歪ませるような薄い笑みを浮かべて言ってきた。
「ハカナの? 笑わせるな。この基本的な戦法は元々私の、私様のなんだッ」
ジャキンッと鋭い金属音を響かせて爪を抜いた火狩は――バッ!
一瞬体勢を低く取ることでバネのように間合いを詰めてきた。
(……ッ!?)
シャッ!
とっさにフィンガーレスグローブの甲にあしらわれた飾り金で、突き出された火狩の爪を受ける。
そしてハカナと同じく戦闘教本があるかのように――ギュンッ!
『武器を手で受けられた場合は、相手の手を蹴りあげる』を実践してくる。この動き、まったく儚と同じなのだが、それ故に普通に正確で、普通に速く、普通に重い。
さらに手を蹴り上げられ仰け反った俺は、決められた流れで一歩踏み込んできた火狩の肘をもろに腹に受けてしまう。
「……ッ!」
激しい衝撃に噎せ返るような感覚を覚える。痛みがじわじわと広がるような鈍痛に変わってきた時、右腕で背後にかばっていた刹那が下をくぐり、間に割って入ってくる。
「アンタの相手は私よ!」
うん、俺は? などと自分のことながらアホらしいことを考えていたことがバレたのか、一瞬ギロリと睨み付けてきた刹那は【サバイバル・クッカー】をあてがって、火狩の熊爪付き手甲を押し返した。
しかし火狩は、それすら想定内と言いたげな微笑みを浮かべたまま、サイドステップで刹那の力を軽く受け流して見せる。これで刹那が素人なら自分の力に流されて前のめりに倒れ、地面に四肢をついていただろう。
それほど火狩の動きは華麗だった。いや、むしろ華麗さとはほど遠いかもしれない。言うなればそつが無いのだ。
さっきまでとは動きが違いすぎる。
「ほら、強いっ。私様は、こんなにも強いんだッ!!!」
その場で回転し、刹那の背中に後ろ回し蹴りをぶつけた火狩は、ようやく体勢を立て直した俺に手のひらを突き出してきた。
「【鎖状の弄攫】!」
ジャッ!
鈍色の鎖が火狩を囲むように螺旋状に現れ、その端が俺に向かってまっすぐ伸びてきた。
(くっ……!)
痛め付けられたばかりの身体では、とっさに反応ができない。刹那が呻きながら立ち上がった時には、絡め取られた俺は火狩に引き寄せられていた。
さらに口角を釣り上げた火狩は、
「【大艦巨砲狩義】」
そう言って右の拳を脇腹の辺りまで溜めるように引いた。
次の瞬間、その拳を覆うように機構が展開されていく。その姿は――巨砲。
口径46センチ、艦載主砲級の砲口が眼前に突き付けられていた。ファンタジックの欠片もない、あまりにも無骨な黒鉄色の巨筒。しかし、その重厚さが醸し出す存在感と圧迫感は尋常じゃない。
「ねぇ教えて……」
答えを知っている質問を、あえて知らないフリをして愚者に訊ねるような調子で、火狩は囁いてくる。
「最強って……何?」
その瞬間、カッと砲口の奥で閃光が煌めき、鎖に縛られて身動きの取れない俺目掛けて、巨大な金属の塊が撃ち出されたのが――そのコンマ1秒にも満たない一瞬が、はっきり、見えた……!
その瞬間、火狩の口が「ケ・シ・ト・ベ」と動いているのも。
「シイナ――――ッ!!!」
刹那の叫び声と共に――
バシュッ!
消し飛ぶような破裂音が、聞こえた。
――仕方ないなぁ。今回だけだよ? シイナくん――
ドクン……。
(何だ……!?)
わからない。
何が起こったのかが理解できない。
俺は何もしてない。しかし、目の前で砲弾と火狩の右手の機構砲、ロウソクの火を吹き消すように消滅した。
さらに風化していくように、【鎖状の弄攫】の鎖も崩れていく。
「ッ!?」
目を見開いた火狩も何が起こったのかがわからないという表情だ。
しかし、パチンッと大きな瞬きをしたかと思うと、ババッ! と辺りを見回す。そして、ギンッと俺を睨み付けると、
「あの女の干渉が入る前にお前らを片付ける。お前らを儚には近づけさせない。この世界は…………絶対に終わらせないッ!」
咆哮し、ダンッと足を踏み鳴らして、
「【精霊召喚式】、『天回す機械時計』『天鎧白虎』!」
(……え?)
まず耳を疑い、次に目を疑った。
【精霊召喚式】は――刹那の、単一保有スキルなのだから。
しかし、火狩の背後に現れたのは巨大な円盤状の空間制御操作盤。浮遊するその薄い円柱の側面からは上下左右四本のマニピュレーターが据えられている。巨搭三百十八層『歪曲時空間』のボス、天回す機械時計だ。
プレイヤー非干渉の現象を時間逆行させることで擬似的な物体再生を行いつつ、マニピュレーターによる物理ダメージで空間制圧を行う強力なモンスターだ。
さらにその真下にはアルビノじみた艶毛に黒縞の入った巨虎は同じく三百二十七層『獣楽園』のボス、天鎧白虎。
こっちは特殊なスキルや攻撃を持たない代わり、物理攻撃力の高さに飽き足らず、物理・特殊防御率のステータス値が恐ろしく高い耐久型モンスターだ。
思わず刹那に視線を送ると、下唇を噛んで気まずそうに目を逸らした。が、すぐに頭を振ってヤケクソ気味に舌打ちを連発すると火狩を六割増しのツリ目で睨み付け、
「……返しなさいよ」
苛立ちを隠すこともなくそう言った。
しかし、火狩はプスッと吹き出し、
「残念でしたぁ~、私様の【零】は一方通行だからっ、きゃはははははっ♪」
(ゼロ……? まさかコイツも、無効能力を持ってるのか……?)
「ふっ……ざけんじゃないわよッ!」
刹那はいつのまにか拾い上げていた【フェンリルファング・ダガー】と【サバイバル・クッカー】の双短剣術で飛び出した。
しかし、火狩との間に入ってきた天鎧白虎に阻まれる。
それで分担が決まったのか、天回す機械時計が俺と火狩の間に音も立てずに浮遊移動する。
そしてその陰に隠れた火狩は、
「お前の――いや、あの女の【0】と一緒にするなよ、魔弾刀。私様の【零】はお前の【0】の上位互換。無効化した能力を鹵獲する。根本から格が違うんだッ!」
叫び散らす火狩を見て思ったのは、『不安定すぎる』というただそれだけだった。繋がっているようで言っていることは支離滅裂。論理性がないというわけではない。強いて言えば脈絡がない。
彼女の向こう側にいる人間に、まるで芯がないみたいだ、と。
「お前らなんか大嫌いだッ! 来るな! 私に近づくな! 【地獄目繰り】!」
そう叫んだ火狩の目には淡い光が灯り、同時にその目元には――――涙が光っていた。




