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FreiheitOnline‐フライハイトオンライン‐  作者: 立花詩歌
第五章『0と零―無効の能力―』
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(9)『ゼロスキルホルダー』

「食い殺せ、【妖刀・喰蛹(クサナギ)】!!!」


 火狩(ヒカリ)がそう叫んだ瞬間、まるで不可視の鞘から独りでに引き抜かれたかのように現れた一振りの直刃(すぐは)の剣が、抜き身の切っ先で捧げ持つように天を仰いで宙に浮き上がった。

 おそらく、シンのUS【凶刃日記ルナティクス・ラーミナ】のような自律刀剣(エッジ・ビット)だろう。

 光を反射し蒼白く透き通った光沢を見せる美しい金属刃なのだが、どうしても嫌な予感が拭えない。それは“食い殺せ”という言葉から来るモノだけではなく、()の神剣を思わせる“クサナギ”という名前にもかかわらず“妖刀”という部分を全面に打ち出しているデザインも一役買っている。

 そしてその予感を裏付けるように、グルンと六十度回転した喰蛹(クサナギ)はその剣先の延長軸に俺の左胸を捉えるや(いな)や――ギュンッ!

 風切り音を奏でながら、投擲槍(ジャベリン)のように突っ込んでくる。

 一瞬の交錯。

 しかし刹那やアンダーヒルには劣るものの、≪アルカナクラウン≫の中では比較的優れている俺の動体視力は、時の流れを捉えたかのように、剣の軌道を、俺の心臓を貫かんとする剣筋を察知・予測した。


 ――【(ゼロ)】――


 今までの、FOの常識では存在しない、スキルを無効化するスキルだ。

 発動した瞬間、ピリピリと肌を刺激していた殺気とも取れる感覚が消滅する。

 しかし、ひとつだけ残っていた不確定要素はあっさりと悪い方に転んだ。


 ザクッ!

 左の二の腕に、衝撃と激痛が走る。が、下唇を軽く噛んでその痛みから気を散らし、目を見開く火狩(ヒカリ)の間合いに一歩、踏み込んだ。


 バシッ!

 右手で上から下に、刹那の細い首に爪を突きつける火狩の左腕を払う。

 そして、その反動でわずかにのけぞったために空いた火狩と刹那の身体の間に左手を差し入れ、同時に右足を捻って左半身で奪い取った刹那の身体をかばうようにしながら、浮かせて引いた左足で火狩の左肩をまっすぐ打ち抜いた。


(っと……)


 バランスを崩し、一回転して背中から地面に倒れ込みそうになる刹那の肩に回した右腕で支える。


「んっ……」


 刹那の喉から声が漏れる。

 火狩はどうやら催眠薬(シードル)の使い方に慣れてないみたいだな。少し乱暴に扱っただけで目を覚ましちゃうなんて、詰めが甘いというかお粗末というか。

 こちらとしては大助かりだが。


(っつ……)


 左腕にひきつるような痛みが走る。二の腕には、一の字に切り裂かれた傷。喰蛹(クサナギ)に裂かれたのだ。

 【(ゼロ)】を使ったにもかかわらず消滅しなかったということは、あの喰蛹(クサナギ)は実剣なのだろう。付加スキルのついた武器というわけだ。

 

 火狩が肩を押さえて呆然と仰向けに横たわっているのを確認すると、


「……シ、イナ……?」


 刹那がうっすらと瞼を開けた。

 やっぱりシードル使用時は普通の寝覚め顔と印象が違うな。それ以前の寝顔はほぼ同じなのに、ノーマル刹那の寝覚め時と違って不機嫌色が見られない。

 ある意味、素だ。


「起きたか」


 もう一度、火狩の様子を確認し、再び腕の中の刹那の顔を覗き込む。


(うおっ!?)


 一秒にも満たない時間、たったそれだけ目を離しただけなのに、刹那の顔には血が巡り、耳まで真っ赤に染まっていた。寝起きにエンカウントしてしまった直後の怒り噴火爆発一歩手前の表情だ。

 薄い桜色の唇はわなわなと震え、普段の六割増しのツリ目の目尻には涙すらにじんでいる。昔も昔まだ俺のアバターが正常だった頃に、こういう状態の刹那を刺激しないような声で『何か怖い夢でも見たのか、刹那』と聞いたところ、問答無用理由不明で吹っ飛ばされた憶えがある。


「あれはそういうんじゃなくて仕方ないから動機付けのためにやっただけで、特に深い意味とか気持ちとか全然関係っぷぇっ!」


 噛んだ。

 中身が意味不明だが、寝起きで舌がそこまで回るわけないだろ。


「そういう意味とか……そういう意味とか全っっっっ然ないからなんにもないから、ふざけんじゃないわよバカシイナ!」


 なんで結局最後にはキレるんだよ。

 できれば“そういう意味”がどういう意味かを聞いておきたいものだが、今はそれどころじゃないんだったな。

 未だにブツブツと何かをごまかそうとしているような言い訳を続ける刹那を無視して、今度は身体ごと火狩に向き直る。

 良くも悪くもちょうど、火狩が立ち上がるために上半身を起こしたところだった。

 刹那もすぐに状況を思い出したのか、俺の肩を支えにしてなんとかかんとか立ち上がった。ライフはかなり少ないが。今までの火狩の動きを見る限り、特筆するほど()()()()()

 俺がわずかでも時間を稼げれば、それでアイテム回復が行えるだろう。

 そんな思考回路を(よぎ)らせつつさっき落とした【群影刀バスカーヴィル】・【(エンシス)】を拾い上げると、


「お前、無効(ゼロ)スキル保持者(ホルダー)なのか……?」


 俺の足元に転がる【妖刀・喰蛹(クサナギ)】を一瞥した火狩は、少しずつ後ずさって間合いを確保しつつ警戒するような声色でそう言った。


(コイツ、【(ゼロ)】を……知ってるのか……?)

「いつ手に入れた? それは……それはお前のモノじゃないはず……ッ!?」


 火狩は俺の顔をじっと見つめていたかと思うと突然ハッと息を呑み、目を剥いた。


「髪を下ろせ」

「は?」

「髪飾りを外せ。今すぐ……」


 何だ……? キレた時とは別の(ベクトル)に様子が変わったな。


「断る。やりたきゃ敵同士、力ずくでやってみろ。言っとくが、話を聞いて気が済むほど今の俺は冷静じゃないぞ」


 その実、そういうことにしておいた方が刹那もある程度の無茶も容認してくれるだろうという腹づもりだったのだが。

 起き上がった火狩の構えを見て、思わずぎょっとした。

 なんでコイツがコレを――。


「シイナ、気を付けて。コイツ、()()()()()かも」


 刹那が背後からそう囁いてくる。吐息からわずかにハーブの香りがするのはポーションで回復したからだろう。


私様(わたしさま)には、誰も、勝たせない……」


 芯の揺るがない、少しも乱れのない構え方には誰かを彷彿とさせる。


 ――基本的な戦法(ベーシック・スタイル)


 (ハカナ)とまったく同じ、特徴のない強さ、そのものだった。

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