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FreiheitOnline‐フライハイトオンライン‐  作者: 立花詩歌
第五章『0と零―無効の能力―』
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(8)『越権皇位‐タイラント・オーダー‐』

「遅かったじゃない、シイナ」


 刹那のいる場所に到着すると、地面に倒れ込んだままピクリとも動かない敵と思われる少女を見下ろしていた刹那が振り返って文句を言ってくる。


「無事なのか?」

「私はね。当然でしょ」


 はッ、と鼻を鳴らした刹那は手の中で【フェンリルファング・ダガー】をくるくると回して見せるが、その装備も顔も泥や血が跳ねていて、露出した肩や膝、顔や腕など身体の至るところに傷がついていた。

 周りを見回すが、地獄の猟犬(ヘルハウンド)五匹の姿は見当たらない。おそらく戦闘中にやられ、周囲にケルベロス(レナ)がいないために消滅したのだろう。


「途中、劣勢になってたって聞いたんだけどな。まあ、いいか。で、コイツは?」


 倒れ込む同じく傷だらけの少女を見下ろす。名前は[火狩(ヒカリ)]、胸が浅く上下しているのを見るとどうやら寝ているようだな。


「騒がれても困るから寝かせた」

「だろうな」


 顔が赤らんでいるから、シードルでも打ち込んだのだろうとある程度予想できる。


「一人?」


 刹那が、俺の後ろにお座りして待機している雷犬(ラルム)を不思議そうに振り返って、そう尋ねてくる。


「まあ、一人と一匹だ。……っと、お前が無事だったら戻らなきゃいけな――」


 ザクッ。


「一人なんだね」


 俺は、視線を下げた。違和感に、導かれるように。何も考えることなく。

 自分の胸、左胸の辺りに――。


(……?)


 ――なんでダガーが生えているんだ?


「なーんだ、簡単じゃない」


 刹那の手がそのダガーの柄を、逆手に握っている。


「切れ味のいいダガーよね。ねぇシイナ」


 喉の奥から、鉄の味がする、血が、上がってくる。そして俺は、膝をついた。


「カハッ!」


 口から、赤い液体が――DO化以降、幾度となく見る羽目になった血が、ぬかるんだ地面で泥と混ざる。


「油断のしすぎよ、シイナ」


 何だ……何が起きてるんだ……?

 再び視線が、左胸に斜め上から心臓めがけて突き立てられた【フェンリルファング・ダガー】に向く。

 刹那が、俺を、刺した……?

 何故だ……?

 理由がない。


「そんなに目ェ白黒させなくてもいいでしょ。『八式戦闘機人・射手アルティフィシアル・サジテール』戦で何も学ばなかったの? あなたが思う以上に、VR(この)世界でやれることは多いのよ」

「お前……誰だ……?」


 刹那が人を、俺を『あなた』などと丁寧な二人称で呼ぶことはない。今も昔も、変わらず『アンタ』あるいは呼び捨ての『シイナ』で呼んでいる。


 グフッガフゥッ。

 背後から雷犬(ラルム)の弱々しい悲鳴が聞こえてくる。やられたのか……?

 胸が大きいからか、ギリギリ心臓までは達していないようだった。もし仮に心臓まで達していれば、システムから死亡判定を受けていてもおかしくないからだ。


「ありゃ? 死んでなかった? 即死狙いでいったのに~、やっぱりそのサイズリア充のおっぱいのせいかな~?」


 いきなり間延びしたような、人を暗に小馬鹿にしているような喋り方に変わった刹那の姿の誰かは、ダガーを手放してバックステップで距離をとった。


「くっ……ぅッ」


 その隙に右手でダガーの柄を掴み、力をこめ一息に引き抜く。


「あ、ァ――ッ……はぁ……はぁ……」


 声を(こら)えられないほどの激痛と、裂けた傷口がゆっくりと閉じていく時の生々しく気持ち悪い感覚に晒されながらも、引き抜いたダガーを足元に投げ捨てる。


「ねぇ、どんな気分? 仲間だって信じてた女に殺されかけた気分は?」

「お前は、刹那じゃないっ……」

「うん、違うよ~。私様(わたしさま)はあんなに弱くないから~。でもさっきまでのお前はそんな気分を味わったわけで~、少しぐらいその頃のことを憶えてたら聞かせて欲しいな~ってだけ。どうだったの~? ほら~、人間不信とか疑心暗鬼とか~、色々あるじゃん現実問題~」


 やめろ。

 ――刹那の声で、刹那の顔で、そんなことを口にするな。

 今すぐにでも殴りたい衝動を抑えていると、その刹那モドキはクスッと堪えきれなかったかのように笑みを浮かべた。


「敵の言葉に翻弄されてちゃダメよ、シイナ。相手は、同じ人間なんだから」


 また刹那を被ったような口調で刹那の言わないことを言ってくる。


「お前は、火狩(ヒカリ)か……?」

「ピィーンポォーン。きゃはっ♪ ちなみにアバターは今こっちで寝てる刹那お姉ちゃんのを借りてるの~」


 と地面で眠っている火狩(ヒカリ)のアバターを指差してそう言う。

 アバターの交換だって……?

 しかも今までとは圧倒的に違う。一プレイヤーが、意思決定だけでそれを決めたことになってしまう。

 そんなことを考えながら、火狩の隙を突いて腰に差していた【(エンシス)】を引き抜き、銃口を火狩に向ける。


「お前、≪道化の王冠(クラウン・クラウン)≫なのか……?」

「それも大正解。ただし私様(わたしさま)はミキリちゃんや魑魅魍魎と違ってクロノスくん側だから~」


 よくはわからないが、≪道化の王冠(クラウン・クラウン)≫も一枚岩ってわけじゃないみたいだな。


「アバターの交換なんて、正当な方法とは思えない。お前……何だ?」

()……? 何ってナニ……!?」


 突然、わなわなと震え始めた火狩は、小さく低い声色で、『“何”は物体に対して使う代名詞……』と呟くと、


「私様はモノじゃないっ! ちゃんと意思を持って現実に生み出され、今もまだ存在するッ! ふざけんな、どいつもこいつも私様をモノ扱いしやがってッ!!!」


 いきなりキレたぞ、コイツ。

 しかも、聞いてる限り人の挙げ足をとるような――いや、言葉の(あや)に過剰反応したような理不尽さで。

 刹那の声で、刹那の顔で、しかし刹那のそれとはまったく違う、悲痛にも見える表情で怒りを露にする。


「遊びもここまでだ! 殺すッ、殺してやる! 私様をモノ扱いするヤツはっ! (みんな)(みんな)殺してやるッ!」


 正気とは思えない様子で叫び散らした火狩は――ガバッ!

 倒れていた火狩のアバター、つまり本物の刹那をかばうように覆い被さった。その行動の意図がわからず、一瞬引き金を引こうとする指が動きを止める。


 ――【越権皇位(タイラント・オーダー)】――。


 静かな、呟きのような声。

 その直後だ。

 刹那のアバターから力が抜け、入れ代わりに火狩のアバターがムクッと身体を起こしたのだ。

 続けて刹那の身体を上下で引っくり返し、盾にするような感じで無理矢理持ち上げて立ち上がった。


(最初からこのつもりで……!?)


 熊の手のような手甲から鋭い爪が現れ、刹那の首に突きつけられた。


「武器を捨てろ。お前を殺してから貰う」


 既に年相応からはかけ離れた喋り方の台詞に従い、とりあえず【群影刀バスカーヴィル】と【(エンシス)】を一度掲げてから下に落とす。


(どうする……)


 最悪のパターンとしては俺も刹那もやられることだが、その一つ手前に刹那の救助を二の次にして火狩を倒すという手があるが、できればそんなことはしたくない。

 となると――


(俺らしいっちゃ俺らしいな……)


 切り札も奥の手もない。

 勝負は一瞬。

 見たところ、アイツが飛び道具を持っているようには見えない。つまり俺を攻撃するためには、飛び道具を出すか、あるいはスキルを使うしかない。

 彼我の距離は二メートル乃至(ないし)だから、その隙に間合いに飛び込めれば殴り飛ばすだけでもかなり有利になる。

 刹那を奪い返せばこっちのものだ。あとは死力を尽くして、勝つ。


(さて……楽観過ぎるかな……?)


 そして、直後――眈々と狙っていた瞬間は思っても見ない形で訪れた。


「食い殺せ、【妖刀・喰蛹(クサナギ)】!!!」

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