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FreiheitOnline‐フライハイトオンライン‐  作者: 立花詩歌
第五章『0と零―無効の能力―』
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(2)『こういうの見てると』

「アンダーヒル、シイナ知らない?」


 傍目には誰もいない丸テーブルと椅子に向かって声をかけると、その上のティーカップが浮き上がった。


「先ほど詩音さんが連れていきましたが……、刹那、あなたなら深理射玖音(メイドたち)に聞けばわかるのでは?」


 いつも通りの平坦な声で答えが返ってきて、空中のティーカップが傾く。何をしているのかはわからないが、アンダーヒルが姿を隠しているのだ。


「こんな時に限って誰も見当たらなくて……。メッセ送っても返ってこないし。何処に行ったかわかる?」


 傾いていたカップがピクッと震え、音もなくソーサーの上に戻される。


「……二人は浴室にいます」


 さらに一拍空けたのちにそんな答えが返ってきた。


「浴ッ……てお風呂!?」


 実の妹と何やってんのよ、あの馬鹿は!

 アンダーヒルのいるだろう椅子に背を向け、風呂場のある一階に向けて歩き出す。

 その時、背後から『はぁ……』とアンダーヒルの吐息の音が聞こえてきた。


(アンダーヒル、(ホーム)でまで姿隠すなんて……何やってんのかしら……)


 そんな一抹の疑問もすぐに忘れ去り、とにかく足早に脱衣所に向かう。

 何もないのはわかっているけれど、兄と妹が一緒に入浴なんて、気にするなと言われても気にせずにいられない組合せ(カード)が切られている。

 確かに仲は良さそうに見えたけれど、それはあくまで兄と妹としての仲良しで、でもシイナのあの歳で二つ下の妹と一緒に風呂に入るなんて明らかに度が過ぎているというか、一般的な兄妹の何を知るわけでもないけれど、健全な兄と妹の関係でないことは容易に想像できるのであって、つまり……。


(ナニ考えてんのよあの馬鹿は――ッ!)


 一人で勝手に悶々として、怒りを募らせるのだった。


 一方、時を(さかのぼ)ること数分前の脱衣所――。


「なんで俺は水着着ちゃダメなんだよ!」

「どうせ脱がすじゃん」

「お前、俺に何する気!?」

「言ったら逃げるから言わない」

「その言葉だけで逃げるからな、俺!」

「早く脱いでー」

「不意打ちみたいに勝手に下ろすな! 小学生男子か、お前は! 返せよ!」

「ふっふっふー、これがなければ逃げられまい、勇者シイナよ。返して欲しければこの魔王シオンを倒すがいい」

「意外と計算ずく!? ってか勇者のパンツ盗む魔王とかありえねえだろ! どんな変態だよ魔王シオン!」


 そんな遣り取りに(当事者として)巻き込まれつつ、『超近接舞姫アーマメント・フェアリーダンス』の流麗で俊敏かつ正確で執拗な強制脱衣攻撃に(くだ)され、ろくにタオルも渡されないまま浴室内に放り込まれた。

 椎乃――詩音の戦闘(?)は初めて見たが、名が先行するなんてとんでもない。

 二つ名の通り、『超近接武器』のような『舞姫』。

 狭い場所では勝てる気がしない。今回は完全に遊ばれた。俺が非武装でパンツを取られていたのも理由としては大きいが。


「長らくお待たせ~、()()()()()

「誰がお姉ちゃんか」


 最悪のボケをかましながら入ってきた椎乃は、紺色のスクール水着を着ていた。

 これはまあ、良かったと言えば良かっただろう。中身が妹とはいえ、アバターは現実とは別の容姿の女の子。

 下手に露出が多い水着を着られて意識せずにいられる自信はないからな。


「てへぺろ♪」

「ごまかせると思うなよ」

「ゴメンゴメーン、素で間違えたんだぜ」


 ビシッとサムズアップを()めてくる椎乃に微妙に苛立ちを覚えつつ、お湯の張られた浴槽に逃げ込んでおく。

 結局タオルがないからな。

 色々隠すには浴槽の中に、体操座りでうずくまってるしかない。

 そう思って実際その通りにしたのだが、


「兄ちゃん、こっち向いて」


 椎乃がそう言って、浴槽の外から思いの(ほか)強い力で引っ張ってくるので、無理矢理身体の向きを変えられてしまう。

 同時に足も崩れて、あぐらと体操座りの中間のようなX字になってしまった。


(無茶苦茶だ……)


 そして椎乃は、改めて俺の無駄にサイズのある胸をまじまじと見ると、目を輝かせ――もとい、光らせた。


「食べっ、触っていいッ?」

「ちょっと待て、お前今“触って”の前に何て言った!?」

「兄ちゃん、細かいこと気にしすぎ」

「お前はもっと気にしろ、バカ!」


 と伸びてくる手を振り払おうと試みるが、恐ろしく正確に抜けるルートを見つけ出した椎乃の手はあっけなく到達した。


「ひゃっ!」

「兄ちゃん……ちょっとこれは反則じゃないかなー」

「反則とかそんな……ひぁっ!?」

「おー、ビンカンさんだっ!」

「な、慣れてないだけで……くぅ……」

「うへー……こっちはどうなってんの?」

「ちょっ、ちょっと待……落ち着い――」

「ダイジョブダイジョブー、痛くしないから、はいどけてー」

「落ち着け、っつってんだろッ!」


 ガスッ!


「み゛っ!」


 椎乃が覗き込もうと身を乗り出した、その隙に後頭部を狙って手刀を叩き込んだ。


「はぁ……はぁ……っ」


 椎乃は後頭部を打たれた直後にそのまま浴槽のフチで(デコ)を打ち、ぐらりと頭が揺れた。

 そしてぱちぱちっと瞬きしたかと思うと――バターンッ!

 後ろに引っくり返って再び後頭部を強打し――ゴッ!


()ぁっ!」


 上半身が倒れた反動で跳ね上がった椎乃の足が俺の顔面にクリーンヒットした。しかもそれをとっさに避けようと身体が勝手に後ろに動いていたせいで、一瞬意識がとんだその間に後ろの壁に後頭部を打ち付ける始末。

 何とも救えない玉突き事故、などと思っている内に身体の自由が効かなくなる感覚に襲われた。

 これはあれだな。短時間で頭部の対角部位に衝撃を受けると脳震盪を起こすってやつで――そんなことを思い出した途端、目の前が暗転(ブラックアウト)した。


 静かすぎる。

 浴室の明かりはついているし、中に人の気配もするのに、まったく音がしない。

 脱衣所(ココ)に来てから三十秒ちょっと様子をみてはいるが、反応がない。


(こ、これは仕方なくだから……)


 言い訳を考えつつ、片折りの磨りガラス戸を少しだけ開き、中を覗き込む。


「……どんな状況……?」


 思わずぼそりとそう呟き、カラカラと乾いた音を響かせながら折り戸をさらに開いていく。

 最初に目に入ったのはオーソドックスな競泳着を着て仰向けにひっくりかえっている詩音、そしてくたっと浴槽の後ろの壁にもたれかかるシイナの姿だった。どちらもピクリとも動かない。


「……っとに世話が焼けるんだから……」


 と言っても今まで世話を焼いた回数よりもシイナの世話になった回数の方が圧倒的に多い以上、面と向かって言える台詞ではないのだけれど。


「こういうの見てると、閉じ込められてるってこと忘れちゃいそうよね……」

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