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FreiheitOnline‐フライハイトオンライン‐  作者: 立花詩歌
第五章『0と零―無効の能力―』
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(1)『だって気になるし』

「おはようございまーす♪」


 全員が各々程度の差はあれ眠そうな顔をしつつも朝食の席に着いた時、その二階ロビー全体にやたら元気なアプリコットの声が響き渡った。

 階段の方に背を向けて座っていた俺は、向かいでフライドポテトの刺さったフォークを取り落としたまま呆けているシンの様子を不審に思って振り返ると――な、何だ、アレ……!?

 階段を上がってきたところで声をあげたらしいアプリコットの格好を見て、思わずぎょっとした。

 白無地のTシャツに迷彩色のカーゴパンツに黒いコンバットブーツって……何処の女軍人だよお前! 似合ってるけど!

 ヘンテコな中華の巫女(みこ)服より断然似合ってるけど!


「っつって朝の挨拶もたまには真面目にしてみようかとも思ったんですけど、なんか寝不足気味のようですね、皆さん」

「――皆さん……じゃないわよ、アプリコット! アンタ、今ごろ帰ってくるってどういうつもりよッ!」


 バンッ! とテーブルを叩いて立ち上がったのは当然、刹那だ。寝不足なのかいつも以上に教育上よくない鋭い殺気を孕んだ目つきでアプリコットを睨み付ける。

 しかしアプリコットはそれを意にも介さず、すたすたと歩み寄ってきて、


「あれあれー、もしかしてボクのこと心配してくれてたんですか?」

「ち、違うわよバカッ! 今日はまた塔の攻略に行かなきゃいけないから、戦力が減るからっ、いけないと思ったからッ! そ、それだけだからッ!!!」


 どんだけ慌てて誤魔化そうとしてるんだよ。顔真っ赤だぞ。

 『から』の語尾を連発した刹那は、『照れなくてもいいのに可愛いですね刹那んは』などと追いうちをかけるアプリコットに悔しげに眉を歪め、今にも噴火しそうだ。

 しかし、アプリコットはそこが引き際だと過敏に察知したらしく急に笑うのをやめ、刹那の握り締められた拳をとって優しく手で包み込んだ。

 そして刹那が驚いて顔を上げた瞬間をピンポイントで狙い、


「心配してくれてありがとうございます、刹那。ボクはもう大丈夫ですから、安心してくださいね」


 囁くようにそう言った。

 途端についに耳まで赤くした刹那がしおらしく脱力したようにぽすっと椅子に腰を落とした。つまり大人しくなった。

 何だ、刹那を大人しくさせるスキルでも使ったのか? そのスキル欲しいな。

 と思ったら、さらにアプリコットが何事か囁き、刹那がパッと顔を上げる。そして何故か俺の方を見たかと思うとさらに濃い朱色にブラインドチェンジして、目を背けた。


(な、何だ……? 何を言ったんだ?)


 戦々恐々としつつ、見ているのがバレないように平然と食事を続けながら二人の動向を見守る。

 刹那からも何か聞き返してるな……。

 言いたいことがあったらはっきり言えよ。後が怖いから。


 昨晩――。


「シイナは先に戻ってて下さい」


 表情を隠すようにうつむいたアプリコットがフィールドを出る前にそう言った。


「何かあるのか?」

「いえ、別に何もないですよ。強いて言うならちょっと≪シャルフ・フリューゲル≫に行ってこようかと思いまして」


 あるじゃねえか。


「まああんな風に出てきちゃいましたからね。気恥ずかしいんです、って言えば普通の人っぽいですよね」


 後ろが付いた時点で払拭されるけどな。


「そう言えばお前、さっきアルカナクラウンで消えた時、何やったんだ?」


 離れたところで立ち止まった俺たちに怪訝な視線を向けてくるリコとサジテールに手を挙げてもう少し待てという旨を伝えつつアプリコットに訊くと、


「ああ、アレですか。システム側に大した干渉してないとはいえこれでもROL(ロル)の人間ですからね。ボクが最年少の子供ってのもあるでしょうが特典的に色んなオプション付きのユニークスキルが貰えまして。まあ面白そうだからやっちまえっつーのが本音でしょうね。あの方々」

「特典……って卑怯だな。最初からそんなのが使えたら第二位にもなれるだろ」

「いや、大したもんじゃねえんですよ。やれることは『所属ギルドハウスへの移動』『(ホーム)への移動』『武器・防具・アクセサリー・アイテム鑑定の限定解除』『武器・防具・アクセサリー・アイテム修復の限定解除』『種族変更の可能』エトセトラ。使えりゃ面白いでしょうが大して実戦的じゃないんですよ、基本」


 ため息混じりにそう言ったアプリコットは、これ以上聞くなとばかりににこにこと笑いながら手を振ってくる。


(早く行けってか……。ま、でも……とりあえずいつもの調子に戻ったみたいだし、よしとするか。一応帰ってきた時にもう一回様子見ればいいしな)


 そこでまさかの朝帰りである。

 いつもの調子どころか絶好調だったってわけだ。いいかげんにしろ。


「お兄ちゃん」

「ん?」


 アプリコットへのいつも通りな苛立ちをサラダスティックのニンジンに発散していると、背後のテーブルから声がかかった。

 振り返ると、丸テーブルでは詩音・アルト・ミストルティンの三人が仲良く陣取っていた。その中の詩音がこっちに向かって手招きしている。

 食事中だ、と朝食の乗ったトレーを指差すが、詩音が諦める様子を見せないため、仕方なく椅子とトレーを移動させる。


「何だよ、詩音」


 ちなみに妹とは言っても本名をここに持ち込まないのはマナーなので、二人だけの時以外は詩音と呼ぶことにしている。


「いやー、兄ちゃんに確かめてみようって話になってさー」


 話が見えない。


「もったいぶってないで早く言えよ」


 躊躇いがちに目を合わせない椎乃と、無愛想ヅラのアルト、何故か苦笑いしているミストルティンと順に見て、不審に思った俺が椅子に腰を下ろしつつそう促す。


「うー、ぶっちゃけさぁ……」


 椎乃はカリカリと頬を引っ掻きつつ、


「お風呂ってどうしてんのっ?」

「へ?」


 思わず間抜けな声を上げる。


「だーかーら、兄ちゃんのアバター今女の子になってんじゃん。お風呂にはちゃんと入ってるんでしょ? やっぱ普通に?」


 なるほど、ミストルティンが苦笑してるのはそれが理由か。


「し、仕方ないだろ。入らないのはちょっとアレだし」

「誰かと入ったりしないの?」

「一緒に入れるヤツがいると思うのか、お前は」


 (事故とはいえ実際に一緒に入ったことがあるのに言えることではないのだが)女子陣と入るわけにもいかず、リュウやシンとはシステム上は入れない。

 入る気もないが。


「じゃあご飯食べてから一緒に入ろー」


 …………今コイツ、何て言った……?


「バカじゃねぇの!?」

「いやー、だって気になるし」


 何が!


「ダイジョブ! 水着は着るから!」


 当たり前だよッ!?

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