(37)『他の人とは』
「こう見えて、結構性格が歪んでるんですよね、ボクって。悪い意味で」
「どう見たらお前がマトモな性格に見えるかと、いい性格の歪み方から教えてくれ」
「んな使い古されたツッコミで個性立てるためだけに、話の腰折り水差さないでくれませんかね?」
「いいか悪いかはともかくとして面倒な方に歪んでるよな、お前って」
そう言うと何が面白かったのか、隣で脚を抱くように体操座りするアプリコットはクスクスと笑い始めた。
壁際に二人、俺は壁に背中を預けるように足を伸ばして座っていた。
その視線の先には、何故か突然出現した一体の殺人々形が舞台の端を歩いている。
かなり近い距離なのにこっちに気づいている様子はない。まるで誰かに指示されたかのように時折不自然に転んでいる。
「嫌みに聞こえるかもしれませんが、ボクは性格はともかく昔からそれなりに頭がよかったんですよ。それこそこんな歳で他人に利用されるぐらいには、ね」
いつもの底の知れない喋り方ではなく、良くも悪くも純粋な言葉が、ただでさえ暗鬱としたフィールドの空気をさらに重苦しいものに変える。
「『すばらしい』『将来は』『さすが』……幼い頃から周囲の大人たちのそんな賞賛の言葉を聞く度に、全て『役に立つ』『使える』、そう言われているような、自分の価値がそれだけで決められているような気がしました。子供はモノを知らないだけで馬鹿じゃねえってことを知らない連中はボクに笑いかけましたよ。目がちっとも笑ってねえくせして。ボクの両親もその連中と同じだったんですよね。でも当時のボク自身は今ほどひねくれちゃいなかったので、その目に従って生きてきたんですよ」
シリアスなムードを誤魔化すように、乾いた笑い声が隣から漏れる。
しかし、思わずアプリコットの横顔に目を遣ると――
「っつっても嫌いでしたよ」
きっぱりと言い切ったその口元に引きつったような笑みを浮かべていた。
「従順を装う自分も、保護者面した両親も。表の顔と裏の心が食い違ってりゃ、屈折するってもんですよ。10歳頃のことですかね。子供らしさの仮面を被って、裏では牙を磨いてたんです。シイナだってそんな子供を前にすれば気持ち悪いと思うでしょう?」
「……思うだろうな」
「ええ。しかし問題だったのは、その拙い演技で誤魔化せるくらいには、ボクの容姿は優れていたっつーことなんですよ」
この顔もこの身体も、現実とほぼ同じものです、とアプリコットは付け加え、晒し者にするように床に大の字に横になった。
「天に二物を与えられたせいで、ボクはボクを見失いました。あまりにも道化を演じていた時期が長すぎて、ついに尖らせ過ぎた牙が、外の仮面を割ったんです」
「……どういう意味だ……?」
「そのままの意味です。あまりにも他人との考え方が違いすぎて取り繕うこともできなくなり、この、ありのままの自分を両親に晒したんですよ」
アプリコットは瞬きひとつせずに、俺の顔を見上げてきた。
そして俺が目を逸らせずにいると、
「ボクは人形です」
そんなことを呟きながら床を這い、俺の膝に頭を乗せてきた。
「人形は一人じゃ何もできない。こんなボクですが、誰かと一緒でなければ狂気の正気も保てない。でも、他人の糸に――意図に操られることが存在意義の傀儡は嫌だっつーことなんですけどね」
何処か遠くを見るように目を細めたアプリコットが、身体から力を抜くのを感じる。同時に、張り詰めていた空気から少しずつ刺々しさが抜けていく。
「それでボクは、あの二人から拒絶されました。仮にでも大嫌いでも実の親に拒絶されたボクは、自分の存在を能力や容姿以外で認めてくれる場所を探した。それがVRだったんですよ。現実なんて関係ないこの場所なら、どんな破綻したキャラでも誤魔化せる仮想現実なら、ボクはボクになれましたからね。今にして思えばありきたりすぎてつまらない現実逃避の代表ですよ。廃人ルートまっしぐら、本物より仮想を優先させた。それでも当時のボクにはそれしかなかった。だからVR研究の最前線だった日本に来て、ROLに入ったんです」
結局アプリコットのヤツ、ROLの関係者だったのかよ……。
あの時にコイツの口からそれらしいことを聞いてたからあんまり驚かないけど。
「でもそれってどうなんだ? 能力が評価されるってことだろ、つまり」
「いえ、ボクがROLでやってたのはシステム面ではなくアイデア面での協力ですから。求められたのは能力ではなく他から外れてることだったっつーわけです。ぶっちゃけるとユニークスキルの名前とか考えさせられたのは全部ボクですからね?」
だから変なのか。
色々納得がいったな、改めて。
「膝枕が好きとかいってたのもそういうことだったのか?」
唯一の思い出とか言われたらどうしようなどと色々頭を巡らせつつ、膝の上から俺を見上げてくるアプリコットの頭になんとなく手を置いてみると、
「いえ、それはただの嫌がらせっつーか歪んだ支配欲の暴そ――ギャンッ!?」
思いっきり後頭部を床に打ち付けたアプリコットが瞬く間に起き上がり悶え苦しみ、床の上を転げ回る。
そしていきなり起き上がったかと思うと詰め寄ってきて、
「いきなり何するんですか!」
「お前が悪い」
「既に理由ですらないですよね、ソレ!? 性格破綻の愉快犯だからって何でもしていいと思わないで下さいよ! っつってコメディチックに雰囲気を一新したところで……」
反応が追い付くよりも速くスッと回された腕が、俺を引き寄せた。
(なっ……!)
至近距離にアプリコットの顔が近づいてきた。その距離は10センチもない。
「『話を聞いてくれてありがとう。シイナくんのおかげで胸のつかえがとれた気がするよ』って可愛い声で言った方が見せ場としてはいいんですかね?」
「し、知らねえよ……」
「ん、んー、顔真っ赤にしてまさかナニか期待してますか?」
「してねえ」
「この距離まで顔を近づけた女の子に期待しないなんて、シイナってまさか――」
「それだけは違う」
アプリコットはわずかに顔を逸らすと、すぐに顔を離して、俺の上からもどいた。
そしてぺたんと舞台の上で正座を崩すように座ると、黙ってじっと俺を見つめてくる。今さらだが行動の意図が全く読めない。
「お前、なんで俺には自分をはっきり見せるんだ? どうしてこんな話まで……」
アプリコットはきょとんとした表情を見せると、
「ボクにとって……シイナは他の人とは違うからですよ?」
「……おま……ッ!」
俺が思わず絶句した途端、アプリコットはにやりと笑って、
「特別どうでもいい♪」
…………だよな。
また引っ掛かった。いつものことなのに、なかなか耐性がつかない。
「っつっときますけど、実際問題ボクは自分の本心に自信がありませんからね~。もしかしたらもしかするかもわかりませんよ?」
その悪戯っぽく笑った表情に――また引っ掛かった俺は思わず赤面した。




