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FreiheitOnline‐フライハイトオンライン‐  作者: 立花詩歌
第四章『ドレッドレイド―咬み付く脅威―』
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(36)『有終の無限劇場‐エンドレス・エンドシアター‐』

「やっぱりここにいたんだな」


 スポットライトに照らされたアプリコットの背中に、薄暗がりから声をかける。

 そして振り返ったアプリコットの顔を見て、俺は思わず足を止めた。

 泣いて、いたのだ。

 俺にそれを見られてさえ拭おうとせず、まるで涙を流していることに気づいていないような……。そんな変な泣き方だったが、あのアプリコットが確かに泣いていた。

 これでアプリコットの涙を見るのは――()()()だ。


「よく……ここのことを憶えてましたね」

「こんな変なフィールド、そうそう忘れられるかっての」


 こめかみの辺りを人差し指で引っ掻いてみたりして気まずさを紛らわしつつ、再びアプリコットに歩み寄る。

 隠しフィールド『有終の無限劇場エンドレス・エンドシアター

 本来なら剣を持った傀儡人形(パペットモンスター)が踊り狂い、そこにいるプレイヤーにはスポットライトの光を落とす、演出過剰な舞台(フィールド)だ。


「お前の態度が一秒で豹変するのはいつものことだけど、さすがに今回は無茶苦茶が過ぎないか? トドロキさんなんかちょっと落ち込んでたぞ」

「それだけあの場所がボクにとって居心地がいいってことなんですよ」


 少し高めの声色が空元気を思わせる。

 誰から見ても周知の事実だが、アプリコットは性格が変だ。

 意見や考えが一貫しない。

 他の人が近づこうとすれば突飛な言動で煙に巻き、離れようとすれば親しげに這い寄ってくる。

 やることなすこと真っ当な理由などなく、結果あらゆる切り口からその場を掻き乱すだけに終わることが多い。

 マトモな人間なら、近くにいるだけで心理的なストレスに潰されかねない。


「一人で来たんですか?」

「一人だよ。少なくとも俺の主観ではな。リコとサジテールは仕方ないから入り口の辺りで待たせてあるけど」

「はッ、このお人好し。バーカバーカ」

「テメェ、人の気遣いになんつーこと言いやがる。心配して損した気分だ」


 しかしその(じつ)――俺は裏があると考えていた。


「変人のキャラ崩壊なんざほっときゃいいんですよ、まったくシイナは。いちいち主人公気取って、外れキャラエンドでも目指すつもりですか? そういうのは二周目以降の手慰みでしょうに」

「お前のゲーム脳なんかどうでもいいから、とりあえず涙拭いてくれ。気まずすぎてお前の顔見れん」


 なんだよ外れキャラとか二周目とか。

 確かにお前は外れてるけど、それは当たり外れの外れ(ブランク)じゃないだろ。


「これは見苦しいところを♪ っつーかそういう台詞を仮にも女の子(ヒロイン)に言う時はもう少しドキドキしながら、ロマンチックに言ってくれませんかね?」


 そんなことを言いながら小袖で涙を拭い取ったアプリコットは、あっさりと止まってしまった涙に少し驚いているようだった。


「お前相手にドキドキもロマンチックもあるか。ったく……心配して損した」

「あはは♪ 今度は確定なんですね」


 一貫性がないのは情緒不安定の裏返し。

 心理距離を一定に保とうとする、それは自分を知られることを恐れるくせに寂しがり屋という半ば矛盾した性質の裏返しだ。


「…………あー、しくじった」


 急にアプリコットの声色が変わる。


「まさか伏線張ろうとしてたとこに不意打ちくらってあんなのを口走るなんて思いませんでしたね」


 悔やむようにアプリコットの漏らした言葉は、初めて彼女の涙を見た時のことを思い起こさせる。

 俺がアプリコットの悪癖――“無意味な演出”のことを知り、かつ彼女の裏側に潜む()()に気付き始めた頃の話だ。

 構わないで下さい、忘れて下さい、と頼まれたこともあって、もう一度あの言葉を聞くまで思い出すこともなかったが。


「少しは進行の都合も考えてくれってんですよ。こんなとこまでシイナが追いかけてきたら、視聴者を前にしてボクも後戻りなんざできねえでしょうに。ここで無理やり話を打ち切って、伏線回収を乞うご期待なんて言おうものなら視聴率はがた落ちですよ? だからルート分岐前のセーブは忘れるなって毎度毎度言ってあげてるじゃないですか」

「視聴率もシナリオもカメラもなければ、そんなことを言われた覚えもねえよ」


 アプリコットは舞台の上をトントンッと跳ねるように歩き、くるりと振り返った。


「シイナ、ボクのことをどう思います?」


 そう言って両手を広げる。


「どうって……どういう意味だよ」


 いまいち意図がわからず聞き返すと、アプリコットは少し残念そうにため息をつき、再び後ろを向いてしまった。

 そして背を向けたまま、語り出す。


「どうせさっきの言葉が気になって追いかけてきたって主人公らしい理由付けがあるんですよね、シイナは」

「さっきは気取るなとか言ってたくせに今度はそういう扱いなのかよ」


 しかも決めつけだし。


「シイナはどっちにしろツッコミキャラですからね。需要あるんですよっつーかいちいちそのキャラ立てようとして話の腰を折らないでくれませんかね?」

「立てようとしてるわけじゃない。そんなこといったらお前の方が――」

「人気投票で上位が取れるぐらいキャラが立ってるとでも言いたいんですか?」

「そこまで言う気はねえよ。前半は削れ。それより早く戻るぞ。お前が出てってから刹那の機嫌が悪いんだよ」


 下手にアプリコットに関わりすぎると危険なことは一度目で十分思い知ってる。いくらゲーム(VR)の中とはいえ、自分のことを心配してくれるヤツを本気で潰そうとするんだからな。

 今回も無難に引いておこう、そう思っての台詞だったのだが――、


「……………………は?」


 予想に反してアプリコットは、意外そうな顔で振り返った。


「ルートに足を踏み入れてエンディングムービーを見ないんですか?」

「黙れゲーム脳。それじゃお前が俺のこと好きみたいな話になるだろうが」

「うっわー、傷つく。なんですかその『そんな展開は百パーセントありえないだろ』みたいな顔は。純真無垢な乙女に対して酷だとは思わないんですか、一途な純情全否定して倒錯呼ばわりとは何事ですか、この鬼畜ー」

「途中から棒読みになってるぞ」


 そもそもこの場の何処に“純真無垢な乙女”がいるんだよ……。


「ま、冗談はこの辺にしときますけど、ホントに聞くつもりがないんですか? 別にかまへんのどすえ?」


 なんで京都訛りなんだよ。

 どうせ今さら真面目ぶるのが恥ずかしかったとかその程度の理由なんだろうが。


「お前が聞くなって昔言ったんだろ」

「それにしたってもう少し好意的な言い方はできないんですか……? ボクだって……これでも女の子なんですよ……?」


 ドクン――。

 唐突に弱々しくなり、うつむいたアプリコットの様子に、わかっていても思わず心臓が跳ねた。


「……知ってるよ」


 お前が弱いってことも、普段は感じられないけど女ってことも、誰よりも不安定だってことも――なんとなく。


「ま、この程度の誰でもできるような演技で引っ掛かるようなシイナの耐性の無さは置いといてですね」


 こうなるからいつまでもコイツへの苦手意識が払拭できないんだよ……。


「少しぐらいは話してあげますよ。でも、勘違いしないでよね。シイナのために話すんじゃなくて、視聴者のために話してあげるんだからね!」


 だから……カメラどこだよ。

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