(35)『人形なれど傀儡に非ず』
俺の妹は隠し事ができない。
椎乃に事情を説明した途端、察しのいいアルトと他の人をよく見ているミストルティンにまですぐに伝わった。
あの時平静を保てなかった俺の失態だ。
「へー、アンタ妹いたの」
アルカナクラウンの全員が一堂に会した二階ロビー、ソファに座って事も無げにそう言うのは当然刹那だ。
風呂、運動、風呂と続いたせいか頬は上気し赤くなっているためか何となく照れているようにも見えるのだが、この言い方を聞く限りそこまで興味はなさそうだな。
アルトも事情を知ったら妙に納得したような、それでいてどこかホッとしたような顔でさっきから俺をジッと見据えてくる。
対するミストルティンは俺が男だと知ってもなお、興味深げな面持ちだ。何なんだよ、アイツは。
「竜乙女達に戻ってからも椎乃が口走らないかどうか気を付けてくれると助かる」
肩を落としつつ、取り繕う必要のなくなった口調でそう言うと、椎乃はソファから勢いよく立ち上がり、
「ちょっと兄ちゃん! それじゃ私が馬鹿みたいじゃん」
「馬鹿だっつってんだよ、この馬鹿」
「これでも口は固い方なんだからね!」
「じゃあなんで十分でコレを知るヤツが二人も増えてるんだよ」
「……うぅ、口では勝てないかっ」
心底悔しそうな顔でこめかみを押さえる馬鹿な妹に閉口を余儀なくされる。
「あの『超近接舞姫』がまさかシイナの妹だったとはね」
腕を組んでしきりに頷くのはシンだ。見るとリュウも意外そうな顔で頷いてる。
「そんなに意外か?」
真意が気になってそう聞き返すと、二人は顔を見合わせ、示し合わせたような絶妙なコンビネーションで、
「「いや、ゲーム廃人のシイナが妹と良好な関係を築けているのが意外だ」」
「ブッ飛ばすぞ、おまえら」
ツッコミ調の抑揚のない声でそう言ってやると、リュウもシンもささっと顔を逸らした。後で歯を食い縛ってもらうか。
「っつーか詩音とミストはボクが冗談で考えた馬鹿みてえな二つ名を恥ずかしげもなく堂々と名乗ってるんですね。中二っぽくてボクにはできませんね」
「命名者がそれを言うなよ」
「何言ってんですか、シイナ。作って渡して無関係。いくらUZIやFALが使われた殺人事件が起こっても、それでIWI社やFN社が訴えられたりはしないでしょう? それと同じですよ」
何が同じなのかわかりにくいが、例えが最悪過ぎることは確かだな。
「アプリコット、お前の二つ名は?」
「一般的には『白夜の白昼夢』、一日中昼間みたいに明るい夜『白夜』に昼間に見る非現実空想『白昼夢』、そこに加えて『悪戯か白昼夢か選べ』で迷惑アピール。白と白の同字異音で中途半端な統一感を、夜と昼で非一貫性を表すとか。何処の誰が考えたかわかりませんけど、失礼しちゃいますよね。人に迷惑かけたことなんざただの一度もありませんし。ボクには一番似合わない二つ名ですよね♪」
恥ずかしげもなく名乗ってるじゃねえかとか、解説までしろなんて誰も言ってねえよとか、迷惑かけてないってどの口がそれを言うかとか、それ以上お前にぴったりの二つ名はこの世に存在しないだろとか。
色々ツッコんでやりたいのだが、如何せん。思わず閉口したまま声が出せない。周りの皆(また寝ているらしいスペルビア以外)も言葉を失ってるし。
喋るだけで歴戦の猛者たちをも黙らせるヤツなんてコイツの他にいるのだろうか。
「ああそうそう、語尾が夢で終わってるのにも、命名者の『夢オチ希望』って意味が込められてるって説もあるみたいですよ」
「シイナ、コイツもう無視しましょ」
いい加減イライラが募ってきたのだろうが、どちらにしろ諦めの入った提案をしてくる刹那。しかしその脱力感も読まず、ひねくれ者はキラキラと目を輝かせ、
「ボクを無視してくれるんですかっ!?」
「な、なんでそんな嬉しそうなのよッ!」
「無視されるなんて初めての体験ですからねー♪ じゅるり」
誰でもいいからコイツの思考回路を解明してくれないか……?
「無視ってアレですよね♪ あのいてもいないものとして扱うっていう究極的な数の暴力のことですよね! 無私とか方言でイントネーションが違うだけの虫とかってフェイントはないんですよねっ!」
「ちょ、シイナっ! 何なのコイツ!」
俺に回さないで下さい。性格破綻者なんです、ソイツ。
「えへ、うぇへへ……。楽しみですね、周りがどこまで無視できるか。ボクがどこまですれば堪えきれずに一度数の暴力で決められた『無視』の方針をたった一人の行動だけで変えられるか。加害者が折れればその時点で被害者の勝ちなんてなかなか巡り会える構図じゃありませんからね。まずは一人一人に縋りついて謝罪に名を借りた存在のアピール・パフォーマンスでもしてやりましょうか。それとも一人一人に被奉仕の無理強いでもしてあげましょうかねー」
「む、無視しない! アンタはここにちゃんといるからッ!」
刹那が堪えきれずに折れた。
まあ刹那が止めなくても、そろそろグレーからブラックになりつつあったから止めるつもりだったけど。
「――っつー冗談はこんぐらいにしといて。アレ? なんで刹那ん泣いてるんですか? 何か怖いものでも見たんですかね?」
「な、泣いてなんかないわよ、馬鹿! 遺書書け!」
刹那が折れるや否や手のひらを返すアプリコットに詰め寄られ、目じりに涙を浮かべた説得力のない刹那が乱暴にそれを拭い取って叫ぶ。
あのアプリコットにはさすがの刹那も恐怖したらしい。どんなタチの悪い絡み方よりも、さらに重ねてタチが悪いから常人には無理だろうけどな。
ちなみに俺は経験済み。
気がつくとネアちゃん、リコ、シン、アルトがいなくなっている。
位置的に逃げられなかった刹那と寝てて気づかないスペルビア以外の残った連中は精神耐久力の強さが尋常じゃないということだ。椎乃が残っていることが驚きだったが。
「……えげつないにも限度があるやろ、アプリコット。友だち失くすで?」
少し緊張した面持ちのトドロキさんが、アプリコットの背中に声をかける。
アプリコットはトドロキさんの方に半身振り向き、クスリと笑った。
「まーそりゃそうなんですけどねー。ま、でもその辺は安心してください、スリーカーズ。今の今まで似たようなことばかりやって生きてきましたけどー。ボクを本気で拒絶したのはたったの二人だけですから……」
最後だけ伏し目がちにそう言ったアプリコットは、さらに何かを言いたげな薄い笑みを俺に向けてくる。そして釘付けにされた俺たちの背を向けるその一瞬――初めて見る表情と共に……。
「【人形なれど傀儡に非ず】」
そう呟いた。次の瞬間、まるでトドロキさんの空間移動スキル【神出鬼没】を使ったかのようにアプリコットの姿がかき消える。
(……!?)
ほぼ全員が立ち上がり、消えたアプリコットの姿を目で追おうとする。
しかし、見つからなかった。
(まさかこれも……また新しい無意味な演出なのか……? あの気まぐれが……?)
いや、違う。
確かあの言葉。前にも聞いたことが、あった……はずだ。
思い出せ。前に、聞いたはず――。
「アイツ……何がしたいねん……」
誰かがしていただろうさっきの忠告を悔やむかのような声色で、トドロキさんの呟きが背後から聞こえてくる。
そして……思い、出した――。




