(33)『特別レッスン』
詳しく話を聞いたところ、アルトの言葉の真意は意外と単純なものだった。
三人の裏にはGLの指示があったのだ。四竜の二人は二つ名が先走り、ドナドナから見ればシステムサポートなしでの戦闘技術(つまり現実の方でも同様の感覚でできるような制体技術のことだ)が身についておらず、ツメが甘いところがあるらしい。
最悪ゲームオーバーになっても構わないFOならともかく、このままでは貴重な戦力を失いかねない危険があるから最前線ギルドで鍛えてもらってこい、とそういうことらしい。
代わりにドナドナ自らが前線に出て三人分の戦力を補っているのだとか。あの人はあの人でやっぱすごいな。儚やアプリコットとは違って、大事なところではちゃんと周りを頼ってる。
そして元々ソロプレイヤーだったミストルティンは協力プレイができないため、多人数協力攻撃の動きを教えてやってくれ、という話だったのだが……。
(何故こうなった……)
目の前のニコニコ顔に自然と口元が引き攣る。いや、確かに殴ってやるとは思ったけどさ……。
ここは≪アルカナクラウン≫のギルドハウス、地下二階にある、普段は使っていない演習室のひとつだ。ギルド内でも壁などが壊れる仕様になっていてモンスターを出現させることもできる。
当然経験値はたまらないため、基本的には熟練度のためなのだが。
「特別レッスンよろしくね、シイナさん」
ついさっき目を通したばかりのドナドナからの依頼状の最後についていたハートマークを思い出し、イライラを募らせていると、ミストルティンが軽く頭を下げて、両手に武器をオブジェクト化する。
右手に細剣、左手に拳銃。
俺と同じ一刀一銃型と言うことで押し付けられた。
ちなみにアルトは片刃腕輪と鎖鎌のマイナーペアだったため、満悦顔で出てきたアプリコットに担当させた。自称『武器なら全部使える』だからな、アイツは。一応無茶苦茶しないようにアンダーヒルを立ち会わせているが。アルトも可哀想に。どんなことさせられるかわかったもんじゃないぞ。
そして、詩音は金属拳のスキル技近接格闘家で受け持てるのがリコしかおらず、不機嫌顔で出てきた刹那の立ち会いで実践格闘するらしい。
ミストルティンが立ち会いは要らないと言っていたのだが、刹那と(何故か)アルトの過剰なほど強い要請により、俺たちにもちゃんと付けられた、のだが――。
その監督、既に部屋の端でおねむである。
(睡眠過剰娘が立ち会いなんてできるわけないだろッ!)
というわけで、狙い澄ましたようなムカつくイケメン、ミストルティンと実質的に二人きりなわけである。
ミストルティンはどうやら無意識の内に女には好印象に見えるような言動を選んでいるようで、コイツの前ではあの刹那でさえまるで借りてきた虎である。断じて猫ほど大人しくはないが、少なくとも空腹の放し飼いよりは安全だと断言できる。
ああ、いらいらする。
理不尽だとわかっていても何故かムカつくよな、こういうの。少しも気にせずキャラを貫くアンダーヒルを見て少しだけホッとした気分になったのも事実だが。
「どうかしたかな?」
「別に」
ミストルティンの気遣いを一言で切り捨てて、【群影刀バスカーヴィル】と【大罪魔銃レヴィアタン】を引き抜く。
「何でもないなら笑うといい。君の可愛い顔が、もっと可愛くなるから」
……えーっと……。
反応に困った俺は演習室の管理ウィンドウを開き、ただ無言で操作する。
「もしかして君はそっちが素だったりするのかな?」
しかし男とバラすのはまずいまでも、とっととそういう対象から外れた方が気楽かもな。
となれば……。
「まあね。人付き合いは面倒だし、正直この依頼も破棄したいくらい」
と、裏表のあるキャラを演じてやると、ミストルティンは全て見通すかのようにクスッと不意をついて微笑み、
「シイナさん。裏表があるのは魅力だよ。恥ずかしがりやで、ありのままの自分を出せないシャイな子なんだ。そういう子に限って根は素直なものだよ」
うん、ダメだ。
コイツとまともに渡り合えるほど、俺には経験がないからな。
「その舌切り取られるよ」
負け惜しみ(?)程度にそう言って俺とミストルティンを取り囲むように出現させたのは『蟷螂の斧』の群れ三十匹。
鎌による高速斬撃に幻影を織り混ぜて攻撃してくる強力な昆虫型モンスターだ。
「推奨敵対レベルは500。イケるよね」
ミストルティンもレベルは900超えだった記憶がある。群れが相手でもよほどのことがなければ大丈夫なはずだ。
少し驚いたような顔をしたミストルティンだが、すぐに武器を構えた。
「一刀一銃の魅力は危機対応力の高さと近接攻撃力の安定」
レクチャーを始めつつ、ミストルティンとアイコンタクトして最初に斬りかかってきたカマキリの鎌を躱す。
同様にミストルティンも別の個体の鎌を紙一重で躱すと同時に、大きく右腕を伸ばして、その鎌の付け根に刺突を放つ。
そこで安易に拳銃を使わなかったのはソロプレイヤーとして名高いだけはある。装弾数という限界があるため、基本的に銃は牽制、一刀一銃の戦いの主力は剣の方になるのだ。
刺突を関節に受け、カマキリの堅い表殻にヒビが入る。
「パーティプレイではその危機対応力を生かすために、前線で仲間の中央に立つ。当然広い視野は訓練しだいだけど……」
俺は風切り音のしない幻影の鎌攻撃をすり抜けつつ、【レヴィアタン】の引き金を引いた。
パァンッ!
放たれた銃弾は引き抜かれたレイピアの切っ先の描く曲線軌道の漸近線を通り――バキンッ!
ピンポイントでヒビの入った部分を貫き、あっけなくへし折れた腕は、ゴトリと重い音を立てて落ちた。
「殺られる前に殺るのがソロプレイなら、殺られないように殺るのがパーティプレイの大原則」
つまり敵を倒すより味方を守る。協力プレイでは一人一人の実力を足した結果が出るとは限らない。相互協力ができなければ足を引っ張りあうだけで終わってしまう。
今の礼のつもりなのかわざわざ華麗にウィンクを返してくるミストルティンに気を取られ、鎌攻撃を躱せず受けざるを得なかったのがいい例だ。
少しは自重しろよ。
コイツ、こんだけ人気ありそうなのにソロなのってそれが原因なんじゃないのか?




