(27)『ボクの流儀なんですから』
トゥルムの隣街シュファウン空間移動施設――。
「へー、ボクが暇潰しの散歩してる間にそんなことがあったんですかー」
白々しい笑顔。
白々しい演技。
白々しい台詞。
恥ずかしげも臆面もなくさらりと言ってのけるのは当然のごとく無意味な演出家である。
「ん? シイナ、どうかしたんですか、珍しいですね。そんな怖い笑顔を顔面に貼りつけてボクに寄ってくるなんて久しぶりじゃないですか、懐かしい。あ、これはアレですか? 無断で単独行動をとったことへのペナルティで――」
ごっっっっっっっっっっすッ!!!
背後から刹那の『へぇ……シイナが女に手ェあげるなんて珍しいじゃない』との呟きが耳に入ってくる。
ああ、俺もここまでする気はなかったよ……。いくら性格破綻者だからって、そんな理由を盾にして仮にも女の子(とは言え聞く限りひとつ年上のようだが)の頭にげんこつ落とすなんて。
普段の俺ならありえない。
「っつー……いきなり何すんですか、シイナ! これ以上変になったらどう責任取ってくれるんですかまったくー」
「その心配だけはないから安心しろ」
少し力のかけ方を間違えたのか、微少ダメージと共に痛みの残った手首を回して、痛みの緩和を図りつつ、アプリコットから一歩距離をとる。
これ以上、アプリコットの言動に振り回されて頭に血が昇らないよう物理的に距離を保とうとする努力だ。
アプリコットの無意味な演出癖のことを知らない刹那たちは、俺がアプリコットが敵にはならないことだけ説明すると、すんなりとそれを受け入れた。
良くも悪くも、この辺はアプリコットの普段の行いのおかげだろうが、話に入るなりうとうとし始めたスペルビアと事情を知らないサジテールを除いた全員が、俺の言葉とアプリコットの常日頃だけで受け入れてくれたのだ。
しかしアプリコットは、いつもの個性を演じることを優先し、『心配をかけてごめんなさい』という、人として当然の言葉を口に出さなかった。
だからたしなめた。
体罰になってしまったのは、口じゃ勝てないことを重々承知、もとい思い知らされているからだ。
(まあ言ってもわからないだろうけど……。他人の感情の機微は意欲的に収集して引っ掻き回すくせに自分に向けられる感情に対しては無頓着だからな、コイツ)
実際、今もなんで殴られたのかが本気でわかってないみたいだし。
移動紋を通ってトゥルムに戻ると、ここからさらに≪アルカナクラウン≫のギルドハウスまでの数百メートルを移動しなければならない。
そして空間移動施設を出ようとした途端――グィーッ。
突然尻尾を引っ張られて背骨の辺りを妙な感覚が駆け抜ける。
振り返ると、顔の包帯をいつのまにか外しているアンダーヒルが尻尾を掴んでいた。またか。
「今度はなんだ、アンダーヒル」
刹那やアプリコットもその行動に怪訝な顔をしているが、アンダーヒルは少しムッとしたような顔で、
「何故私が声をかけると迷惑そうに嘆息を伴った返答をするのですか?」
「毎度毎度、お前が尻尾を引っ張るからだ」
「……本題ですが」
おい。
「おそらくまだ監視は解かれていないと思われます。ここは私とリコが先行し、監視を排除しておくべきで――」
ぐにっ。
アンダーヒルの言葉が瞬く間に途切れ、その表情からただでさえ乏しい感情と言えるものが完全消滅する。
「まあまあアンダーヒル。とりあえず落ち着いてくださいよ。何でも暴力で片付けるなんて危険思想以外の何モノでもありませんよ?」
無言で自分の胸元、背後から伸びたアプリコットの手でローブの上から押さえられわずかに形を歪ませるそれに視線を下げたアンダーヒルは――かああああああっ。
まるで無表情を赤で着色しただけのような違和感漂う赤面トリックを披露し――ガシャッ、バスンッ!
振り返りざまに【黒朱鷺】でアプリコットの足の甲に発砲した。
「あああ、あなたは何故ッ、いつもいつもそうなのですかッ!」
唇をわなわなと震わせ表情豊かにアプリコットへの怒りを露にするアンダーヒル。
ガジャコッ、バスンッ!
ガジャコッ、バスンッ!
遊底手動操作音と銃声が長らく空間移動施設内に響き渡り、アプリコットのライフが少しずつだが確実に減少していく。
カチンッ。
【黒朱鷺】だけにとどまらず【コヴロフ】まで弾切れを迎えると、珍しく息を荒らげていたアンダーヒルの様子が落ち着いてくる。
弾丸命中率、百パーセント。
(す、すげぇ。アプリコットに全弾命中とか……まだ腕上がってんのかよ、アイツ)
「まあチェリーさんのおかげで痛いのには慣れてますけど、そんなに怒るなんて何か気に障ることでもあったんですかね?」
にやついている口元を隠し、アンダーヒルをさらに挑発するアプリコット。
「それはあなたがっ――」
「らしくない言いがかりはやめてくださいよ、アンダーヒル。ボクが触ったのは胸であって、気には障っちゃいねえんですから」
詭弁にすらなってない。
弾が尽き、口争いになればアプリコットは際限がない。頭が冷えるのが尋常じゃなく早いという持ち前の急冷性能を発揮したアンダーヒルは諦めの視線を何故か俺に向けてきて、勝手に赤面して顔を逸らすと、
「とにかく、実力行使以外で監視の目を欺く方法があると言うのなら提案してください、アプリコット」
「はい? んー、考えればそりゃあるでしょうけど、なんでボクがそんなこと考えなきゃいけないんですかね?」
手のひらを返して普段の面倒くさがりに戻るアプリコットを、アンダーヒルが再び睨み付けると、
「っつって――」
してやったりといった感じでニヤリと悪い笑みを浮かべたアプリコットは文字通りアンダーヒルの瞬く間にその脇をすり抜け、その手にあった【コヴロフ】と【黒朱鷺】を掠め取った。
誰かが反応を返すよりも早く――。
「たまには人をからかうのもいいものですねぇ」
たまには、じゃないだろお前は。
「まあ、裏の裏工作はボクみてえな性悪に任せといてくださいよ。人に頼まれたら面倒がって断って、頼まれないことを進んでやるのがボクの流儀なんですから♪」
ガチャン、ガチャンッ。
アンダーヒル並みに手慣れた動作で瞬く間にリロードを終えたアプリコットは背中の翼を大きく広げると――
「五分立ってから出てくださいね。それまでに色々片付けといてやりますから♪」
【天使の刃翼】【不死ノ火喰鳥・火焔篝】【コヴロフ】【正式採用弍型・黒朱鷺】と四つの武器を携えて、出入口を飛び出していった。




