(26)『神出鬼没‐ノーリミテッド‐』
「彼女は不正操者です」
アンダーヒルはそう言うと、私の上で固まりかけている【鉄業糸】の糸を無造作に剥ぎ取り、解麻痺アイテムを差し出してくる。
私がそれを受け取って口に含むと、【黒朱鷺】のリロードを終えたアンダーヒルは再びアリアドネーにその銃口を向けた。
「チーターって……どういうこと?」
当然動物の方ではない。
違法アプリや不正データを使って、自分のキャラ・パーソナリティを上げたり、レアリティの高いアイテムや武器・防具を手に入れる連中のことだ。
「そのままの意味です。アリアドネーの言ったロストスキルという言葉が証拠です」
アンダーヒルは一拍置いて、フッと息を吐くと、微動だにせず坦々と話し始める。
「スリーカーズから聞いたことがあったのですが、ロストスキルとはFO製作段階で試験運用されたものの様々な理由から実装化されなかったユニークスキルのことです」
実装化されなかった、つまり現段階のFOのVR世界には存在しないはずのモノということになるのだろう。
「先ほどの“ありえないからこそのロストスキル”とはそういった意味なのでしょう。彼女の言う“あの女”がアプリコットなのかどうかを正確に確認することは不可能かと思いますが――」
バスンッ!
新たな銃弾がアリアドネーの頬をかすめ、赤い筋を走らせる。
その表情は強張り、
「自演の輪廻によってスキルユーザーが死亡・蘇生した後、この空間から出られる保証はありません。まずはスキル解除を宣言いただきましょうか、アリアドネー」
「頭は冷えた?」
何処をどう通ったか、いつのまにか研究区画を通過して元の部屋に戻ってくると、ほぼ同時に研究対象実験体区画の通路から出てきたグスタフにサジテールが声をかける。
「テメェら――」
すぐさま怒りの顔になったグスタフはこっちを睨み付け、
「――俺をナメてんのかぁああッ!」
腕を振り上げ、俺より前に立っていたサジテールに掴みかかる。その瞬間、サジテールはスッと手を伸ばして――とんっ。
俺の胸を、押した。
どかあぁっ!!!
俺がバランスを崩されて尻餅を突いた時、グスタフに押し倒されたサジテールが軋むような悲鳴をあげる。
「【業火鴛拳】!」
追い打ちをかけるように振り下ろされたグスタフの両手での打ち下ろしはサジテールの目の前で激しい爆炎をあげ、俺は爆風で思わず目を閉じてしまう。
(サジテール……!)
「おらぁああっ! 【毬火爆炎掌】! 【烈刃落肘撃】!」
炎弾を伴う掌底直下ろし・全体重を乗せた下肘打ちが次々とサジテールに浴びせられる。
ドガッ、ズンッ!
痛々しい打撃音が響く。
(くっ……!)
俺は背中から【剣】を引き抜き、方向だけ合わせて引き金を――
「大丈夫だよ、ご主人様。私を誰だと思ってるの?」
撃つ直前にグスタフの下から、何事もないかのような声がして――ガスッ!
虚空から現れ、跳ね上がった白い脚がグスタフの鳩尾にめり込み、一拍遅れてその巨体を吹き飛ばした。
グスタフは天井に叩きつけられ、ズシャッと床に落ちる。
と同時に、殴られていた顔に傷ひとつついていないサジテールが、跳ねるように身を起こした。その下半身を――白い装甲が覆う形で組まれていく。
何処に収納しているのかはわからないが、人より遥かに強力な脚力を持つ騎馬装甲を展開し、グスタフを蹴り飛ばしたのだ。
「女の子には優しくしないと、悪い意味で嫌われるよ?」
それにいい意味があるのかどうかは甚だ疑問だが、とりあえず今は別件だ。
バシュッ!
【剣】をグスタフに向け、引き金を迷わず引く。そして期せずして、俺は【剣】の全容を知ることになった。
銃口から飛び出した銃弾型の発光体は瞬く間に複数の刃に形を変え、起き上がろうとしたグスタフに襲いかかる。
(ま、まんま剣なのかよ……)
しかし、その攻撃がグスタフに当たることはなかった。
グスタフの身体が一瞬ブレ、次の瞬間――ギュンッ!
(なっ……!)
何をどうやったか数メートルの間合いを一気に詰めてきたグスタフの拳が、俺の顔めがけて、迫る……!
バシュッ!
避けきれないと思った俺は、受ける、のではなく撃った。何の根拠もない、頭をよぎった程度の仮説に頼って。
銃口を飛び出した銃弾はすぐさま刃に変わってまっすぐ飛び、グスタフはその瞬間、常人を越える反応速度で横っ飛びに跳ね、中央の復元装置に派手に突っ込んだ。
そして俺は仮説が正しかったことを確認すると、即座にその仮説をありえないと切り捨てた。
グスタフが、あのスキルを持っているはずがない。アレはヤツしか持っていないはずなのだから。
加速回避のスキル【電光石火矢】
クラエスの森に棲息する『玄烏』が唯一保有するもので、プレイヤーが保持できるものじゃない。
他のスキル、ということもないだろう。
だからこそマトモな物理法則を無視して、射撃の回避を優先してしまうのだから。
そこで初めて気づいたのだが、どうやらこの【剣】、形こそ狙撃銃だが、カテゴリは魔弾銃らしい。
撃つ度に少しずつ魔力を消費しているのだ。スキルがまるごと使えないくせに意外と消費だけは激しいな、俺。
「後は任せて♪」
余裕たっぷりにウィンクするサジテール。ガラッと瓦礫にまみれながら立ち上がったグスタフはその様子を見て、こめかみに十字を浮き上がらせた。
「があああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
グスタフが、一哮する。
その瞬間だった。
カシャ――――ンッ!
ガラスが割れるような音がして視界の左端にスペルビア・リコ・ラクサル、そして右端に刹那・アンダーヒル・アリアドネーが現れた。
(ゲッ……な、なんだありゃ……)
まず目につくのは他でもない、スペルビアの巨鎚【戦禍の鬼哭】だ。
デカい、デカ過ぎる。
何でもないかのように肩に担いでいるスペルビアもありえないが、柄だけで三メートル、球の部分なんか、壁際に追い詰められていたらしいラクサルの身長二メートルが半径でしかないぞ。
次にアリアドネーだな。ただでさえ赤髪で赤いチャイナドレスと赤尽くしなのに、全身血まみれになって床に座り込んでいる。その前には【黒朱鷺】を向けるアンダーヒル。刹那は……何かあったみたいだな……。
アリアドネーは完全に劣勢のラクサルとグスタフを交互に見ると――ババッ!
起き上がってグスタフの元に走り寄ろうとして――バスンッ!
その背にアンダーヒルの狙撃を受けて引っくり返る。
「動かないで下さい」
「はッ、御免だね……。アタシは……アンタに指図される謂れはない。ずらかるよ、お前たち!」
アリアドネーはそう叫んで、ガクンとその場に脱力した――途端、
「【神出鬼没】」
虚空に、かき消えた。
アンダーヒルの顔、正確には左目のみだが、明らかに驚愕の色が見てとれる。
慌てた様子のアンダーヒルと共にラクサルとグスタフに目を向けるが……そこに2人の姿はなかった。
何らかの逃げるスキルだったのだろ――
「ちょっと待て、【神出鬼没】って……」
「ええ、シイナ。スリーカーズの保有するユニークスキルです。まずはギルドに戻りましょう。詳しいことは後で話します、と言っても憶測の域を出ませんが」




