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FreiheitOnline‐フライハイトオンライン‐  作者: 立花詩歌
第四章『ドレッドレイド―咬み付く脅威―』
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(25)『不可視の襲撃者』

 【天地開闘(グランド・フィナーレ)】第六環境、氷山の一角チップ・オブ・アイスバーグ――


「このクモ女ッ、ちょっとはマシになったみたいじゃない。前はザコ過ぎて相手にならなかったものねェッ」

「寝言は寝てから言いな、クソガキィッ! あの時アタシに半裸にひん剥かれたのはいったい誰だったか憶えてないのかい!」

「はッ! 憶えて欲しかったらそれなりのモノ見せてみなさいよ! 道で蹴った石のコトなんて誰も憶えてないってのっ」

「それならアタシが恐怖を刻み込んでやるさ。くくっ、その残念な胸にねぇ」

「あんだとこらァッ!!!」


 互いに互いを罵りながらの女二人の戦いは熾烈を極めるものとなっていた。


「食らいな!」


 アリアドネーの突き出した槍を(かわ)し、滑りそうになる足元を必死に支えて前へと一歩踏み込む。

 敵の懐に入り込むのは、対ランス戦での定石だが、三本の槍を手を交点にH型に構え、複雑な図形を描く間合いを十分に生かすような特殊な戦術(スタイル)のアリアドネーには通用しないようだった。


「んなモン当たるか、バーカッ。【投閃(とうせん)】!」


 アリアドネーは【サバイバル・クッカー】を避けると、同時にチャイナドレスを翻して回し蹴りを放ってくる。


(ちっ……!)


 その爪先には白刃の煌めき。

 敵へのダメージに乏しい小さな刃には十中八九、毒が塗られているはずだ。特にPKPはそれを何の躊躇いもなくやる。

 紙一重の中空を、音をたてて通りすぎる毒牙に肝を冷やしながら、バックステップで距離をとる。


「相っ変わらず……動きが気味悪いのよ、この年増!」

「ガキがイキがってんじゃないよ! 【鉄業糸(プリズン・ケージ)】!」


 聞いたことのないスキルに【フェンリルファング・ダガー】を逆手に持ち換えて身構えると――シュルルルルッ!


(糸ッ……!?)


 クモの糸のような白い筋がアリアドネーの手から広がり、私の頭上から――。


「キモッ!」


 ネバネバとベタつく無数の糸が網のように降ってきた。さらに降り続ける糸片は瞬く間に視界を奪っていく。


「お前たちみたいに恵まれたユニークスキルホルダーと違ってねぇ。こっちはこうでもしないとやっていけないってワケさ」


 アリアドネーの勝ち誇ったような声を聞き流し、【フェンリルファング・ダガー】を振るおうとする、が――。


(手が、動かない……!)


 そこで初めて、肌の表面をピリピリと走る痺れ。感覚が、まるでビニールで覆われたみたいに鈍っている。


「な、に……?」


 身体に力が入らなくなり、どたっとその場に膝をつく。冷たい氷に一瞬身体が震え、肩が跳ねた。


「お前も麻痺毒(PP)ぐらい受けたことあるだろう?」

「いつのまにっ……」

「【鉄業糸(プリズン・ケージ)】は糸に触れた相手を麻痺させる捕獲用のロストスキルなのさ。ようやく跪いたね、棘付き兵器ホーンテッド・アームズ! 二十分もスキルを使わずにお前の攻撃を受けきった甲斐もようやくあったってもんだよ」


 糸に触れただけで……!?

 上から覆い被さるように、ほぼノータイムで降ってくる網。そんなモノ避けろという方が無理に近い。

 その上で、触れるだけで麻痺すると言うのなら、ゲームバランスが崩壊してしまうようなスキルだ。


「そんなの、ありえないッ!」

「ふん、どうとでも言いな。アタシは気に入らないが、こっちにはあの女がついてるんだ。“ありえないからこそのロストスキル”、アイツはそう言っていたけどねぇ」


 アリアドネーはカツンカツンと(ヒール)を響かせながら、歩み寄ってくる。その手にあった槍の内、Hの軸に当たる両端刃の一振りを残して背にかけ直している。


「ロストスキルって何のことよ、()()()()


 ピクッと、アリアドネーの口元がわずかに引き攣る。朱の入った唇が苛立ちに歪み、足取りが粗雑になってくる。


「ふ、ふふ……いつから泣き叫び始めるかが楽しみだねぇ」

「はァ? アンタバカじゃないの? アンタこそそこで命乞いしなさいよ。今なら許してあげてもいいわよ」

「虚勢だけは一人前じゃないか。それじゃあ……試してやろうかねぇッ!!!」


 ヒュンヒュンと風切り音を響かせながら両端刃の槍を頭上で回すアリアドネーは、私がわずかに表情を曇らせるのを見下ろして嘲笑うように口元を綻ばせた。

 その瞬間、海流の関係か氷山全体が大きく揺らぐ。アリアドネーはその揺れに揺すられつつも――ギュンッ!

 【フェンリルファング・ダガー】を握る右手を縫い止めるような軌道で、振り下ろし、突き刺した……!


「あぁっ……ぐぅッ!」


 右手に、激痛が走る。

 ただでさえ寒さで過敏になっていた痛覚を直接刺激されるような痛み。

 (えぐ)られた手の甲から血が溢れ出し、目の前の氷上に広がり、氷をとかしつつも赤黒く氷と同化する。

 偽物で、身体自体に傷はついていないとわかっていても、目じりに浮いてくる涙をこらえられない。


「いい顔じゃないか、刹那ぁ。お前もそういう顔が――」


 キンッ!

 聞き覚えのない音と共に、アリアドネーの愉悦に満ちた声が途切れた。直後、ガランガランと金属音が続く。


「なっ、なにが――」


 バスンッ!

 二つ目の聞き覚えのある音にようやく顔をあげると、


「……!?」


 アリアドネーが右手で脇腹を押さえたまま座り込んでいた。手の間からは血がにじみ、左膝の銃創からは血が溢れ出している。

 そしてその怒りにつり上がった目は私ではなく、空間をさ迷うように泳いでいた。

 未だに手を縫い付けていた両端刃の槍は折られていたらしく、その残骸が再び傾いた氷上を滑り落ちていく。そして残った方も――ズルッ。

 生々しい音と共にひとりでに抜け、空中でくるりと回転したそれは――ズブッ。

 身体を支えるためにアリアドネーがついていた左手をそこに縫い止めた。

 アリアドネーが悲鳴をあげて、咄嗟に右手で引き抜こうとするが、びくともしない。それどころか――バスンッ!

 無傷だった右手に風穴が空いた。


「なっ、ヒッ、ぎィッ!」


 悲鳴にすらなっていない声をあげるアリアドネーとは対照的に――ガジャコッ、バスンッ!

 何の躊躇いもなく、坦々とアリアドネーの動きを封じていく“虚空”。

 アリアドネーにはまだライフがたっぷり残っているのに、何もできない。困惑の色を見せる表情が苦痛に歪むばかりで、銃弾の洗礼を浴び続けている。

 そして六発目の銃弾がアリアドネーを貫いた時、不可視の襲撃者(アンダーヒル)は姿を現した。


「“裏切り前提の仲間意識ビトレイヤル・パートナーシップ”とはよく言ったものですね、アプリコット」


 包帯の隙間に見える左目は何の感情も抱かずに、ただうずくまって呻くアリアドネーを見下ろしている。

 その右足はアリアドネーの左手を貫く槍が抜けないようにあてがわれており、左手には【正式採用弍型・黒朱鷺(クロトキ)】が提げられている。


「アンダーヒル、アンタ、どうしてここに……?」

「グスタフが【天地開闘(グランド・フィナーレ)】を使用した時、刹那が一番危険だと判断し、同伴しただけです。刹那だけでも倒せると思っていたのですが……」


 アンダーヒルはチラと麻痺の抜けない私に視線を向けると、再びアリアドネーを見下ろして、


「彼女は不正操者(チーター)です」

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