(24)『私の全てを見てもらう』
「サジテール! 戻ったんだな!」
俺の言葉に反応し、相変わらず陶器のような光沢を放つ白い肌の少女、サジテールはピョンと跳ねるように立ち上がると、
「あれ? もしかまさかしてひょっとすると……MLの所有者だったりしちゃったり?」
「ML……? ああ、リコ、電子仕掛けの永久乙女のことか。ああ、そうだよ」
と同意すると、サジテールはジロジロとこっちを見てきて、
「それで私のご主人様?」
くいっと小首を傾げて問いかけてきた。
「あ、ああ」
何だコイツ、なんか前と少し様子が違ってないか、と思ったのも束の間、
「ん、と……人形嗜好症の同性愛女性?」
「違ェよ」
きっぱりと全否定を返すと、サジテールはにこりと微笑んで、
「よかった、うん。別にね? MLのコトを心配してた訳じゃないんだよ? MLの所有者が普通にいい人なら私も同じように優しく使ってくれるよねって思っただけでね?」
思ったことを素直に口に出すマトモなアンドロイドっていないのか……?
改めて周りを見回してみるが、誰も戻ってきている様子はない。
「アンダーヒル、いないのか?」
部屋中に通るような少し高い声でそう言うが、返事はない。
(何処かに巻き込まれたのか……?)
ガフゥウウウ……。
「ッ!」
荒い呼吸音に振り返ると、グスタフが、立ち上がっている……!
思ってたより復活が早い。
サジテールとの会話に気をとられて傷の回復すらできていない。
「サジテール。いきなりで悪いが「ヤダ」手伝っ……なんでだよ!」
「ここに連れてきて貰ったことには感謝するけど、それとこれとは話が別。まだ契約すらきちんと交わしてないし、その言葉に強制力はないよ」
クルクルと髪を弄りながら、サジテールはしれっと言ってのける。
「じゃあ今すぐ契約を――」
「相手は待ってくれないよ?」
さっきより強大に殺気にグスタフの方に向き直ると、グスタフはまたティーレックスに変化していた。しかも、比べ物にならない大きさだ。もうコレ、モンスターだろ。
「全長十五メートル三十八センチって計測結果が出てるよー」
(じゅ、十五メートル超えとか、アホかっ)
たった高さで言えばさっきの二倍以上である。グスタフは天井につきそうな頭をもたげ、比較するとあまりにも小さい俺を見下ろしてくる。ボタボタと床に落ちてくるヨダレが、本物と対峙しているような緊張を生む。
いや、これはもう恐怖と言っても差し支えないな。さすがにここまで来ると――。
「グァアアアアアアアアッッッ!」
コイツ、もう理性トンでるだろ!
怒りで我を忘れるとはよく言ったものだが、もうそんな表現は当てはまらない。
グスタフは怒りで退化してる。
ティーレックスは確か白亜紀末期頃だから……ざっと計算して約七千万年前まで。
(マトモな人間じゃねえ……!)
「おい、サジテール、手伝え! いや、手伝ってください!」
「情けないと思わないの……?」
思ってるよ! 思ってるからそんな『言った方がいいのかな、コレ』みたいな顔してそんなこと聞くなよ!
「ヤダ」
「この期に及んで!?」
「手伝いなんて面白くないからね――」
くす、と微笑んだサジテールの足が、青く、青白く発光している。そして虚空から現れた無数のパーツが、文字通り瞬く間に凝縮するように組み上がり、サジテールの下半身に騎馬を構成した……!
「怪我人は下がってて。手伝いなんて言わず一から十まで任せなさいな♪」
「は?」
俺が思わずそう聞き返すと、その瞬間――トンッ。
間合いに飛び込んできたサジテールは俺の足元をすくって抱きかかえ、ダンッと力強く地面を蹴ってグスタフの足元を抜ける。
そして……そのまま出口へ、研究対象・実験体区画の通路に飛び込んだ。
「ちょ、おい、逃げるのかよ!」
「あんなデカブツと戦って消耗するだけ損だから。この通路なら、ほら」
何故かお姫様抱っこ状態の俺を少し傾け、背後を見せてくれる。
グスタフは人の状態に戻り、鬼瓦の様相で『おぉおらあああああっ!!!』などと雄叫びを上げて猛突してくる。
「まぁ見てて。初めてのご主人様にいいとこ見せたくて浮き足立ってる健気で可愛いサジテールちゃんの戦いを♪」
素直なのは結構だが、それは口にしたらダメなんじゃないか……?
勝手がわかっているかのように迷うことなく駆け巡るサジテール。自然と背後から聞こえてくる雄叫びは小さくなっていき、五分経つ頃には完全に撒いていた。
「さて、反撃行こうか?」
クスッと笑ったサジテールはようやく俺を下ろした。
(……お、お姫様抱っこってされる側も結構恥ずかしいんだな……。ていうかするより恥ずかしいかも……)
文字通り地に足つかず落ち着かない状態なわけである。それに加えて目の前にはコレも文字通り人形のように精緻な造りのサジテールの顔があり、自然と視線を落としたり、逸らしてしまったりするのだった。
「出し惜しみは無し。私の全てを見てもらうために最初から全開で行くよ♪ 誘い導け、不可能性領域!」
ドクン――とサジテールの鼓動が一瞬大きくなる、気がした。
上下に向かい合う両手の間にあの時と同じ、水晶球の中に光を閉じ込めたような球体が出現した。そしてそれを、左胸、心臓の辺りに押し付け、沈み込ませていく。
「……そのフィアース・スフィアって何なんだ?」
思い出す限り、かなり汎用性は高そうに映るのだが、実際に何をやっているのかはよくわからないのだ。
「んっ……。コレは現実を元に構成されたゲームプログラムにおいて、物理法則や存在非存在の定義とかのあらゆる理由から百パーセント不可能とされる事象を引き起こす、まあスキルみたいなものだよ。超能力っぽくていいでしょ」
「そんな……詳しくはわからないけどそれの判断とかってかなり複雑なんじゃないのか……?」
「んー、まあ確かに普通のハードでは私のプログラム自体走らないかな。でも私たちのハードはちょっと特殊だから。これ以上は企業秘密だからMLに聞いて」
アイツなら喋るのかよ、企業秘密。
「それじゃあ細かいのは見た方が早いから……その傷直したげる。あ、機械じゃないから直すじゃなくて治すだけどね」
そう言ってサジテールの差し出してきた左手を左手で掴むと――ぐぃっ。再び足元をすくわれて抱え上げられてしまった。
まるでお荷物扱い。だが、フィンガーレスグローブを通して伝わってくるその手の暖かさにあまり怒る気にはなれなかった。
「不可能性領域」
サジテールの呟きと共に、傷口がわずかに熱を持ち始める。
「不可能事象≪治療行為を行わず自然治癒を促進させる≫」
さっきまでずきずきと骨に響いていた痛みはどんどん和らぎ、見ると痛々しかった歯形には既に小さくなり、数秒後にはライフと共に肩の怪我は完治していた。
「身体中に細かい切り傷があるのは治した方がいいの?」
「いや、それはいい。それより反撃だ。行くぞ、サジテール!」
と、たまにはと思って台詞に気を使ってみると――
「や、戦うのは私だけなんだけどね?」
え……そこで水差すの……?




