(23)『暴竜種-ティラノトライブ-』
激痛。
グスタフに噛みつかれた俺はその痛みのショックで一瞬気を失っていたらしい。
DOに移行されてから痛覚制限が完全に排除され、こんなことも度々起こっている。
今回はなおも噛みつかれて継続している痛みですぐに目を覚ましたのだ。
(こ……のやろっ、放せ……!)
地面に【群影刀バスカーヴィル】の鞘を落とし、
「鬼、刃抜刀ッ!」
左手で逆手に持ちかえたそれを背後に立つグスタフの脇腹に思いっきり突き刺した。
ずぶり。
刃が肉に食い込む生々しい音。
「ガフッ……グハゥッ!」
負傷した獣のように激しく呼気を漏らして口を離した途端、グスタフが食い込んでいた鋭い牙を引き抜く。
「うっ……く、ぁっ……」
肌から異物が抜ける痛みに呻き声が漏れてしまう。
俺は思わず【バスカーヴィル】を手放し、半ばつんのめるように前に転がった。
「お前、暴竜種だったの……!?」
暴竜種。
ドナドナの瑞竜姫と同じ亜竜種系の種族だが、他の亜竜種の例に違うことなく一時的に竜を象った武装を生成するスキルを先天的に保持している。暴竜種の場合はその元となるドラゴンが暴君竜なのだ。
当然姿を変えれば強くなるというわけではないが、【礫砂爆】を使ったということはグスタフのレベルは900超。そこまで高レベルになると単純な力なら変身後の方が高い。
ぐにゃりと形を変えて元の姿に戻ったグスタフは、脇腹に刺さった【バスカーヴィル】をおもむろに引き抜いた。
「あぁ、惜しい。惜しいよなああぁぁぁっ! もう少しで頭にイケるトコだったのによおぉぉっ!」
俺は噛み付かれた右肩をかばいながら何とか立ち上がる。
「あの姿、少しズラされてもわかんねえんだよなぁあああっ! 昔の連中はよくあれで狙ったところをやれたもんだぜぇ!」
コイツ……狂ってる……。
なんでそんな恍惚とした笑みを浮かべて、そんなことが言えるんだよ。
グスタフは血に濡れた【バスカーヴィル】の刃を握ったまま見下ろすと――――俺に、投げ返してきた……!?
「……何故?」
「おいおい言ったろう。俺はただ食いてぇワケじゃあねぇんだ。強襲する恐怖に怯える獲物の顔を楽しみたいのさ。特に嬢ちゃんみたいな女は最後にゃ俺を楽しませてくれる。じわじわと、たっぷり料理してやりたいのさ。太古の昔にティーレックスが獲物の首の骨を折って徐々に弱らせたみたいになァッ!」
お前、モテないどころか嫌われるだろ。
再び戦闘体勢に入るグスタフに思わず身体が緊張を覚え――ビリィッ。
右肩に痛みが走る。
だが無理すれば動けないワケじゃない。
「こっちはガチだってのによォッ――」
俺は【剣】を再び抜き、同時に尻尾を翻して、グスタフから離れる方に走り出す。
「逃げてばっかりじゃねえか、オラアアッ! 俺に玩ばれる方が好みなら最初から武器なんて抜いてんじゃねえええぇぇえっ!!!」
咆哮にも似た雄叫びがビリビリと空気を激しく震動させる。
い、いきなりキレたぞ、コイツ。
しかもなんつー叫び声だ。腕力や脚力もかなり逸脱してると思ったが、この声量、常軌を逸してる。
ミシミシとグスタフの筋肉が軋むような音を立て、再びティー・レックスを模した姿に変化する。縮尺は違うようだが、あの状態でも体高三メートルはあるぞ。
ダンッ、ダンッ、ダンッ――!
後ろから重厚な跫がどんどん近づいてくる。
「はぁ……はぁ……」
「何処まで逃げてもこの場所は無限に続いてるからよォッ! 弱々しく喘いでねえでいいかげん楽になっちまえ! なーに痛いのは噛み砕かれる最初だけさ。一度殺したヤツに用はねえからよォッ!!!」
ああ、そうかよ。
仕方ないから教えてやるよ。お前が食い損ねた俺の頭が今何を考えてるのか。
「奇遇ねッ。私も今っ……貴方にまったく用がないのッ!!!」
最初っからマトモに相手する気はなかったけどな。右肩の負傷は想定外だが、この程度で怯むほど俺がFOにかけた時間と労力は少なくないんだ。
あれ、改めて考えなくても誇れることじゃないような……。
「何ボーッとしてやがる! いい加減そろそろ諦めてェッ、ただの肉に成り下がりやがれえぇぇぇっ!!!」
物騒な台詞を吐きながらグスタフがさらに加速し、間を詰めてくる。
(頃合いだな……)
後ろを振り向くことなく、ただ一言。
「――【0】――」
さぁ、世界が、割れるぞ……!
まるでガラスの檻を砕いたように散る光の向こうに、灰白色の壁が現れた。
そして俺はグスタフ・レックスの巨体を横っ飛びに躱して材質不明の硬い床を転がる。
ズドォオオオオンッ!
その巨体故に動きを制御できなかったグスタフは頭から壁に突っ込んだ。
そして脳震盪を起こしたのか、人の形に戻りながらぐらりと傾き、床で地響きを立てて動かなくなる。
「……ちなみにさっきのは怯えじゃない。暴竜種は珍しいからね。単純に驚いただけだよ」
親切にそう教えてやるが、グスタフからの返事はない。
さて回復でも済ませておくか、とウィンドウを開こうとしたその瞬間、まったく別のところ、背後から声が聞こえてきた。
「――貴女が私のご主人様?」
背後から確かに聞こえたボーカロイドの声に振り返ると、粉々に砕け散った水槽の台座に腰掛けている少女。
「八式戦闘機人・射手、遅れ馳せながらただいま参上つかまつる、って――言っとく?」
一瞬見とれるような笑みを浮かべてそう言った。
一方、スペルビア・リコVSラクサル――
「見直した。まさかこんなに強いなんて思わなかった」
「待て、スペルビア。ヤツら、強いと言うよりはただ厄介なだけだ」
ラクサルを中心に広がって二人の周囲を蠢くのは召喚系スキル【塵塊戦術】によって生み出された無数のスライムだ。
ひとつひとつの攻撃力は低いが、やたら大きく千切っても突いても叩いても破っても壊れずにすぐ元に戻ってしまい、行動を著しく阻害してくるのだ。
「どうやら俺の力がようやくわかったようだな!」
「ああ、そうだな」
とリコが同意する。
「うん。まさか――」
スペルビアの振るった巨鎚が周囲のスライムをまとめて薙ぎ払い、リコの電環動力鋸の付いた着脱式複関節武装腕がラクサルとの間に屯するスライムたちを押し退ける。
「「このスライムの方が強く感じるほどとは思わなかった」」
「何と!」
二人の言葉が凶器となってラクサルに突き刺さり、悲鳴が上がる。
「出来の悪い喜劇でもないのにこんな台詞を言わせるな、馬鹿が」
さらに追い詰めるような嘆息気味に言ったリコは、
「何故この召喚不能設定のフィールドで何故貴様が召喚系スキルを使えるのかは後で聞いてやろう。それよりもまず、貴様に思い知ってもらおうか。後であの馬鹿――もとい赤女にも言っておけ!」
バンッ!
足を踏み鳴らしたリコは、ただ一言。
「私は子供じゃないッ!!!」




