(21)『天地開闘-グランド・フィナーレ-』
「来たぞ、シイナ」
残り二十分をきった頃、壁から飛び出してきたリコがそう報告した。
「あと三分しない内にこの通路を抜けてくるはずだ」
「ここは私に任せて下がってください。姿を隠し、動向を見ます」
いつのまにかまた目以外を包帯で隠し対人戦闘モードに入っているアンダーヒルは高威力極大射程のAMR【コヴロフ】を死角となる壁際に置き、【黒朱鷺】を構えた。
「大丈夫なのか?」
「問題はありません。私は……いえ、何でもありません。危険があればすぐに退避しますのでご安心を」
口元の包帯がわずかに揺れるだけで、それ以外はローブの先ですら微動だにしないアンダーヒル。心配なのは行動ではなく、狙撃に伴う痛みの方なのだが、刹那たちの前でそれを言うわけにもいかないだろう。
「……無茶するなよ」
そう言い残してアンダーヒルに背を向けると、
「……ありがとう」
ガジャッというボルトアクション操作音で聞き取りにくかったが、確かに聞こえた。
振り返るとアンダーヒルの姿はもう見えなかったが、たぶん恥ずかしそうに視線を逸らしているのだと勝手に推測する。
(素直じゃねーな)
苦笑しつつ正面に向き直ると――指先。
「シイナ、アンタの担当アリアドネーね」
「え゛……強制……?」
「スペルビア、アンタ、ラクサルと戦ったことあるんでしょ?」
「ある」
俺の反応スルーだし。
「じゃアンタ担当ね。グスタフは一番めんどくさそうだし、私とリコで片付けるわ」
かなり適当な立案に見えるが、ポジション自体は悪くない。
重い代わりに動きの鈍い巨鎚や有効範囲の狭い刹那の短剣やリコの輻射振動破殻攻撃はランスとは相性が悪いし、一度戦った相手のことは結構身体が憶えているものだ。グスタフの腕力がどれだけ強かろうが、刹那とリコはうちの最速コンビだし。
後は残り五人の強さにもよるが、話を聞く限り幹部クラスではない。アンダーヒルが何とかできるだろう。いざとなればバスカーヴィルもいるしな。
そして次の瞬間――バスンッ!
「ぎゃああああっ!」
始まりを示すかのように銃声と悲鳴が通路の方から聞こえてきた。
途端、四人に緊張の色が走る。
「来たわね」
「無理はするなよ」
「それは無論だがシイナ。そもそも雑魚の片付けに無理などありえん」
「お片付けー」
スペルビアが眠そうに目をこすりながら、右手をふらふらと振り上げる。
大丈夫か、コレ。
バスンッ! ガジャッ、バスンッ!
銃声が止まない。
悲鳴も止まない。
「相変わらず敵には容赦ねーな」
「敵に容赦してどうすんのよ。味方以外は潰して正解よ」
危険思想論者約一名。
ガァンッ!
【黒朱鷺】よりもさらに大きく響き渡る【コヴロフ】の銃声。
その数瞬後に、ローブを翻して再び通路の入り口に向き直るアンダーヒルの姿が視界に現れた。
「五人戦闘不能にしました。確認はできませんでしたが恐らくDeadEndかと」
「OK、後は任せて休んどけ。幹部三人は俺たちで片付けるから」
「場合によっては加勢しますが、刹那、リコは気を付けてください。最後の【コヴロフ】による一射、グスタフに避けられました」
さっきの担当分けを聞いてたのか……って避けられた!?
「あんな近距離でしかも秒速九百メートルだぞ!? ありえんだろ……!」
「ふん、ただの偶然でしょ」
カツン。
刹那が間髪入れず吐き捨てた途端、通路の方からヒールの足音が聞こえてきた。
「随分とお揃いじゃないか」
険のあるちょっとハスキーな声。
赤髪を結い、長身を赤のチャイナドレスに包んだ女が通路の角から姿を現した。
見間違えようもない。元≪夜蜘蛛の毒針≫の女頭領、[アリアドネー]だった。
さらにその後ろから角刈りの大男と髪を伸ばしっぱなしでボサボサの大男が現れる。二人とも上半身は何も着けておらず、首と右胸に妙なタトゥーを入れている。
アリアドネーも腕の≪夜蜘蛛の毒針≫の蜘蛛の巣と蜘蛛をモチーフにしたタトゥーの下に同じタトゥーを入れているし、恐らく≪強襲する恐怖≫の紋だろう。
何を模しているかはわからないが、まるで切り傷のようなタッチの線はただただ悪趣味極まりない。
「アンタこそ随分とご無沙汰ね、オバサン」
いきなり挑発的なことを言う刹那にアリアドネーのこめかみに青筋が浮かぶ。
「ケツの青いガキが吠えてんじゃないよ」
「ハッ、周りに男ばっかり侍らせて紅一点気取ってるビッチに言われたくないわよ。後ろのは新しいペットなんでしょ、変態」
「なっ……!」
アリアドネーの顔が怒りで歪み、その手に三叉戟が現れる。
が、ボサボサの髪の大男がその槍の柄を掴んで引き止めた。
「前哨戦はそれぐらいにしろよ、アリアドネー。俺ぁ誰でもいい。アイツらをブチのめしたい自分を抑えられねえんだからよ。あぁ誰でもいい。赤い華散らして俺を満足させてくれよぉ……」
ゾクンッ。
戦闘後を想像しているのか、グスタフのその恍惚とした表情を見た瞬間、背中を嫌な電流が走り抜けた。
いやいやアンダーヒルさん。戦闘職とか冗談キツいぜ。絶対アイツ人殺してるだろ。そんな感じのヤバい目だぞ。
「落ち着きな、グスタフ。お前、アタシらの獲物まで食べる気かい」
「いいじゃんかよぉ! 俺ぁ最近、誰も食えてねぇんだぜ!?」
“食べる”って、な、何かの比喩だよな? 食すの方じゃないよな?
「ラクサル、お前には子供二人をやる」
とアリアドネーが勝手に指名したのはリコとスペルビアだ。
ちなみにアンダーヒルはいざという時のためだろう。アリアドネーが姿を現す前から再び【付隠透】で姿を消している。
「おう、任されよう!」
うわ、バカっぽい。
だが相手の決めるままに任せていていいのか、と刹那に目を遣ると、『乱戦になったら相手を交換する』との答えが返ってきたので、黙っていることにする。
「クソガキ、お前はアタシが直々に料理してやる!」
「うっわ、色気の欠片もない、きったない言葉遣い! ちょっと昔のサスペンス見すぎじゃないの? 口調写ってるよ? ってああ、もう年なのね、オ・バ・サン♪」
「くっ……! そっちのお前は情報にあった魔弾刀ファンのガキだね。グスタフ、お前はアイツをやっちまいな」
あ、俺そういう設定なの?
アプリコットが情報を流したのならある意味助かってるけど、他の一般連中までそんな認識じゃないよな……。
(っていうか俺、危険人物と戦んのか……)
「ああぁ、もういいだろ、アリアドネー。早くアイツを食わせてくれよおおぉぉ」
「ああ、いいさ。お前の好きなように料理しちまいな」
「うぉおおおっ、ノーってきたぜぇ! 【天地開闘】エェェェェェェ!!!」
両手を高く挙げたグスタフはその巨体の重みを全て集約するように――バンッッ!
屈みつつ手のひらを床に打ち付けた。
その瞬間――ギュルルルッ!
俺とグスタフ、ラクサルとリコ・スペルビア、アリアドネーと刹那それぞれの組の真ん中に、大きな風の渦を球状に集約したような塊が現れ――グンッ!
(なっ……引っ張られ……ッ!)
耐えきれないほどの強い暴風に引っ張られて目を開けると――荒……野?
「かーっ、面白くも何ともねぇ場所になっちまったなあああっ!」
俺はグスタフと二人きりで地平線まで果てしなく続く、荒野に立っていた。
「楽しく戦ろうぜ、≪アルカナクラウン≫! おめぇの死体で咲かせる華はいったい何色なのか楽しみだぜぇええっ!」
いや、赤だよ。
それと俺の名前は≪アルカナクラウン≫じゃない。




